373 不安な噂と食堂での話




 翌日、生産の教室へ入ると、すでにアマリアが来ており作業を始めていた。

 一番乗りですねと声を掛けると嬉しそうに笑う。

 しかしすぐに顔を曇らせた。

「レグロ先生に怒られそうですわ」

「どうしてですか」

「思うように勉強できませんでしたから」

 ふうと、小さな溜息を吐いて目の前のゴーレムを見た。小さい20センチほどの人形だ。動くようになったのだが、これより大型にするのが難しいようだ。

 一度、全部のパーツをそれぞれに手で作り上げて動かすところから始めたらとアドバイスしたら、それはいいわね! と笑顔になった。

 早速取り掛かろうとして、ふと思いついたといったようにアマリアが振り返った。

「ヒルデガルド様が、昨日また問題を起こしたという話を、ティベリオ様からお聞きしましたの」

「え、またですか。休暇明け早々に……」

「今度は同郷の方への、暴行? だとかですわ。その、普段でしたらこうした噂めいたことははしたないですし、失礼ですから口にしませんのよ」

 実際、はしたないと心底思っているらしく、顔が赤い。

「……でも、同郷の方への暴行と聞いて、心配になりましたの。わたくしの勝手な思い込みかもしれませんが、どうかお気をつけてね」

「はい。忠告してもらったことは、とても有り難いです。はしたないだなんて思ってません。むしろ心配して頂いて嬉しいですし。僕も気を付けますが、アマリアさんも気を付けてくださいね」

「はい」

 にっこり微笑んで作業に戻ったアマリアだったが、お付きのジルダには睨まれてしまった。と言っても、しようがない人ね、といったニュアンスの軽いものであったが。

 彼女にしてみれば、シウがアマリア様と呼ばないことが少々気に障るようだ。でも口にしないのは、この学校が平等を謳っていることと、シウがアマリアと友人であるためだろう。無言のうちにそれらが伝わってきて、シウも目だけで謝った。


 授業は、基本的なことを教わりつつ、いつものように自分のしたいことをするという自由なものだった。

 シウは、先日手に入れた蜘蛛蜂の糸を何かに使えないか、思案していた。

 いろいろ実験を繰り返したので、強度があってしなやかなのは分かっている。

「ラケットとか、いいかなあ」

 強度のありすぎるラケットとなると、もはや武器のような気がしないでもない。

 案外、武器として面白いだろうか。特に地下迷宮では使えそうな気がしてきた。どちらにしてもシウしか使えない武器だろうから、また変な目で見られそうだ。

 旋棍警棒のこともあるので他に何かないか考えつつ、手はラケットを作っていた。

 遊ぶのには丁度良さそうな気もする。相当、機能性が高いので密閉空間で遊ばないとボールが飛び過ぎてしまいそうだが。

 他には、忍者道具みたいに、腰帯辺りに隠しておいて、ロープ代わりに使うのも良いかもしれない。なにしろ細いので沢山の量を隠しておける。

 とりあえず、糸にしてしまってから仕舞った。

 そこで思い出したので、強酸用耐性手袋など、種類ごとの見本を作り始めた。

 材料の配合と作り方を見直して、一般の業者でも作れるように直す。

「今度は何をしてるんだ?」

「あ、先生。えーと、特殊な素材を扱う時の、防護用手袋などを作ってます」

「……そりゃまた、すごいことを思いつくもんだな。しかし、なんでまたいきなり」

「里帰り中に魔獣スタンピードの討伐へ参加したんですけど、強酸爆弾の処理をするのに軍の方が手伝いを申し出てくれて、これ渡したら、欲しい欲しいって。ギルドでも流通させてほしいって言うから、一般用の配合で考え直すことにしたんです」

「……いろいろ突っ込みどころ満載だな!」

 レグロは顎鬚を撫でながら、各種材料を見て唸り始めた。

「うーん、こりゃあ鑑定スキルもないと、難しいな」

 レグロは生産方面は強いが、化学系の素材を確認するのは苦手のようだった。

「とりあえず手袋を色別にして、それぞれの種類を記しておこうと思うんですが、他に使う側の意見ってあります?」

「色別なら間違えようがないから、有り難いがな。あとは、ごわごわしていないのが、良い。革製品は耐久性はあるが、使い勝手は悪いよな。作業用手袋まであんな調子だと困る」

