503 首長竜と肉と帰郷の話




 首長竜の繁殖行動は壮絶だった。その名の通り首が長いため、見た目がそっくりのブラキオサウルスと同じで草食系の恐竜だと思っていたら、完全に肉食系でしかも喧嘩っ早かった。

 なにしろ、首同士を絡ませて喧嘩するのだ。キリンの喧嘩そっくりで思わず笑ってしまった。

 もっとも、笑い事でもない。十メートルの巨体で取っ組み合いの喧嘩をされるのだ。しかも一グループで数十体が。そんなのがあちこちにいて、更に飛び地でもやらかしている。

「ウィリディスマリスは元々首長竜の見た目から付けられた名前でな。この地には古くから首長竜が住んでいた。その為、後から入った獣人族どもも追い出すわけに行かず、共存していたのだが」

 これだけ暴れられると確かに困るだろうなと思う。

 ものすごく遠い場所から、獣人族の中でも強者と思われる戦士が数人、遠見しているようだ。

「先に間引いた方が良い?」

「そうだな。あれと、あれ、あちらの」

 間引く個体をガルエラドが選別してくれた。次々と指差していくので、段々と傾向が分かってきた。ようするに大繁殖期に入って理性がスコンと抜け落ちた危険竜ばかりを選んでいるのだ。暴れ者とも言うが。

「獣人族には能力が知られたくないから、結界を張ってやってもいい?」

「構わぬ。むしろ、早めに終わらせてくれたなら感謝されるだろう」

 人族に感謝するだろうかと思いつつ、指定された竜に次々と矢を放っていく。重力魔法を掛けているので大きな竜相手にも十分に突き刺さる。この矢は体内に入った瞬間に魔核を感知し、それらを取り囲むように開いて閉じる形となっていた。すると転移も可能となる。

 相手が妨害魔法を使っていたとしても、物理的な力に弱いことは実験の結果からも明らかだった。以前から悩んでいたことがあっさりと片付いてしまった。

 今回のことが、良い検証実験にもなってくれた。

 次々倒れていく首長竜に、争っていた他の竜たちがようやく気付き始めた。

 異変を察知し喚くように鳴き始めた首長竜たちを、ガルエラドが独特の声音で呼ぶ。

 喉の奥を震わせた、竜声だ。

 首長竜たちに落ち着けと促しているらしいが、シウにはよく分からなかった。


 幾つかのグループで言うことを聞かなかった首長竜たちはシウが間引いた。試しに体内魔素を狂わせてみたらできたので、練習がてら倒す。

 体内魔素が狂うと、この程度の大きさまでなら魔核の転移もできるようだ。

 十二、三メートルを超え始めると、魔法を弾く強力な皮を持つ個体は難しそうだが、それでも肉体的損傷と同時に行えば転移は可能だと知れた。

 どうせ倒すのならと練習にさせてもらったが、分かったことが多々あって良かった。


 倒した竜は一頭を残して全てシウがもらうことにした。

 残り一頭は獣人族に渡した方が良いのではと提案し、ガルエラドも了解してくれた。

 案の定、彼等は人族のシウを見て最初は怒りだったり恐れだったりを抱いていたようだが、ガルエラドの口から竜の大繁殖期行動のコントロールを手伝ってくれた仲間だと紹介され、更には間引いて討伐した竜を一頭渡すと説明したらコロッと態度を変えた。

 村に来てほしいと歓迎されたほどだ。

 ただ、それはガルエラドが断っていた。

 このあたりの部族は各種族が固まっていることもあって、さほど結束力が強くないそうだ。しかもエルフもいて、後々ハイエルフが調査に来てバラされでもしたら困る、ということらしい。

 名残惜しむ彼等に別れを告げて、一度フェレスたちのところまで転移で戻った。


 シウの作った土の家の中では幼獣二頭とアウレアがすやすや寝ていた。

 土と言っても中は小屋にしているため、過ごしやすい。暑くもなく、風通しが良いので遊び疲れて眠ったようだ。フェレスは遊び相手もいなくなり、ぽつんと佇んでいたが、シウが戻ってきて嬉しげに尻尾を振っていた。

「子守りしてくれてありがと。昼ご飯にするね。あ、竜の内臓がいいかな?」

「にゃ!」

 いいの!? と嬉しそうな声を上げ、それからずっと「にゃんにゃんにゃ」と即興で作った内臓の歌を歌っていた。


 解体は外で行い、魔法で自動化を掛けて流れ作業でやっていると、見ていたガルエラドがぽかんとしていた。

「相変わらず、変わった魔法の使い方をする」

「だよねー」

 解体を済ませて各部位ごとにラップして仕舞うと、使う分だけ取り出して料理を始めた。そうするとガルエラドの目も嬉しげに細められた。

 彼は肉が好きだし、竜の肉も大好きだ。

「ステーキにする?」

「ああ、それで頼む」

 無表情だけど、目がにこにこしており、外に作ったテーブルの上を何度も拭いたりしていた。待っているのだ。そういうところは可愛いものである。

 アウレア用の料理もせっかくなので作りたてにしてあげようとその場で同時進行で作り、そろそろというところで子供たちを呼んでくるよう頼んだ。何故かガルエラドとフェレスが競うように小屋の中へ入り呼びに行っていた。ふたりとも、早く呼びに行けば早く食べられると思ったようだ。


