第九章 食材探しと自己同一性の確認
372 休暇明け授業とカキフライ
芽生えの月の第2週、火の日。
2週間の休暇を終えて、久々の学校が始まった。
古代遺跡研究の教室へ行くと、珍しく誰もまだ来ていなかった。
休み明けで寝坊してるのかなと思いつつ、お土産を出しておく。
やがて、1人2人とやってきた。
皆で休暇の話をしていたら鐘が鳴り、遅れてアルベリクが入ってきた。その後を滑り込むようにミルトとクラフトも入室してくる。
「珍しいねえ、君らが遅刻なんて」
「先生に言われたくないなあ」
「えー」
「フロラン、これ、遅刻判定?」
「うーん、まあ、いいんじゃないの。これで遅刻にしたら、アルベリク先生が可哀想だよ」
にこにこ笑ってきついことを答えていた。
先生はしょぼんとして、他の生徒達は大笑いだ。
それから少しの間、授業そっちのけで遅刻した理由や、休暇の間の話をした。相変わらず呑気な授業である。
ちなみにミルト達が遅刻したのは、里帰りしていて帰りが今朝になったからだそうだ。アルベリクはいつものことなので誰も理由を聞いていなかった。そのことにいじけていたので、シウが相手をしてあげようとしたらフロランが、調子に乗るからほっといていいよ、とまあ聞きようによっては冷たい言葉を吐いていた。笑顔だったので、教師への愛はあったと思いたい。
すったもんだがあったものの、通常の授業は普通に終えた。
で、2時限目の自由討論が始まるとフロランが勢いよく手を挙げた。
「今度、遺跡潜りをしたいと思います!」
「おおっ」
皆がパチパチと拍手した。
「そろそろ暖かくなるものね」
「良いんじゃない?」
「つきましては、これが日程表」
「なんだ、行くところはもう決めてるんだ」
皆がフロランの作った日程表を覗き込んだ。
「風光る月の1週目か。週末の2日で行くとなると、あ、これ授業も入れてか。2泊3日? すごい日程にしたんだな」
「厳しくない?」
「護衛を頼むのだから大丈夫じゃないかしら」
「雪が完全に溶けてると良いけれど」
わいわいと楽しそうだ。
結局、その日に遺跡潜りが決まった。移動は地竜を使い、川を渡河してドレヴェス領へ入るそうだ。小さい遺跡だが最近発見されたものらしいので皆楽しみなようだった。
2時限目はその話で持ち切りとなり、終わった。
来週からも2時限目は遺跡潜りの詳細な計画を立てたり、準備などの時間に費やすそうだ。
午後の魔獣魔物生態研究では誰も休んでおらず、久しぶりの再会に皆で喜び合っていた。たぶん、生徒よりも希少獣達の方が。
きゅいきゅい鳴いてフェレスに乗る小さな希少獣を見ると、可愛くて顔が崩れ落ちそうだ。飼い主達もにこにこ笑って眺めていた。
授業では、特に休暇に触れることもなく進んだ。
というのも前回、前々回と話が脱線気味だったので、元に戻すために詰め込む必要があったらしい。先生の早口の説明に、生徒達からは悲鳴が上がった。
教室の後方ではきゅいきゅいと鳴く声、教室前方では生徒達の悲鳴という風に、変な空間となってしまった。
授業が終わると急いで帰宅し、厨房を借りてハルプクライスブフトの港市場で買ったものの処理を始めた。
大量に買ったのでそのままにしていたのだ。下処理しておくと便利だし、思い付くレシピがあればそのまま作ってしまって、また保管しなおす。
他にもロワルの市場で買ったものがあるが、半分ぐらいしか現地で下処理しておらず、こちらも使えるようにとどんどん魔法を使って処理していく。
手伝ってくれるつもりだった厨房の人達も唖然としたまま、それを見ていた。
自重しないので最近は「魔法を使った料理」には抵抗のない彼等だが、あまりのスピードと大量の材料を前にして絶句状態だった。
落ち着いてくると、本日の分として出していた材料を見て、料理長が興味津々に話しかけてきた。
「おや、これはシルラル湖の牡蠣では?」
「そうです。塩分濃度の高い場所でしか獲れないんですよね? 良いのが大量にあったので買ってきたんです。今日、これで一品作ろうと思ってるんですが、どうですか?」
「ぜひ!」
「じゃあ、先に皆さんで味見してください。カスパル達に出しても大丈夫か、判定してもらいたいので」
「「「おおっ!」」」
皆、否やはないようだ。
シウが考えているのは、カキフライだ。新鮮なので刺身も良いのだけれど、ずっと食べたいと思っていたのがカキフライだったので、楽しみにしていた。
