119 野営地の準備と打ち合わせ
広場からはある程度離れた場所、おそらく誰よりも一番遠くに、シウはテントを張ることにした。
「大丈夫か?」
普段は堂々として自信満々なレオンが少し心配げに聞いてきたので、シウは皆を振り返って口を開いた。
「安心して。事前に学校側が依頼を出して決めた演習場所なんだから、問題なんてないよ。広場から外れてテントを張ることも、マット先生から許可を得ているから」
「そうなのか」
「絶対に、誰かが大幅に場所取りすると思ってたんだ。今回、意外と高位貴族の子弟の参加も多かったらしいし」
「あ、なーる」
「僕も参加してるしねえ」
アレストロが苦笑した。
「ということで、僕等だって事前に用意はしたよね? まず、どうするんだったかな」
と言うと、皆一斉に打ち合わせた通り、用意を始めた。
まずはレオンが周囲を警戒しながら、ヴィクトルと一緒に魔獣避けの薬玉を設置していく。
女子は全員分の荷物を集めて、確認だ。同時に料理の材料などを出していく。
「リグはあのへんの木を伐採してくれる? ついでに枯れ木の用意」
「了解!」
「アレストロと僕で、地面を均そうか」
「よし、分かった。あー、あまり早くはできないんだが」
「いいんだよ。丁寧にやってくれる方が助かる。テントはこのあたりに張るから、石ころがないか、確認しつつゆっくり均していって」
そう言うと、振り返って、竈の用意を始める。土属性であっという間に作って、魔法袋から取り出したように見せて鉄板などの荷物を出してしまう。
大きな甕を出すと、すぐさま女子の手伝いをしていたアントニーが来て、水を溜め始めた。
テントは調子を取り戻したクリストフと一緒に、シウが立てた。
「便所も偽装して、テントのひとつに入れてしまおうよ」
「あ、そうだね。予備のテントも持ってきていたしね」
クリストフの提案に乗って、テントを全部張ってしまった。ひとつ場所を離したのはトイレ用だ。
「あ、シウ、先生が呼んでる。リーダーだけ集まれだって」
通信魔法持ちのクリストフが教えてくれたので、シウは後をレオンに頼み、広場に走って行った。
本来はパーティーにひとつから二つの通信魔道具を貸与されるのだが、シウのパーティーには通信魔法持ちが二人もいる上、シウ自身が下位の通信魔法を使えるので回ってこなかった。
そのため、学校側とのやりとりはクリストフが担当することになっている。
パーティー内では三つのグループに分け、女子の三人にはコーラが通信担当、男子の後方にクリストフ、前衛はシウが担当することにしている。
広場の中央近くにある大きなテントが教師用らしく、駆け付けるとちょっとしたスペースに各パーティーのリーダーが立っていた。
「全員集まったか? よし、じゃあ、夜の打ち合わせを始めるぞ」
今後の予定、明日からの演習内容の確認などを済ませ、各人に問題はなかったかを報告させる。
幾人かはパーティー内で怪我をしたとか、高熱を出したと報告していた。どちらも高位貴族の子弟のみで作られたパーティーだからか護衛たちによって事なきを得たと言うことだった。
騎士学校からも報告があり、今のところ問題はないようだった。
シウは、アリスのことは黙っていた。
もし妙な噂にでもなったら困るからだ。大体、吐いたぐらいのことを報告する必要もない。道行に変更があったわけでもないので、前後を走っていた馬車の生徒の視線を感じたが、しれっと無視した。
教師が解散と号令を出したので走って戻ろうとしたら、その生徒の一人が声を掛けてきた。
「シウ、君たちのところも何かあったのではないか?」
「特になかったけど、どうして?」
アルゲオは学祭以降、あまり嫌味などを言わなくなった。今も気になるから声を掛けたという風だった。でなければ、打ち合わせの最中でも平気で聞いてきただろう。
「いや、その、うちの御者が、君が女子生徒を抱えていたのではないかと教えてくれて、心配していたんだ」
「大丈夫だよ。休憩がてら、降りようとしたんだけど、ほら、女子はあの馬車から降りるのが怖いらしくて」
「ああ、そうか。そうだろうな。僕らのパーティーでも梯子階段に尻込みする男子がいたほどだから、女子は怖いだろうね。……君は、なんというのか、失礼な言い方かもしれないが、庶民なのにとても紳士的だ。そういうところは偉いと思う」
「あー、ありがとう」
嫌味を言わなくなったとはいえ、彼等との間には深い溝があったはずなのだが、どういうことだろう。
突然の友好的な態度に困惑した。
黙って見ていると、アルゲオは、ゴホンと咳払いをしてから、そっと近付いて囁くように話しかけてきた。
「君は、ヒルデガルド先輩と、お知り合いだとか」
ああ、そうか。
脳内で手をポンと叩き、それから微かに笑ってアルゲオに向き合った。
