226 喫茶店と市場




 クロエにも頭を下げてお礼を言い、冒険者ギルドを後にした。

 次は、ちょうどお腹もこなれてきたことだしと高級喫茶ステルラに行った。

 これを心待ちにしていた人もいる。

 ベルヘルトとトビアだ。というか、ベルヘルトは全部楽しんでいるようだ。

「わしは、この、パンケーキと桃のアイス添えというのが良い」

「わたしはナッツタルトでお願いします。飲み物は珈琲かな」

「わしは、桃のジュースが良い!」

「僕は、ふわふわスポンジケーキの果物添えで、紅茶を」

「わたしは、この、甘いもケーキで。香茶がいいかな。何が合うのだろう」

「珈琲がおすすめですわ。香茶も良いのですが、甘いもとの相性は断然珈琲だと思います」

 と給仕のメイドが言うと、トビアはそれに従った。

 ここでは護衛も二人入っている。彼等も隣の席に座って注文していた。

 残りの三人は賭けに負けたらしく、外で見張りをしている。可哀想なので後でお土産を見繕って渡してあげよう。

 注文品が来る頃、厨房からルオニールが顔を出した。

 それに気付いて、シウは護衛に声を掛けて席を外した。

「すみません、忙しい時に席を占領してしまって」

「いえいえ。いつでも来てください。それにしてもまあ、面白い方々をお連れしてますね」

「あ、分かります?」

「それはもう。小さな商家ですがね、上の方々のお顔ぐらいは覚えておかないと」

「商人ってすごいですよねえ」

 小さな商家というが、ルオニールは大商人に数えられている。

「情報は命ですからね。昨日の話も聞いていますよ」

「うわー。本当に早いですね」

「はい。ところで、ご挨拶は控えた方がよろしいですよね?」

「そうですね。お忍びなので、一応、あれでも」

 苦笑すると、ルオニールも肩を竦めて笑った。

 ここで挨拶しておかないと、逆に怒る貴族もいるのだ。なので念のために聞いてきたのだろう。

「いろいろと大変そうだね。あ、リグドールが先日またひとつ科目を飛び級できたようで、シウ君のおかげだと聞いたよ。皆より素質もないから補講を付けてもらっていると言っていたが。君には面倒をかけてばかりで申し訳ない」

「とんでもない。リグはすごく頑張って勉強しているし、自分自身の力です。個人研究も進んでるみたいで先生も期待してるし、本人が言うほど皆に劣っているとは思わないんだけどな」

「……ありがとう。そう言ってもらえると、あれも嬉しかろうと思う」

 どういたしまして、と答えて、その場で別れた。

 皆のところに戻ると、ベルヘルトがもうひとつ頼もうかと悩んでいた。

「こういうのは腹八分目が良いんだよ」

 と言うと、それはどういう意味だと問われて、その説明が聞きたいなら馬車へ戻ろうというと素直に戻ってくれた。

 基本的に、良い人なのだ、ベルヘルトは。子供っぽいところがあるけれど。


 馬車の中で腹八分目とはーと講義をしつつ、最後の場所へと向かう。

 市場である。

 ベルヘルトが楽しみにしていた目的地を一番最後にしたのは、午前中だと人が多くて護衛が大変になるからだ。

 大物の取引は午前に集中するので、夕方は狙い目だった。

 来ている客も個人が多い。

 それでも慣れていない彼等には、通り抜けるのも大変なようだった。

 特にベルヘルトは、あれはなんじゃ、これはなんじゃ、と立ち止まりうろちょろする。

 その度にフェレスが服の裾を噛んで引っ張り、面倒を見ていた。

 フェレスの中で、彼は小さい子になっているようだ。

 説明しつつ進んでいたら、向こうから老齢の女性が歩いてきた。

「あっ」

 ダニエルに断って、シウは駆けだした。

「エドラさん!」

「あら、シウ殿ではないの」

 何度か行き来するようになったので、もうすっかり仲良くなっている。

 今日のエドラには初めて見る人が付いていた。

 どこかの貴族の家令見習いのような格好だ。

「初めまして、シウ=アクィラと申します。エドラ様のお供の方ですか?」

「……ええ、ロダルと申します」

 困惑したような、だがどことなく見下すような視線でシウを見た。

「もしかしてご実家の方ですか」

 さらに質問してみると、顎を引いて、不審そうにシウを睨んだ。

 エドラが困ったような顔をしてロダルを見て、それからシウに作り笑顔を向ける。

「家僕がいないので買い物にも困っておりましてね、相談したところ実家から来てくれたのですよ」

「そうですか」

 返事をしつつ手元を見てしまう。

 ここまで突っ込んで話を聞くのには訳がある。買い物したと思われる荷物を、エドラが持っていたからだ。もちろんロダルも持ってはいるが、大した量ではない。重そうにも見えず、何故エドラに持たせているのか気になったのだ。しかも先ほどの歩く様子から、ロダルはせかせかと歩いており、歩みの遅いエドラが必死で付いて行く格好となっていた。

