371 休暇の終わり
なんだかんだと話し合いがあったりで、シウ達が領都の屋敷へ戻ったのは昼を大幅に過ぎた頃だった。
連絡を受けていた屋敷ではメイド達が待ち構えており、シウは風呂へと放り込まれた。キリクはイェルドに連れられて執務室へ連行され、サラは上手に逃げていた。
風呂から上がると、すぐさまリュカとソロルに会いに行った。
突然連絡もせずに出かけたので心配だったが、2人とも元気だった。
「シウ! おかえり!」
「シウ様、おかえりなさい」
シウの腰にひしっと抱き着いてくるリュカと、不安そうな顔で笑うソロルが待っていてくれた。
「ごめんね、突然出て行って」
「いえ。デジレさんから詳細を教えてもらっていたので、それはいいんです。ただ、心配で」
「そうだよね、魔獣のスタンピードなんて、普通はないもんね。ごめんね、2人とも」
「ううん! お仕事だから、仕方ないの!」
首を振るのだが、リュカの顔はシウの胸にあってそこがぐりぐりと押し付けられた。じわっと湿っているので、泣いているようだった。
それがいじらしくて、頭を撫でて気が済むまでそうしていた。
ソロルもホッとしたような顔で、涙ぐんでいた。
2人は待っている間に、やれることはないかデジレやレベッカに聞いてお手伝いをしていたそうだ。
まわりまわって役に立っているのだと言われて、一生懸命騎獣達のお世話をしたり、飛竜の餌を用意したと教えてくれた。
気晴らしに領都の街へも連れて行ってくれたそうだが、気もそぞろだったとデジレに聞いて、申し訳ない気分になった。
それについては、イェルドからも謝られた。
キリクに怒られたそうだ。
乗ったのはシウなので、両成敗で終わろうと言って、お終いにした。
ところで問題は帰国方法だ。
夕方、晩ご飯を早めにいただいてから、シウはキリクに連れられて、例の転移魔法陣がある古い建物へと向かった。
リュカとソロルもいるが目隠しをしてフェレスに乗っている。歩くよりましだろうと、そのようになったのだ。2人も慣れたのか特に気にしていない。
嫌な予感がして、シウはじっとりとキリクを見た。
キリクは素知らぬフリでいるし、イェルドも目を合わせない。
はたして。
魔法陣の前にスヴェンがいて、鞄を持って待っていた。
「遅いですよ! キリク様、時間厳守と言ってるでしょう?」
「あー、悪い悪い」
「僕は良いんです、僕は。でも相手様に失礼でしょう?」
「言うようになったじゃないか。貴族相手の礼儀作法はもうばっちりってか。リンカーは良い嫁だなあ」
「もちろん! リンカーのおかげで貴族相手の礼儀作法は完璧です!」
胸を張るスヴェンに、キリクは小声で嫌味が通じない、とぼやいた。
「さすがはメイドの鏡です。そのリンカーが言ってました。貴族のお屋敷に初めてお邪魔するのに、夕方以降に伺うのは言語道断だと」
「そうだなー。パーティーに参加しているかもしれんし、それでなくとも失礼だわな」
「はい。ですので、早速起動します」
嫌な予感は最高潮に達しており、半眼になりつつキリクを睨んだ。
キリクもイェルドも魔法陣の外側だ。サラも、にこにこ笑いながら手を振っている。
シウは早く早くと急かすスヴェンに従って、フェレス達と共に魔法陣の中へ完全に入った。
スヴェンが詠唱を始めたので、シウはキリクに話しかけた。
「つまり、あれですね、あっちに転移門を作ったと」
「それほど高尚なものじゃない。ベルヘルトの爺さんが簡易魔法陣をくれたのでな。ブラード家にお願いして、一室をお借りしたというわけだ」
「勝手に設置したの? ラトリシア国にばれたら、問題になると思うんだけど!」
「ばれたらな。何、数人程度しか送れん。大したことはないからばれても大丈夫だ。たぶん。あ、そうだ、スヴェンの魔力が溜まるまで1日か2日そっちで面倒みてくれ。向こうの家令にはイェルドから連絡している」
「信じられない!」
「普段、信じられない思いをさせられている俺達の気持ちが分かったか!」
「あー」
それを言われるとどうしようもない。
シウが黙ると、キリクがしてやったりといった顔で今までで最高の笑顔を見せた。
悪戯が成功した時の、悪ガキそのものだ。イェルドもサラも良い顔をしていた。結局同じ穴のムジナなのだ、彼等は。
シウが力を抜いた頃、詠唱が終わりに近付いた。
「じゃあ、またな! 今回はお疲れ様だったな」
「……お世話になりました。ありがとうございます」
「じゃ、いきますよー」
そこで転移となった。
スヴェンには情緒というものがないらしい。いや、それで良かったのかもしれないが。
一瞬の違和感とともに転移が終わると、シウも見た覚えのある一室が現れた。
ブラード家別宅、つまりラトリシアにあるカスパルの屋敷の、地下室だった。
