121 演習開始
翌朝は何事もなく始まった。
護衛の人も呼んで一緒に食事を済ませると、シウは定例会のため広場の中央に向かう。
その間に皆が野営地の片付けを行った。これから、後衛として広場に残る者以外は、全員が森に入っていく。
今後はテントも森の中で張ることになるのだ。
低学年の者の半数以上と、高学年でも体力のない者や高位貴族の子弟などはほとんどがここで離脱となった。
シウたちは森へ入る側だ。
これは一年生でも上位成績者の集まるクラスなので、暗黙の了解として決まっていることらしい。
定例会、朝の打ち合わせを終えると急いで野営地へ戻り、確認した後に各自で荷物を持って集合場所まで行く。
広場を通るのでどうしても人の目に晒され、パーティー内に女子がいることを驚かれた。しかも広場での待機組としてではなく、装備からも分かる通り、演習の実戦に参加するのだから。
それは高学年組でも同じことがあったようで、集合場所でヒルデガルドを見付けた時は頭を抱えそうになった。
周囲の困惑や心配げな様子を余所に、彼女は張り切っているようだった。
シウを見付けて手を振ってくるぐらい、機嫌が良いようであったし。
仕方ないのでシウも会釈したが、周りからはちょっとしたどよめきが起こっていた。
目立ちたくないのでそそくさと端の方へ逃げて行ったが、シウのせいで巻き込まれた皆には申し訳ないことをした。
今回の演習の目的は、野外での行動や旅の経験を積ませることなどと言われているが、メインは「魔獣に遭遇した際の対応について学ぶ」だ。
壁に囲まれた王都から出ないで一生暮らすという生徒も多いであろうが、絶対に安全とは言い難い。
事実、過去においては一夜にして魔獣の群れにより滅びた国もあるのだ。
魔法学校の生徒としては自衛ぐらいできなくてはらないだろう。
その為にも、外の世界を見せて現実を知ってもらおうという学校側の配慮なのだが、肝心の高位貴族の子弟は参加しないことも多くて、愛情の空回りになっている。
「このまま奥まで進むが、それぞれ騎士学校の生徒による護衛を付けているので彼等と連携して動くように。行程は予定通りだが、各班のリーダーは通信に気を付けておくように。では出発!」
指揮科の教師ブリアックが張り切って叫んでいた。声が届くのは拡声器の魔道具を使っているようだ。
どうやるのかなと考えていたら前方から順に動き出した。シウたちも後方のグループに混ざって歩き始める。
荷物は他よりは少な目だ。
今回の演習のためにと、アレストロの父親フィリップが魔法袋を息子に貸与してくれたそうで、アリスも小さ目の量ながら女子の分ぐらいはと請け負ってくれた。
もちろん、最低限必要なものだけはそれぞれが背負っている。でないとバラバラになった時に困るので、これはシウが徹底させていた。
そして、魔法袋はシウも持っているので、パーティー全体として三つもあるという、羨ましがられる状況だった。
シウにとっては平坦な、まるで散歩のようなハイキングレベルだった。
のどかで周囲の景色を楽しみながら歩いていたが、慣れない生徒たちには辛い行程のようだった。
あらかじめ合宿をして経験していたシウグループの男子たちはともかく、女子がなんとかついていけるのは、これも事前に基礎体力を付けておくようシウが言い渡していたからだ。
学校の授業だけでは足りないから、本当は森を歩いて欲しかったがそれは無理なので、学校の階段の上り下りをするよう指示していた。
ちゃんと守っていたようで、周囲のパーティーがばてている中、頑張ってついてきている。
体力的に心配なアリスとアントニーは光属性を持っているので、身体強化魔法を使っていた。といってもレベルが一しかないので、本当にただの補助的役割しかないのだが。
念のためポーションも持ってきているので、無理しない程度に頑張ってほしいものだ。
思った以上に歩いたところで、ようやく休憩となった。
「頑張ったね」
シウは、特に疲れているようだったコーラとクリストフに声を掛けた。今回の演習にはアリスとセットで付いてきたようなものだから可哀想と言えば可哀想だ。
「ええ、まあ、なんとか」
コーラははぁはぁと息を治すこともできずに答えていたので、シウは魔法袋の中から組み立て式の簡易椅子を取り出して彼女を座らせた。
「軽いポーションでも飲んでおく? それとも今は我慢してレモン水にしておく?」
「……れ、レモン水で、お願い」
ポーションは一日にそう何度も飲むものではないので――後から気分が悪くなったり胃が重たくなるので限度がある――コーラは考えた末、我慢することにしたようだ。
シウが取り出した水筒を受け取って、自分のコップに注いで一気に飲み干した。
「クリストフも飲むよね?」
「うん、ありがとう。あー、疲れた! これでも普段から鍛えているつもりだったのにな」
そう言って、コップに注がれたものをこれまた一気に飲み干した。
他のメンバーも、魔法袋に入れていたものを取り出して飲んでいる。
「クリストフは従者として鍛えてるからでしょ? 剣とか、護衛術かな」
「うん、そう。姫様の傍にいるにはそれぐらいできないとと思って」