「じゃあ、やっぱり汎用性タイプじゃなくて、型取り方式が良いのか」

 思案していたら、いつの間にかレグロはいなくなっていた。集中する生徒には話しかけないのが彼のやり方なのだ。

 結局、シウは2時限目が終わるまで手袋に付いて思案を重ねたのだった。


 昼ご飯は久しぶりに食堂だ。

 すでにディーノやエドガール達が待っていた。

「久しぶり! 元気だったか、シウ」

「うん。皆も元気そうだね。里帰りは、してないよね」

「わたしはソランダリ領だからね、帰ったけれど」

 エドガールがツヤツヤの顔で答えた。里帰りして気分も一新されたのだろう。

「良いなあ。僕らは講習もあったし、お金と時間が惜しくて戻らなかったよ」

「夏には戻るんでしょう?」

「1ヶ月もあるからね。と言っても夏場のロワルは暑いから、どこか避暑に行く予定だけどさ」

 わいわいと話していると、見知った顔がやってきた。

「あ、ようやく来たか。遅いぞ、クレール」

「……すまない」

 彼らしくもない、小さな返事だった。

 以前見た時よりはましになっていたものの、げっそり痩せているのは相変わらずだ。

「エドには言ったんだけど、シウ、クレールも一緒でいいかな?」

「うん、もちろん」

「色々あってな。もうこっちへ来いって、言ったんだ。先生へは訳を話してるし、生徒会長もチクリとやってくれたらしい。先生、押し付けて悪かったって」

「じゃあ、休暇中もクレールと一緒だったんだね」

「そ。ようやく元に戻りつつあるよ。今日も昼ご飯一緒に摂るから来いよって誘ってたんだ」

 なあ、と話しかけると、クレールが少しだけ笑った。疲れた顔はしているものの、精神的には戻ってきているようだ。

「大変だったね、クレール」

 声を掛けたら、少し恥ずかしそうに目を伏せて、それでもちゃんと答えてくれた。

「うん、シウにも心配かけたみたいで。ありがとう」

 ううんと首を横に振り、彼にもお弁当を食べてもらおうと取り出して勧めた。

 その量と種類に、さすがに圧倒されたのか唖然としており、表情が出てきたのも含めて驚かせられたのは良かった。


 まだ食が細いというクレールを気遣って、シウは彼のために中華粥を取り出して食べさせた。

「相変わらず、面白いもの作って入れてるなあ。アイテムボックスの使い方間違えてるよね」

「本当に。お弁当を持って来るのにアイテムボックス使っているの、シウだけだね」

 ディーノとエドガールに苦笑されつつ、食べやすい物を取り出してはクレールに食べさせた。

「野菜のシチューだよ。牛乳が胃を守るし、野菜は体にも良いからね」

「あ、ああ、ありがとう」

「パンも良いけど、このおかゆは食べやすいよ」

 あれこれ世話を焼いていたら、クレールの従者に止められた。

「あの、それはわたしの役目ですので」

「あ、そっか。そうですね。ごめんなさい」

 エジディオという名の従者は目礼してから、クレールの食べやすいタイミングで差し出していた。彼も一緒に食べたら良いのに、自分はクレールのことをしてからだと言って、頑なに聞かなかった。

 昼休みが終わる頃にクレールも食べ終わったので、結局エジディオは昼ご飯を口にしていなかった。お節介とは思いつつ、食べやすい物ばかりを入れ直したお弁当箱を渡した。

「あ、あの、しかし」

「従者だったら、教室の後方で待っているから、食べてても誰も何も言わないよ。消化に悪いかもしれないけれど、急いで食べても間に合うだろうし。ね!」

「もらっておきなよ、エジディオさん。シウはこういう子だからね。美味しいって言ってもらうのが好きなだけの、裏も何もない子だよ。大丈夫だから」

 同じ従者のコルネリオに言われて、エジディオは心なしかホッとしたように肩から力を抜いていた。

 気が張っていたのだろう。やはりヒルデガルドとのことでいろいろあって大変だったのだ。可哀想に。

「あとで、おやつもどうぞ。これ、2人のと、護衛さん達の分だから」

 護衛達は離れた場所で待機していたので、彼等の分もと一緒に渡した。

 クレールとエジディオは小さく頷いて、午後の授業があるという教室へと歩いて行った。


 シウ達も急いで教室へ向かったのだが、途中まで一緒だったエドガールから少しだけ話を聞けた。

「わたし達と同じ寮だったから、彼が頻繁に呼び出されているのは知っていたんだけど、まさかあんなことになっていたとは知らなかったよ」

「ヒルデガルドさんだよね?」

 エドガールが頷いて、顔を顰めた。

「寮にまで呼びに来るなんて、ひどい話だよ。彼だって立派な貴族位の子息だというのに。聞けば、子の関係でもなんでもないというじゃないか。従者でさえ、主を選べるというのにね」

 そうして自分の騎士や従者達を見た。彼等が頷いているので、自ら志願して付いているということが分かった。

「ディーノ達と寮生でなんとか守ったけれど、学校が始まると直接顔を合わせることになるだろう? それで昨日一悶着あったんだ。生徒会長が見ていてくれたから良かったものの、今後が気になるのだろうね。また少し様子が悪くなってるみたいだ」

 ヒルデガルドへの不満があるラトリシア出身の貴族やその子弟達が、矛先をクレールに向けているのも問題があるようだった。

 心配だからお互い気を付けておこうと話し合ったところで、分かれた。

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