連絡を受けていたらしいロランドが、地下室の戸を開けてくれた。
頑丈に鍵をかけていたようだ。
いつの間にか外側の様子も一変していた。キリクに言われて、地下室を隠し、かつ頑丈に閉じられるよう施していたようだ。
中からも鍵を掛けられるらしく、万が一の際の逃亡に使えるということで設置を了承したそうだが、よくもまあ思い切ったものだ。
心配になったが、ロランド曰く、政情不安になった際の逃げ道は貴族なら誰もが作るものだと自信たっぷりに言われたので、そんなものかと納得した。
久しぶりのラトリシアは、オスカリウス領から来たせいかとても寒く感じた。
リュカとソロルも最初は転移でいきなり戻ってきたので驚いていたが、それよりも寒さが上回ったようだ。ぶるぶる震えていた。
急いで地上へ戻ると、そこは暖かく、全員でホッとした。
スヴェンをメイド長に任せると、リュカとソロルは賄い室へ行ってお土産配り、シウはロランドと一緒に遊戯室へ向かった。屋敷の主であるカスパルに帰宅の挨拶をするためだ。
「やあ、お帰り。ぎりぎりだったね」
「いろいろありまして。まさかあんなものがあるとは思ってなかったけど」
「僕も最初は驚いたよ。で、シウも驚かせたいから、内緒だと言われてね。隻眼の英雄もやることは子供っぽいね」
「ほんとに」
呆れて肩を竦めた。
それから、皆へお土産を渡したり、休暇中の出来事を少し話した。
カスパルにも話を聞いたのだがほとんど読書三昧で、たまにファビアンがやってきて討論したり、更には幾つかのパーティーに参加したといういつもの日常で、本人も言っていたが面白味のない休暇だったようだ。
「それよりも、シウの話だよ。それで、どうだったの」
読書好きなカスパルに話して聞かせるのは面白くないだろうと思ったが、本人はちゃんと本を置いて話を聞いていた。
「王都では友人達と会って、歩き回ってきたよ。会えない人もいたから、今度は連絡して行こうかな」
アグリコラは仕事が忙しくて会えなかったうちの1人だ。
「あ、あと、ソフィア=オベリオという人を覚えてる?」
「ああ、彼女ね。覚えているけど、それがどうかしたの」
「指名手配された」
はあっ? と声を上げたのはダンだった。
ルフィノ達も気になったらしく、近付いてきたので詳しく最初から説明した。
「……とうわけで、ヴィルゴーカルケルというところへ行くのが嫌だったらしくて逃亡したそうだよ」
「おー、あの悪名高き監獄か。そりゃあ誰だって嫌だろうな」
「そんなにすごいところなの?」
「僕も聞いたことがないな。ダンは知ってるかい?」
「いや、俺もあまり」
カスパルもダンも知らないらしく、ルフィノが場を代表して話してくれた。
「奇跡の泉と呼ばれる場所を守るために作られた神殿らしいのですがね、あまりの崇高さに規則が厳しくなっていって務めるのが大変な場所らしいです。特に修道院はわけありの人を預かるので牢獄だとか監獄と呼ばれています。たとえばそうですね」
1日に2回しか食事を摂れず、パンとシチューのみという質素な内容らしい。
素足に網目の革靴なので冬の寒さに耐えきれずあちこちがひび割れて血が出るほどだとか。個室に暖房はなく、薄い毛布に包まって寒さに耐える毎日。祈りの場には多少の暖房があるため、皆そこへ自然と集まる。その為、1日中祈りが絶えないそうだ。
「す、すごいね」
「奴隷落ちと変わらないぐらい、厳しいと言われてるな」
「それ、女性だよね?」
「女性も多いが、貴族で罪を犯した者もいるからな。連座制で捕えられた幼い息子とか、そんな感じの温情判決で送られるそうだが、それもまたな」
変な顔をするのでシウが首を傾げたら、ルフィノのみならずモイセス達も苦笑した。
「神官の悪習というのかな。いや、その手の厳しい神殿や牢獄で多いのか。ああいうところは男女別だから、つまり、女っ気がなくてモヤモヤするのは大人の男ってわけでな」
「うん」
「つまりあれだ。シウも気を付けないとダメな話だ。あー」
言い辛そうにしているルフィノを助けるわけではなかったろうが、カスパルが閃いたのか目を輝かせた。
「ああ、読んだことがあるよ。小さな男の子が女の子みたいに扱われることだね」
衆道、ようは男色のことだとシウもようやく気付いた。
そして、そんなことが起こるなら、当然女性だって危険な目に遭う可能性は男性よりも高いということになる。
そうした場所へ連行されるのは、ソフィアにしてみれば恐怖だろうし、逃げたくなるのも分からないではない。が、素直に反省していれば良かったことで、心底から庇う気持ちにもなれない。なるようにしかならなかった例なのだろうと、シウは思うことにした。
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