 どうもエドラの実家は、彼女に対して扱いが悪い。

「それ、お持ちしましょうか? 預かっておいて、あとで家に運んでも良いですし」

 エドラが少し嬉しそうにしたものの、ロダルがチラッとそちらを見たらすぐに笑顔を消した。

「……いえ、それでは申し訳ないですから」

「あの、余計なことかもしれませんけど、エドラさんが持つには荷が重いのでは? 買い物もまだまだされるでしょうし」

 そこまではっきり言うと、黙っていたロダルが不機嫌そうにチッと舌打ちしてシウを真正面から睨み付けた。

「本当に余計だ。他家のことに口を挟まないでもらおうか」

「……高齢の女性に不親切な家僕がいるのを、黙って見ていられません」

「家僕だと!? 俺は家令だ!」

「お若いのに、家令なのですね。どちらのお家の方ですか」

「ぐっ」

 喧嘩を売るつもりはなかったのだが、喧嘩になりそうだ。しかもダニエルは確実に話が聞こえている位置まで来ているし、他の面々も興味津々でこちらを見ている。

「僕はエドラさんとはお仕事の関係で知り合って、それ以来の友人ですし、そこまで警戒される謂れはないと思うのですが」

「ふん、どうだか。見たところ、庶民のようだが、たかろうとしたって無駄だ。貴族然とはしているが、金などないからな」

 鼻息荒く、口調も下品で、到底家令とは思えない。

「たかったりしてませんし、するつもりもありません。それより、あなたの口の利き方はあまりにも下品です。主家の親族に対する言葉とは到底思えません。あなたこそ、僕からすれば警戒する対象です」

「な、なんだとっ。お前、俺を誰だと思っているんだ」

「ロダルさんとしか伺っておりませんから、どこの誰とも」

 わざとらしく肩を竦めたら、ロダルは顔を真っ赤にして怒鳴った。

「俺はシュターデン家の家令だっ、庶民のくせに、偉そうにして、どうなるか分かっているんだろうなっ」

 シュターデン家、と聞いて、あれ? と首を傾げる。その名はよく知っている。クラスメイトにいるのだ。

「……もしかしてシュターデン伯爵家?」

 おそるおそる聞いてみたら、ロダルはふんっと仰け反って、そうだと頷いた。シウが家名を聞いて慄いたと思ったようだ。口角が上がり、いかにも勝ち誇ったという顔をする。

 その横でエドラはおろおろとしていた。

 ああ、彼女に悪いことをした。

 そう後悔したものの、やはりこの青年の態度は許せない。

 主家云々関係なく、女性、そして高齢の人に対する思いやりというものがないのだ。

 そもそも侮辱するような内容を本人の前で口にするところが嫌らしい。

「オリヴァー=シュターデンのいる、伯爵家ですね?」

「……え」

「僕のクラスメイトです。そうですか。オリヴァーの家の人でしたかー」

 棒読みに近いが、最後まで語らずともロダルには意味が通じたようだ。慌てふためいていたが、急に動きを止めて、それから開き直ってしまった。

「そ、それがどうした。庶民のお前が、オリヴァー様とは関係ないだろうが! 大体、この人はシュターデン家にとってはお荷物なんだ。面倒なことばかり引き寄せて、困っているんだ。こうして見てやってるだけ有り難いと――」

 ロダルは最後まで言えなかった。止めた者がいたからだ。

 シウではない。シウは唖然として男の口を止めることができなかった。それに、エドラのことも気になって、彼女に聞こえないよう風魔法を使うことばかりに気が行っていた。

 止めたのは、ベルヘルトだった。

「おのれ、この恥知らずが!! 《視えぬ世界の理よ、我の目となりて壁を生成せよ、硝子牢》」

 杖を持っていないのに、さすが第一級宮廷魔術師だ、ロダルを四角い壁に閉じ込めてしまった。濁ったガラスのような物体が突然現れて、ロダルも驚いたが周囲はもっと驚いた。

 鑑定してみると、普通の空間壁だった。ただガラス状になっているので見た目に分かり易く、こうした時には有用だと思う。

 ただ、防御力などはなさそうで、塊射機のゴム弾程度で割れそうな強度しかない。

 それでも一般人のロダルには割れないらしく、パニックになってガラス壁を叩いている。

 それに対してベルヘルトが怒りを露わにした。

「貴婦人に対して、なんという態度を取るのだ! けしからんっ!」

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