ロワルでは通常、牡蠣はソテーにしたりシチューと合わせたりするのが定番だ。現地の港では生でも食べるが、基本的にこの世界の大半の人は生食が苦手らしく火を通す。よって、貴族でもあるブラード家では刺身で食べることはなかっただろう。
忌避感があるものを出すよりは、絶対に美味しいはずのフライが良いに決まっている。
「先にタルタルソースとかを作りますね。あと、オイスターソースも作らないと」
ウキウキしながら大鍋を取り出して作り始めた。
「おや、この煮汁を使うのですか?」
「牡蠣を塩茹でしたこれには旨味成分がたっぷり溶け出しているんです。これを他の調味料と合わせて、オイスターソースというのを作ります」
「ほう。こっちは、以前から作っているタルタルソースですな」
同時作業をしていると、料理人の数人が手伝いを申し出てくれた。彼等のスキルアップにもなるので、タルタルソース造りは任せることにして、シウはオイスターソースに専念する。
料理長は横で付きっ切りとなり、ふむふむと頷きながら目を輝かせている。
「通常だと、このへんは魔法を使わずに時間をかけるんですが」
「いや、魔法を使って時間を短縮できるのは良いことだと思う。君に教わってから、わたし達も節約術を覚えたから、段々とスキルも上がってきたんだよ」
「そうですか」
「圧力鍋も便利だし、作りたいものが次から次へと出てきて、毎日楽しいんだ」
「それが一番ですよね。仕事が楽しいって、良いことです」
おお、そうだね! と嬉しそうに破顔した。
ラトリシア人の厨房で働く下男達も、ここでは美味しいものが食べられるということで最近とても張り切っているそうだ。元々真面目でコツコツ仕事をするのだが、やる気を持って前向きに勤めるとまた違っていた。
スキルが向上していることがはっきり分かるのも良いことらしい。
「そろそろかな。ちょっと味見してください」
「うん、これはまた濃厚な色の、……おおっ、これは!」
料理長は作業中の皆を呼び寄せて、それこそ下男にまで声を掛けて集めた。
「少しで良いから、味見してみなさい」
「はい! ……あっ、これ」
「濃い味なのに、とても美味しい。牡蠣の風味がしっかりあります」
「すごい、これ」
「シウ殿、この美味しさが旨味成分というやつだね」
うんうんと頷いて、何か考えている。新しいレシピを思いついたのだろう。
「これほど濃厚なら、淡白な素材に合わせて引き出すのも良いだろう。たとえば野菜だけでも合うのではないだろうか」
「あ、良いですね。葉物野菜なら全般的に合いそうです。あっさり味の鳥の胸肉に掛けても良いかと。あれは体に良いんだけど、油を使わないと味がたんぱくになるんですよね。そこに野菜を茹でたり軽く炒めたものにオイスターソースを絡めて、胸肉に掛けると美味しい気がします」
「おお! それも良いな! よしよし、いろいろ考えてみよう。あっ、しかし、そのソースは、分けてもらえるのだろうか」
「もちろん。そのつもりで作ってます。まだまだ作れるし、レシピも渡しておきます」
「……有り難い話なのだが、本当に構わないのかい?」
「いつもお世話になってるし、美味しい物を共有するのは、当然のことだと思うから」
そうか、と呟くと料理長はシウを孫でも見るような目で見つめた。
「君は本当に良い子だなあ」
「えぇー? でも僕も、ここではいろいろ教わったり、手伝ってもらってるから」
「……わたし達は大したことはしていないのにねえ。いや、分かった。じゃあ、これからもお互いに料理研究を頑張ろう」
「はい!」
それからも、新しく発見できたことを話し合ったりしつつ、味見用のカキフライができた。
これも全員で食べたのだが、美味しくて全員一致で新メニューに決まった。
残念ながらシルラル湖の牡蠣はここで手に入らないが、ロワルに戻ったら絶対に作るべきレシピとなった。
もちろん、この日のカスパルの晩餐にも出された。
彼には大ぶりのとても良い牡蠣を、他の者達にも全員に行き渡るよう振る舞われたのだった。
ちなみにスヴェンはカキフライを食べてから、転移で戻って行った。
シウに、妻リンカーへのお土産に欲しいとおねだりした上で、だ。
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