478 移動と再会、新しい国へ




 土の日の早朝、ひそかにアマリアが馬車を乗り継いでブラード家に入ってきた。

 付き添いの人達も黒いフード付きで屋敷内へ入ってくる。

 そこで二手に分かれてほとんどがブラード家の護衛達と共に飛竜乗り場まで馬車で向かった。ロランドもだ。

 アマリアとジルダ、カスパルとダン、シウ達だけが地下に入ることになる。

 外から扉を閉めたのはリコで、彼は後から追ってくることになっていた。

 地下に入る前、アマリア達には誓言魔法で他言できないよう誓約してもらった。ついでに悪いとは思ったが、こっそりと本当に誰にも喋れない精神魔法も併用した。

 ブラード家の地下室に転移魔法陣があることを知られることは、彼女が巻き込まれた騒動よりも遥かに危険なことだったので。

 前日から来ていて待っていたスヴェンは、せっかくの外国なのに顔がばれると困るという理由で屋敷内に押し込められていたため少々拗ねていたが、せっせと美味しいものを食べさせたおかげか機嫌も良くなって、詠唱もいつもより滑らかだった。

 いつものあの、変な感じの数秒を過ごして転移が終わると、スヴェンとシウ以外が驚いていた。

「いやあ、成功して良かった。本当は数人分を運ぶ魔法陣でギリギリだったんだよね」

「スヴェンさん……」

 呆れて半眼になっていたら、スヴェンが慌てて手を振った。

「でもほら、君ら子供だから! 半人前で計算して、なんとか大丈夫だったんだよ!」

「それもどうかと思うけど」

「はははー」

 怖いことを聞かされてゾッとした顔をしていたジルダ達だが、迎えの為に待っていたキリクを見付けて、それぞれ急いで挨拶していた。


 追いかけてくる飛竜便は、別ルートでフェデラルへ向かうことになっている。

 ブラード家のほとんどは本家に戻ってから、各自の家へ里帰りするが、ロランドや護衛はカスパルの後を追うと言うので、アマリアの護衛達と共に長旅でフェデラルへ入る。

 それまではオスカリウス家で護衛をすることになっていた。

 今回カスパルが一緒なのは、間に入ったのがブラード家ということにするためだ。

 カスパルにとっては面倒な事だろうと思ったが、本人は意外と楽しみにしているようだった。

「フェデラルには行ったことがないんだ。あちらの古書店めぐりが今から楽しみだよ」

 というのが本音らしい。転んでもただでは起きない人である。


 朝まだ早い時間だったこともあり、オスカリウス家では総出でアマリアやカスパルを歓迎してくれた。

 この後、飛竜に乗ってフェデラルまで行くので、それまでに少しでも寛いでもらおうと心づくしのもてなしが用意されていた。

 シウも懐かしい顔ぶれと挨拶して時間を過ごし、やがて飛竜乗り場へと向かった。

「ルーナ、ソールも元気そうだね」

 飛竜達と挨拶していたら、先に連れて行く騎獣達を乗せて次々と他の飛竜達が飛び立っていた。

「人間は後だ。あいつらが先に行って受け入れ準備や、周辺の確認をする。ところで、お前は相変わらずビックリ箱だな」

「え、何が?」

「分かっちゃいたが、希少獣を3頭も、本当に育てるとはなあ」

「あ、それね。うん、可愛いでしょ」

「そうじゃねえ。って、ま、いいか。それにしても今回はお前の友達、意外な顔ぶれがいるな」

「うん」

 高位貴族のカスパルとアマリアがいるので、さすがのキリクも驚いているようだった。

 現地集合で、リグドール達も来たのでその後キリクとは詳細を話せないまま飛竜に乗った。


 今回のフェデラル行きに、手を挙げてくれたのはリグドールとヴィヴィ、それからなんとアリスだった。付添としてコーラとクリストフ、護衛係で彼女の兄ミハエルもいた。

 他の面々は社交界があったり、レオンなどは夏の間に稼ぐのだと張り切っているらしく残念ながら断られた。闘技大会ほど飛竜のレースは興味がないようだった。

 ヴィヴィにも家の仕事があったようだけれど、年頃の娘が夏に遊びもせずに家の事をしているのは可哀想だと周りに責め立てられ、父親が折れたそうだ。一応オスカリウス家預かりの、侍女見習いとしてどうかと話を持って行ってもらったため――シリルが気を遣ってくれた――行儀作法を学べる上に給料も出ると知ってヴィヴィ自身も喜んでいた。

