118 携帯簡易トイレ




 少し休んでから、アリスが泣き止んだので顔も拭いてやり、馬車まで戻った。

 レオンが辺りを警戒しながらも皆を休憩させてくれていたので特に問題はなかった。

 アリスは用意した梯子階段に自ら歩いて登り、馬車へ乗り込むと皆に謝った。

 アリスの生真面目な態度に皆が困惑していたところ、アレストロが最初に声を掛けた。

「君が誇り高く我慢強い女性だということはよく分かっているし、素晴らしいことだと思う。でも、僕らは友人で仲間だ。もっと気楽にしてほしい。君が、気分が悪いということを口にできなかったことが、僕はとても悲しいんだ。さっき、申し訳ありませんでしたと君は謝ったけれど、そんなこと言う必要はないんだ。そのことを知ってほしい」

「……はい。はい、そうですね……あの」

 涙が込み上げてきて、それ以上は口にできなかったようだ。ようやくヴィヴィとコーラが彼女の両隣に駆け寄り、慰めていた。

「アリスが途中下車してくれたおかげで、あたしはお花摘みに行けたのよ。ありがと」

「そうですよ。わたしもこーんな大きな布を持ってついていったんですけど、面白かったです」

 二人の会話に、アリスがふふっと小さく笑った。それを見て男子たちもホッとしたようだった。


 心配していた御者のミハエルに報告してから、馬車は再出発した。

 他の馬車とは離されたが、まだ最後尾はずっと後なので途中で列に混ぜてもらう。しんがりは騎士学校の生徒で固めているのでミハエルは知り合いが増えて話をしていた。

 その様子を耳にしながら、シウはヴィヴィに謝った。

「ごめん、ご不浄の用意していたのにな。昼休憩の時は学校側が用意してくれていたから忘れてたよ」

「え、あったの?」

 午前中の休憩では村に立ち寄ったので、借りることができた。

 昼休憩は、事前に休憩場所を決めていたため、大掛かりな野営地のように準備がされていたのだ。

「うん。組み立て式だけど、簡単なんだ。ごめんね」

「やだー。じゃあ、あたしだけ? 青空の下の――」

「ヴィヴィ!」

 コーラが真っ赤になってヴィヴィの肩を叩いた。どうもまずい話のようだ。

 男子の中にも恥ずかしがっている者がいる。誰とは言わないが。

 シウにとってみたら、排便など人間誰もが行うことで恥ずかしいことでもなんでもない。不浄なものだから隠しはするが、取り立てて忌避するものでもないのにと思う。

 糞を畑の肥料にだってするのに。

 江戸時代は糞を売り買いだってしていたのだぞ、とそこまで思ってから口を開いた。

「安心して。僕も青空の下で何度もしたことあるから。さて、じゃあ、先に誰でも使えるように説明しておくね」

 言い訳ではないが、最初に誰かが言い出して初めて説明しようと思っていたのだ。

 皆、恥ずかしがりながらも身を乗り出してきた。大事なものだと分かっているようで、真剣な様子だった。

「荷物の中に、三つ、この緑と茶で染めた布の入れ物を用意したので、ご不浄に行きたい場合は袋ごと持って行って」

 両手で抱えられる大きさの袋から中身を取り出す。四角い箱型にしているそれを、馬車の真ん中に置いた。

「できれば平らな所で、下が土になっているところが望ましいかな。なければ土属性持ってる人に言えば均してくれるからね」

 言いながら、手のひらを真ん中に置く。

「魔力を流し込む感覚は大抵の魔道具と同じだけど、ごく少量でいいからね。多くても無駄にしかならないので勿体無いから気を付けて」

「そんなところまで節約してるのかよ」

 リグドールが笑う。

 シウも笑いながら、続けた。

「いざっていう時に使えないと困るでしょ」

「だな!」

 返事を待って、魔力を通した。一般人の最低魔力量でも、つまり有り得ないことではあるが魔力量が一しかなくても、何度もでも使えるぐらいの微量な魔力量だ。

 すると、ゆっくり、四角い上部が迫り上がっていく。

 上部には布が付けられており、不透過の布が伸びきったところで動きが止まる。

「すげー」

「中を見てくれたら分かるけど、便所になってるから」

「おお!」

 説明を待たず、リグドールがトイレの前方となる場所、布と布が重なった部分の出入口を開けて中を覗いて驚いている。

 いわゆる、簡易トイレ、ポットが中にあった。ただし、底の部分はなく地面が直接見える形だ。

 皆が代わる代わる覗いていくので、そのまま説明を続ける。

「座って用を足す前に、右足の床面にある突起を踏んで。中の音を消すから。で、用を足したら左足の床面にある突起を踏む。そうしたら自分自身への浄化と、ポットの底に落ちたものを分解して土に戻してからポット内部も浄化するから。後は外に出て、一番下の突起を手で、足でもいいけど、押すと元の形に戻るよ」

