504 使者、言祝ぎの花、婚約




 明けて炎踊る月の第四週目、火の日になった。

 この近辺の首長竜のコントロールはほぼ済んだそうなので、一日ゆっくり森の中で過ごすことにした。

 午前中はアウレアに言葉を教えたり、新しい服や靴のことを説明した。

 ガルエラドはゆっくりすることができない性質らしく、フェレスを連れて森に入り、狩りをしてきた。

 クロとブランカも新しい友達には完全に気を許し、アウレアと共に分かってもいないのにシウの授業を聞いていた。


 魔道具で作った簡易小屋や、料理などを大量に詰め込み、ガルエラド達と別れたのは翌日の朝だ。

 笑顔で手を振って、年末あたりに会おうねと約束した。

 アウレアが泣きそうな顔をしていたのが可哀想だったが、別れには慣れているらしくて、必死で我慢していた。



 水の日はそのまま転移して爺様の小屋に行き、周辺の見回りをしたり、フェレスと訓練をして過ごし、夜にはロワル王都のスタン爺さんの家へ転移して戻った。

 そろそろオスカリウス家から、ラトリシアへ戻る時期などの知らせが来るはずなので辻褄合わせに待機していないとならない。

 もっとも通信魔道具があるので、場所を特定されないだろうとは思うのだが。

「おや。シウ、戻って来たかの」

「ただいま。どうしたの?」

「うむ。先ほど帰られたが、使者殿が来ておったのだ」

「使者?」

「ブラード家の方じゃ。連絡しようと思ったのじゃがな。明日の朝、来てもらえないかということであった」

「なんだろ」

「悪い話ではなさそうじゃった。良きことと言祝ぎの花を胸に差しておったのでな」

 通信魔道具を使わずに、使者を立てる。そして言祝ぎの花を示していた。

 となると、確かに良い話だ。古式に則った礼儀作法である。

「カスパルが婚約したのかな?」

「どうじゃろうなあ」

 そんな話をしながらも急ぎの案件でないことは分かっていたので、のんびりと夜を過ごした。



 明けて木の日に、馬車を用意しようと思ったら、なんと迎えに来てくれた。

 それも貴族を迎えるためのきちんとしたものだ。

 もちろん、貴族家へ向かうための格好をしていたものの、びっくりした。

「ああ、行き違いにならずにすみました。突然押しかけて申し訳ありません」

 挨拶してくれたのはロランドだった。わざわざ彼が来てくれたのだ。

「どうぞ、希少獣達と共にお入りください」

「はい」

 馬車に乗ると、彼は御者台に乗って、室内はシウ達だけとなった。

 本当にカスパルが婚約したのかもしれないと考えながら、ブラード家に到着したのは三十分後だった。


 初めて訪れるブラード家は落ち着いた瀟洒な屋敷だった。派手さはないが、貴族の家らしい装飾が施されている。オスカリウス家のような質実剛健といった見た目ではないので、これが由緒正しい貴族の家だと言われる見本のような感じだ。

 変な感想を抱きつつ正門から迎え入れられ、客間へと通された。

 最上級の客人扱いをされていて、内心で驚いていると更に驚くことがあった。

 ブラード家の主であるカスパルの父が正装で出てきたのだ。

 挨拶もそこそこに、彼はシウに軽い会釈をした。

「直接相見えるのがこのような時となり、申し訳ない。わたしはアグスティン=ブラードだ。いつもカスパルが世話になっているようでありがとう」

「お世話になっているのは僕の方です」

 シウの言葉に、アグスティンは微笑んだ。そしてすぐに居住まいを正して、続けた。

「実は急なことで申し訳ないのだが、媒酌人を頼まれたのだ。此度の事ではシウ殿の功績は見逃せない。その為、わたしの方から呼び出させてもらった」

「はあ。ええと?」

「ああ、すまぬ。つい気が急いてな。いやあ、わたしも相当浮かれているようだ」

 はははと貴族らしい笑い方をする。それから、ソファを勧められ、顔を寄せて秘密の話でもするかのように告げてくれた。

「キリク=オスカリウス辺境伯殿から、媒酌人を頼まれてね。お相手は――」

「あ、もしかして?」

「その通り。アマリア=ヴィクストレム姫だ。ご婚約されると急遽決まったのだよ。いやあ、お話を戴いた時は本当に驚いてしまったが、カスパルも上手に社交界で振る舞ってくれて、とても助かった」

「そうだったんですか」

「こうしたことは媒酌人を決めてからでないと話せないこともあり、また秘密裡に進めるのでな。昨日の朝に話が来て、我が家も上を下への大騒ぎだったのだよ。それでシウ殿への連絡も急となってしまった。申し訳ない」