 首長竜の肉も魔素が濃くて肉質もしっかりとしており、とても美味しかった。かなり濃厚な肉といった感じだ。それでも臭みがないから、良い。岩猪も美味しいのだけれど、あれは豚に近い味で、多少肉としての臭みがある。

 それらと比べたら癖は確かにあるのだが、変な臭みのない竜の肉は濃くて美味しい。

 ただの人間だと、そうパクパク食べられる代物ではないが、竜人族であるガルエラドは三食肉でも大丈夫だと言い切ったので、土台が違うのだろうと思う。

 ちなみに、彼の為にステーキもどんどん焼いて、魔法袋に入れてあげた。


 午後も、首長竜の別地域のところへ行き、間引いたり説得したりとガルエラドの仕事を手伝った。

 夕方には小屋へ戻り、ずっと一日子守りをしてくれていたフェレスのストレス発散のために森へ入って訓練を行った。

 子守りをしている間に自分でも考えていたらしく、試行錯誤しながら魔法を使って飛び跳ねていた。

 かなり、魔力量の調節も上手になってきており、訓練を重ねれば本当に聖獣相手にもスピード勝負ができそうだなと思った。


 夜は時間を掛けて楽しく晩ご飯を食べ、即席のお風呂に入ってゆったりしながら皆で夜空を眺めた。幼獣二頭は寝てしまい、アウレアは寝たくないのにうつらうつらしているという状態だ。

「シウー、あのね、あのね」

 いっぱい喋りたいことがあるのだと、訴えてくるが頭が仰け反っている。

「明日も一緒だよ。今日はもうおやすみ」

「ほんと? あしたもまだ、いっしょ?」

「うん」

「ふぇれも? くろとぶらーも……」

「一緒だよ」

 その言葉を聞いたからではないだろうが、カクンと首が落ちてしまった。ガルエラドが苦笑しながら、アウレアを小屋の中へ運んだ。ついでにクロとブランカが入った籠も持って行ってくれる。

 フェレスも大欠伸していた。

「今日も楽しかったね」

「にゃ」

「アウルはフェレスが大好きなんだね」

「にゃにゃ」

「明日は何しようか」

「にゃ!」

 走る、と言うので、シウは静かに笑った。

 後ろからガルエラドが出てくる気配を感じた。

「シウ、おぬしと出会ったことで、我もアウルも気持ちが豊かになった」

「そう?」

「こうして、物質に恵まれているということだけではない。誰かと接していることが大事なのだとよくよく理解した」

「……うん」

 アウレアを守るためとはいえ、人と接触せずにあちこち移動するのは大変だ。

 小さな子には体力の問題もあるが、それ以上に精神的な負担もある。

「アウルの言葉の遅いことが、気になっていた」

「うん」

「我はあまり、話す方ではない」

 これでも最初と比べたら話してくれるようになったと思うのだが、自分でも自覚はしているようだった。

「フェレスが来ると笑顔になり、シウが話すと嬉しげにいつまでも喋っている。やはり、子供にはたくさんの愛情が必要なのだと分かった」

「そうだね」

 フェレスがまた大欠伸して前足に顎を乗せて寝る体勢となった。

 その頭を撫でながら、シウは黙ってガルエラドの話を待った。

「……様子を見てからになるが、アウルをそろそろ里へ連れて行こうかと思う」

「どちらの?」

「竜人族の里にだ。さすがにいきなり、ゲハイムニスドルフの里へは連れて行けぬだろう。反対する者もまだいるのだ」

「竜人族は大丈夫なの?」

「元より、この旅を同情する者が多く、帰ってこいと心配してくれていた」

「そっか」

 秘密の里へ戻ってしまったら、シウもそう簡単には会えなくなるだろう。それは少し寂しい。いや、正直言えばかなり寂しい。胸がきゅうっとなる。

 しかし、アウレアのためを思えばひとつ所に留まる方が絶対良いに決まっているのだ。

「……時期にもよるが、まだ見回らねばならぬ土地があるゆえすぐとは決まっていないが、年の終わりに戻ると打診してみるつもりだ。シウよ、お前も共に行かぬか?」

「え?」

「以前から考えていたことだ。シウは冗談のように話していたが、我は里に迎え入れるつもりでいた。長老も手助けしてくれたシウのことを気にしている。まだ詳しく話していないが、シウの話をすれば全面的に信頼してくれるだろう。そもそも、帰郷することを決めたのはハイエルフ対策のあれこれを施してくれたからだ。歓迎してくれると思う」

「いいの?」

「もちろんだとも。ただ、移動や滞在期間のこともあるので、少なくとも一ヶ月は必要となるが」

 帰りは転移できるということを踏まえての日数だろう。となると、一ヶ月と言うのは長い。だが、シウは二つ返事で彼の提案を受けた。

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