 事実、ヴィヴィはアリスの面倒を見ると張り切っているし、庶民ならではの視線も必要だったので同行してくれたのは有り難かった。

 そのアリスは、アマリアの事情を簡単に説明したら同情し、彼女の役に立てるよう頑張ると張り切っていた。

 飛竜にもアマリアと共に乗ってくれた。彼女達の飛竜にはサラもいて、女性同士、良くしてくれるだろう。


 リグドールとカスパル、ダンはシウ達と共にキリクの飛竜に乗った。

 他にも、別の飛竜に次々と関係者が乗り、数体が固まって飛ぶ形だ。

 初めて見る光景に、ブランカなどは興奮してみゃぁみゃぁ鳴いていたが、フェレスは慣れたもので平然と翼の所まで行って眼下を覗いている。

「おー、何度乗ってもすごいや!」

「君、そんなに飛竜に乗ったのか。すごいな」

 リグドールが騒いでいるとダンが話し掛けていた。

「シウが誘ってくれたんで、去年も闘技大会見るのに乗せてもらったんです。その時もキリク様の飛竜で、早くて見事だったんですよ」

 すると横にいたカスパルが口を挟んだ。

「へえ。僕は飛竜は苦手だなあ」

「本を読むからだろ。カスパル様、今回は読書禁止だぜ」

 カスパルはダンの注意には返事をせず、肩を竦めただけだった。

「あ、そうだ、リグドール君。そんなに畏まらなくても、同じ夏休みを満喫する生徒同士、普通に接してくれるかい」

「はあ、良いんです、か?」

「いいよいいよ。俺もカスパル様には、普通にしてるもの。シウなんてため口だしな!」

「そだねー」

 それでいいのかよ、と言いたげなリグドールの視線を受けて、笑った。

 周囲を見渡すと、ものすごい風の量が流れていく。

 これらを飛竜の背では全く感じないのだから、飛竜の魔法は大したものだ。

 立ちあがって見ていると、キリクが振り返った。

「お前は座って休んでおけよ」

「どうしたの?」

「後で交代してもらうからな!」

「なんだ、そっちか。また交替要員に組み込んでるの?」

「はっはー。しようがねえだろ。乗り手のやりくりで大変だったんだ。お前がとんでもないお嬢様連れてくるしな」

「すみませんね。いろいろありまして」

「ま、いいけどよ。友達を連れてこいって言ったのは俺だしな。ところで――」

 子供好きのキリクは、リュカの事も覚えていて聞いてきた。

「あのチビはどうした。今回はお留守番か?」

「リュカは、獣人族の里へ遊びに行ったよ。学校の友達に獣人族がいて家庭教師をやってた流れで、今回の里帰りに誘ってくれたんだ」

「……大丈夫なのか? あっちはハーフに差別があるんだろう?」

「守るって約束してくれたし、人族のほら、ソロルも一緒だから」

「そうか」

「リュカも自分のルーツを知りたいのかなと思って。こうやって自立していくんだね」

「……爺臭い発言するなよな。ったく」

 がしがしっと頭を撫でられて、コツンと小突かれた。

「後ろで友達同士、話してろ。次の休憩までまだ時間はたっぷりある。少々騒いでも俺の腕なら大丈夫だ、子供は子供で遊んでろ」

 相変わらずの優しさに笑って、シウは言葉に甘えてリグドール達のところへ戻った。



 その後、フェデラル国までは3日かかってようやく到着した。

 男性陣だけなら2日で行けただろうが、女性陣がいるので念のためにと休憩を多く挟み、宿も厳選したためこうなった。

 フェデラルには光の日の夜遅くに到着し、疲れている面々を乗せて馬車を走らせ、王都リアへと入った。

 飛竜大会が行われる場所は王都から少し離れているが、通えないことはないのでこちらにも宿をとったそうだ。特に女性陣にとっては王都の方が楽しみもあるだろうとの配慮からだった。

 今回も宿は貸し切りだった。

 大会のある王領直轄地、クレアル街にも宿を取っているそうなので、貴族のやることはスケールがでかい。

「開会式には間に合わなかったが、辻褄合わせにも丁度良いだろ。ここで一泊して、明日ゆっくりクレアルへ向かうぞ」

 オスカリウス領からも参加者を募ってきているせいか、大所帯だ。

 宿には事前に来ていた者も含めて多数がいた。

 アマリア達のような招待された貴族も数人いて、それぞれにお世話係がついている。

 アマリアとアリスは仲良くなったようで、まとめてレベッカが対応するようだ。

 本当ならシリルの妻アマンダが傍にいる予定だったが、レベッカと交代で行うことにしたらしい。アリスもいるので、年齢の近い者同士が良いだろうとの判断らしい。

 その代わり、夜会などに出る場合は絶対にアマンダが付き添うとのことだ。礼儀作法の鑑と言われ、領内では恐れられている女性だからそういう意味では安心だ。


 遅い時間に入ったので慌ただしく部屋割りを告げられ、ベッドに入った頃にはもう深夜を過ぎるところだった。

 3日続けて騒がしかったせいで、フェレスはバタンキューで眠ってしまうし、隣室のリグドール達ももう寝てしまったようだ。

 シウもいつもなら寝る時間なのだが、なんとなくわくわくして眠れなかった。

 この国には一度だけ、ちょろっと来たことがあるのだが、その時は国の端にある砂漠であり、当然だが観光も何もできなかった。

 街らしい街などなく、蜥蜴人の住むオアシスを通り過ぎただけだった。

 なので、今回は楽しみだ。


 冒険ではないが、これなら神様も喜んでいるのではないだろうか。

 とにかく、あちこち見て回ろう。

 シウは笑顔で、いつの間にか眠りに就いていた。

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