「じゃあ仕方ないよ。あのね、体力や筋力をつけるには、足腰から鍛えないと」
どういうこと、と石の上に座った状態でクリストフが見上げてきた。
「とにかく、歩くことだね。慣れてきたら走ってもいいけど。そうして下半身を鍛える。始める前には簡単に筋肉を労わるための柔軟体操をすること。終わった後も同じく柔軟体操をしてから、筋肉に負荷をかけて鍛えるんだよ」
「……すごいね、それ」
「冒険者でも経験豊富な人なら、やってるよ。騎士は、どうだろ?」
「騎士学校でもそこまではやらないと思う」
ヴィクトルが話に加わってきた。気になったようで、警戒をしつつの参加だ。
「体力をつけるために、学校内を走ったりはするが、それで終わりだな」
「そうかあ。あとは剣を振ったり?」
「カール先輩がそう言ってたから間違いないと思う。俺も私塾ではそんな感じだった。剣の型や仕合い方法、あとはとにかく一心不乱に剣を振ることなどだ」
「だから、筋肉の付き方が偏るんだろうね」
剣士はどうかすると体が歪んでしまうので、トータルで考えると不利になることもある。もちろん、それを超えてなお強い人もいるのでどちらが良いとは言えないが。
「軍隊だと、土嚢を担いだまま走らされるって聞いたなあ」
「あれは意外といいんだけどね。でも、前後の柔軟体操がないと。その後の体の鍛錬と、ケア、じゃなかった、ええと、筋肉をほぐす作業? があれば完璧なのに」
「よく知ってるね。医者みたいだよ」
アレストロもようやく息が落ち着いたようで、ゆっくりと話しかけてきた。
「意外と知られていないんだね。狩人や、冒険者をやっていた爺様なんかは我流だったけどちゃんとやってたよ。人間って、昔ながらの生活をしているとどうやれば体にいいのか本能で分かるものなんだなって。魔法とか使えて便利な世の中だと、本能って薄れるんだろうね」
「……そういう、ものなのか」
興味深そうに頷いて、アレストロは笑った。
「結局、魔法だなんだと僕等は頑張っているけれど、魔法を使わずに生きている人の方が遙かに強いのかもしれないね」
最終的には、どこで差が付くかというと、そうなるのだろうとシウも思った。
「やれやれ。僕も運動は苦手だけれど、魔法だけに偏らずに頑張ろうかな」
「うん。その方が、健康にも良いしね」
じゃあいろいろ教えてくれよと声がかかり、はいはいと答えて和やかに休憩時間は過ぎた。
その後、また歩きはじめて、少し拓けた場所に辿り着いた。
ここで昼休憩をした後、テントを張る。
午後からは狩りをすることになっていた。
皆がテントを張っている間に、シウはまた定例会に向かい、注意事項と連絡事項を確認してから皆のところへ戻った。
テントはすでに張られており、昼ご飯の用意もほとんど終わりかけていた。
それぞれが上手に分担し合い、慣れもあって手早くできたようだ。
シウはほとんど手伝うことなく、昼ご飯をいただいた。
午後からは狩りということだが、基本的には晩ご飯の材料を集めることが基本となる。
危険なので護衛として、やはり騎士学校の生徒から幾人かが付く。
シウたちのパーティーにも数人の騎士見習いがついていた。今回は調整ができなかったようで、カールもミハエルもいなかった。
「ここからは僕らが担当になるんだ。よろしく」
騎士学校との合同演習でもあるので、相手も生徒たちだ。
「リーダーのラヴェル=ゴスリヒ、十七歳だ。カールとは友人で、アリス嬢のことだけでなく皆のことも頼まれているから。仲良くいこうね」
「はい」
「俺はアルヴァー。同じ学年だ。こちらにも一年生がいて、ニール、こっちへ」
「は、はい! ニールです、十五歳です! よろしくお願いします」
アリスの前に立ち、頭を軽く下げてから敬礼のように直立不動となって大きな声で挨拶してくれた。
その頭をアルヴァーがゴツンと殴る。鉄拳制裁のようだ。
「お前はバカか。このパーティーのリーダーは姫様じゃなくて、こっちの少年だ」
「あ、あ、すみません!」
「悪いな。ちょっと舞い上がってるみたいだ。護衛人数が少ないのに、こんなので申し訳ない。森に入ったら落ち着くようにさせるし、俺も目を光らせているから」
「いえ。じゃあ、アレストロの護衛も呼んで顔合わせしておきましょうか」
シウたちはすでに挨拶を済ませているので、そう言って指笛で護衛を呼んだ。
「どうしました?」
「一応、このメンバーで本決まりのようですから、覚えていてもらえますか」
「そうですか。では、わたしがアレストロ様の護衛リーダー、スタン=メイザーです。剣を使います。基本的には見守ることと学校より指示されていますので、手は出しません」
「はい」
「わたしはロドリゲスです。槍を使います。よろしくお願いします」
二人とも礼儀正しく、護衛として一流のようでとても落ち着いている。気配も殺していたので、紹介されたラヴェルたちは驚いていた。
「ということです。うちにはアレストロがいるので、外部の護衛がいますから、騎士学校からの配分は少なかったんでしょうね」
にこりと微笑んで、簡単な打ち合わせを済ませると森の中へと出発した。
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