「……すっげーな」

「これ全部で、魔力量どれぐらいかかる?」

 一番魔力量の少ないヴィクトルが心配そうに質問してきたので、大丈夫だよと答えた。

「一日に十回使ったとして、ようやく魔力量一かな」

「え……」

 絶句された。

 ここにいるメンバーのほとんどがトイレ後の浄化魔法を使うことができない。

 レオン、アリス、アントニーぐらいなら手を洗う程度の浄化は行えるが、お風呂に入ったような汚れを取るまではいかないのですっきりしないだろう。

 汚れを取るには固有の浄化魔法以外だと、基礎属性の水がレベル一と光がレベル二はないといけない。しかも、複合魔法なので使える者は案外少ない。

「学校の用意する便所は数も少ないし、組み立てるのにも時間がかかるみたいだから、携帯用のものを作ってみました。一応、持ち運びもできるようにしたよ」

 自慢げに笑って言ったのだが、皆シーンとなってしまった。

 あれ? と首を傾げたら、リグドールに頭を叩かれた。

「自重しろよー!」

「え、え、なんで」

「こんな目立つもの作って、持ってたら、やばいだろー」

「えー?」

「絶対に、取られるぞ。やべえ、争いごとの未来しか見えない」

「…………」

「と、とにかく、隠れて使用しようよ。それならなんとか、大丈夫だよ。ね?」

 アントニーがリグドールを止めてくれたので、その場はそれで終わった。


 せっかく青空排便対策をしたというのに、喜ばれるかと思ったらものすごく心配されてしまった。

 シウが思うよりもずっと上等なものになったらしく、少し改良して、隠れて使うことになった。

「出入りは少ししゃがみつつやれば大丈夫だろ? あまり大きいと目立つし、これぐらい小型の方がいいよ」

 全体的な高さを低めにしたのだ。その分、四隅の伸びる棒や、布を調整しなくてはならなかったが、さほどの作業変更でもない。

「これ、特許出したのか?」

「まだ。というか、需要なさそうだし」

「あるだろ!」

「そうかなあ。だって冒険者も軍隊も、そのへんでやるでしょ? 高位貴族の旅は、どこかに泊まる前提で計画立てるっていうし」

「絶対ある。だから、帰ったら特許出すこと!」

「そうだよ、出さないと。これ、他の生徒にばれたら絶対まずいよ。特に商人の子には」

「そうかなあ」

 どちらにしてもまだ完成してるとは言い難い。

「使っていくうちに意見は出てくると思うし、それからでもいい?」

「あ、それいいね。僕も使用の感想を教えるよ。なんだか使うのが楽しみになってきたなあ」

「トニー、恥ずかしがってたもんなー」

「言わないでよ」

 二人のじゃれ合いはさておき、シウは女子三人組にひとつを渡した。

「これ、浄化もしてるからそのままアリスが魔法袋に入れて持ってて」

「え、でも、良いのですか?」

「何かあった時のための、予備だから。女子が持ってる方がいい。残り二つを、このパーティーで使おうと思ってるんだ」

 女子三人は納得したように、頷いた。

「他にもテントのことや食事について、改めて打ち合わせでもしようか」

 話していると気分の悪さもマシになるだろうし、他の生徒も長い荷馬車の旅の気鬱がまぎれるだろう。

 皆、賛成して、楽しく話を始めた。



 野営地には日が落ちる寸前に到着した。事前に人数を考えて用意された広場ではあるが、生徒数も多く、早い者勝ちのように場所を取られてしまって、遅れた生徒たちは林の中にまで追いやられている。

 シウたちも、同様に林の中で下ろされた。

 馬車は邪魔なので、一旦、手前の待機場まで戻されるのだ。騎士学校の生徒たちで、護衛を担当しない者たちはそこで野営することになっていた。

「シウ、くれぐれもアリスをよろしく頼むね」

「はい。ミハエルさんも気を付けて戻ってくださいね」

「うん」

 じゃあね、と手を振って別れると、早速シウは林の奥に入って行った。

「テントを張るのはもう少し奥にしよう。幸い、うちには土属性と木属性を持った仲間が僕を入れて三人もいるからね」

 アレストロもレベル一ではあるが土属性を持っているので、まだほとんど使い慣れていないようだが、シウはこき使うつもりでいた。

 皆、学校の生徒たちと離れていくことに不安そうな顔を見せるものの、黙ってシウの後を付いて来た。

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