「あ、いえ」

 貴族の習わしにはいろいろあるので、そのへんはいい。

 ただ、そう仕組んだとはいえ、驚いた。

 それにしてもアグスティンは超ご機嫌だ。媒酌人なんて大変だろうと思うのに、というのが顔に出ていたのか、彼がにこにこ笑いながら教えてくれた。

「媒酌人を頼まれるということは、親代わりのようになってくれと言われたようなものなのだよ。もちろん、オスカリウス家の方が家格は遥かに上であるし、わたしよりもずっと相応しい方々はいらっしゃる。しかしながら、此度の繋がりはラトリシアであり、またシーカー魔法学院でもある。このご縁を大切にしたいと仰ってくれてね。つまりシウ殿、あなたがカスパルと仲良くしてくれ、更に此度の事にカスパルを巻き込んでくれたからこそ、繋げた縁なのだ」

「はあ」

「しかも、ラトリシアでも一二を争う大貴族、ヴィクストレム公の孫姫であられるのだ。あちらとの繋がりもできるということは、我が家にとっても大変喜ばしいことなのだよ」

 貴族って、と思いかけたが、シウもカスパルを巻き込んで貴族としての力を利用したわけだ。

 結局、お愛想笑いで頷いたのだった。


 やがてカスパルもやってきて、正装姿で皆が客間にて待機した。

 昼前に到着の鐘が鳴り、入ってきたのは正装したキリクと、楚々としたドレス姿のアマリアだった。

 二人が、会釈してアグスティンにお礼の言葉を述べる。アグスティンは正妻と共に迎え、大仰に二人の婚約を称えた。

 これから神殿に向かい、婚約の儀を執り行うそうだ。

 本当に急だなあと思っていたが、ちょっとした時間ができて、シウはアマリアと話す機会があったので聞いてみた。

「年上のおじさんが相手だけど、良いの?」

 冗談めかして言ったのだが、彼女もそれに気付いて笑ってくれた。

「まあ、シウ殿ったら」

 うふふと口元を抑えようとして、顎に手をやりかけて彼女はその手を下ろした。

「……わたくし、これほどゆったりした心地でいられる殿方は初めてでしたの。最初は父のような安心感、それから尊敬する兄のような気持ちで」

 恥ずかしそうに俯いたものの、その声にも態度にも嫌悪感はないようだった。

「キリク様は、わたくしにやりたいようにやればいいと仰ってくれました。特にわたくしの研究は自分にとって素晴らしいものだけれど、そのためだけにあなたと結婚したいわけではない。それとは別に、あなたを苦しみから救ってあげたいと願った、そういう愛はおかしいだろうか、と仰っていただいて……」

 つまりそこで恋に落ちたというわけか。

 うーん、他人の惚気を聞くのがこれほど気恥ずかしくて辛いとは思わなかった。

 苦笑していたら、ジルダとオデッタが正装姿で目を潤ませていた。

「この方と結婚できなければ、他にどのような方と結婚しても無味乾燥なのだと思いましたわ。ですから、父上にもお爺様にも相談しておりませんが、お受けしましたの」

 いえ、その二人ともそうなるように仕組んでいました。

 とは言えず、シウは賢く黙っていた。

 後でばれた時が怖いが、きっとキリクがなんとかしてくれるだろう。なにしろ包容力はあるのだ。

 そんな話を交わしつつ、時間が来て、各自馬車に乗り込んで神殿へ向かった。


 婚約の儀はシンプルで、神官を前に婚約したことを神に報告するだけだ。

 媒酌人のアグスティンが張り切っていたのが少し面白かったけれど、特にこれといって特筆すべきことは他になかった。

 ブラード家に戻ると、遅い昼ご飯、もとい婚約パーティーが開かれた。

 お金はどうなってるのか心配したが、カスパル曰く、

「媒酌人に対して相応の金額が夫となる側から支払われるんだよ。その中にはこういったものも含まれているからね」

「そうなんだー」

「女性貴族の場合は、持参金を持って結婚するんだ。それは通常婚家のものにはならないから、ようするに内緒の個人財産だね。仲の良い夫婦なら財産は共有することもあるそうだけど、大抵は別財産なんだよ」

「どうして?」

「稀に離縁ということもあるし、そうなると実家に頼れないこともあるからね」

「じゃあ、持参金が少ないと心もとないね」

「それこそ、婚家が貧乏だとあてにされたりするし、妾腹を作られてしまってそちらに財産が流れると、正妻なのに惨めな格好をすることになりかねないからね」

 妾の方が豪華なドレスを着ている、というようなこともあるそうだ。

 何にしても、貴族の男性も女性もお金はたくさん必要で、大変である。

「僕、てっきりカスパルが婚約したのかと思ったよ」

「僕もまさかこんなに早くキリク様達の婚約が調うとは思わなかったよ」

 肩を竦めて、苦笑した。

「それとね、僕の上の兄がまだなんだから、僕が先に結婚することはないよ。有り得ないね」

「そうなんだ」

「でも今回の事で株が上がったらしいから、結婚相手は吟味してもらえるようで安心した。これもシウのおかげだ。ありがとう」

 お茶目に言うので、彼なりのジョークだったらしい。シウも笑って頷いた。

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