「同じ戦略科なんだ。親切なお方だから、いろいろとお世話になってるよ」
「……そうか、その、きっと素晴らしい方なんだろうな?」
「そうだね。とてもご明晰でいらっしゃるし、僕のような庶民にも優しくしてくださるよ。授業中もお声を掛けていただけるので、クラスでも浮くことはないね」
と、さりげなく嘘でもないが本当でもないことを話す。
アルゲオは、そうかやはりお優しい方なのか、と言ってから、またゴホンと咳払いをしてシウを見つめた。
「……僕も、君に対して思うところはなく、ただ、これまで庶民と付き合ったことがなかったので――」
と言い訳を繰り広げ始めたので、シウは急いでそれを止めた。
「ああ、うん、分かるよ。誰だって初めて出会う種類の相手には戸惑うよね。もし良かったら、これからはもっと普通に話してくれると助かるよ。あ、それと、ヒルデガルド先輩と今度お話しする機会があったら、アルゲオのことも話しておくね!」
「あ、いや、その、それではまるで僕が君をだしにして――」
「違うってことは分かってるよ。こういうの、貴族の世界では普通なんでしょう? また機会があれば紹介もするからね。安心して。じゃあ、僕、離れた場所にテントを張ったから、急いで戻らないと。ごめんね」
早口で最後まで言い切ってから、じゃあと手を振ってその場を後にした。
残されたアルゲオが手を中途半端に上げたまま、どうしていいのか分からずにその場で暫く佇んでいたことは、探知でさえも見ていなかったシウには分からなかった。
野営地に戻ると、皆が手慣れた様子で料理の下準備を始めていた。
「あ、シウ君、荷物は全部片付けてテント内と外に分けてます」
「ありがとう」
「シウ、魔獣避けの薬玉の幾つかが湿気ていたんだ。在庫を出したが、明日は余裕があれば材料も採取しながら行きたい」
「了解。でも、湿気てたなんて、納入業者は何やってたんだろね」
「ああ。この分だと、他のパーティーも似たようなものかもしれない」
レオンが眉を寄せて報告してくる。
「そうだね……レオン、悪いけど、マット先生か、ヴァレン先生のところに行って報告してきてくれないかな」
「分かった。ヴァレンとは、確か高学年を担当する教師だったな」
「そう、兵站科。今回の責任者の一人でもあるから。一応念のためって報告して。こちらの在庫は余分にあるから心配要らないって付け加えてね」
「ああ。後の警戒はヴィクトルに任せるぞ」
「分かった」
真面目に受け取って、ヴィクトルは一人で林の奥に向かって立っている。
ずっとああしているつもりなのだろうかと思ったが、彼は今、八方目を練習している最中だったのだと思い出した。
良い訓練になるだろうから、任せることにした。
そうしている間にも調理は進んでおり、しかもアリスに至っては皮をはぎ取った状態の鳥を袋から取り出して、解体を始めた。
「す、すごい」
コーラが驚いてアリスの手元を恐々と見つめている。ヴィヴィは慣れた様子で、監督官のような目をして隣に立っていた。
「どう、でしょうか」
不安そうにヴィヴィを見て、その視線が後ろにあることを知ってアリスが振り返った。
少し驚いたような顔をして、それから恥ずかしそうに手元へ視線と落とした。
「あの、まだ手早くできなくて……」
「ううん。丁寧にやってるのが分かるよ。僕が言った課題をちゃんとこなしたんだね」
「はい。ヴィヴィにはまだ合格点は貰ってないのだけれど」
「まだ出せないわよー。もうちょっと早くやらないと、真夏になったら腐っちゃうわよ」
とは冗談のようだ。笑っているし視線も柔らかい。が、アリスは真面目に受け取ってしまったようで、真剣な様子で頷いていた。
「はい、もっと早く内臓を取り出せるように頑張ります」
「……まあ、その、手を切らないようにね。それだけは気を付けて」
話を聞いていると、この演習に参加するにあたって、アリスは父親のダニエルをなんとか説得することはできたようだった。
しかし、獣の解体だけは頑として許してくれなかったらしく、屋敷の厨房でも警戒され、誰もいれてくれない徹底ぶりだったとか。
しかしそこで諦めずに、アリスはなんとヴィヴィに頼み込んだ。
ヴィヴィだって家の手伝いや、ちょっとした仕事だって請け負っているから暇ではなかったのだが、正式に依頼として出して、彼女の家に上がり込んで解体の勉強をしたらしい。ついでに料理も幾つかは教わったようだ。
マルティナもコーラも付いて行かず、護衛として兄だけを連れて行った。
そこまでしたからこそ、コーラたちから、アリスの手際についてすごいすごいと言われるのだろう。
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