115 森での合宿二日目新技




 騎獣たちに皆を頼み、シウはレオンと一緒に全方位探索で見付けた場所まで移動した。

 白乳の木がたくさんある場所だ。

 最初に白乳の木を伐採して、樹液を全て抽出する。抽出した残りは乾燥させて下に敷いた。樹液は熱を加えて魔法袋から取り出した変異水晶の粉砕したものを少し混ぜ、空気中の魔素を利用してその場でゴムを精製する。

 レオンが横で唖然としたまま口を開けていたが、説明しないままゴムを平たく延ばしてしまって足元に敷いた。

 これなら完全に電気を通さないだろう。

「簡単に言うと、これ、ゴムという素材で電気を通さないんだ」

「あ、うん、そう」

「これからやる感電は人体に危険だからね。死ぬこともあるから、その対策」

 最初から詳しく説明するよりは、見せた方が早いので、レオンにゴムの上から出ないように注意だけして、電気を発生させた。

「これ、人差し指と親指の間にある光、見える?」

「……チリチリと光る、これか?」

 ジッとシウの手を見つめてきたので、頷いた。

「これはまだ微量な電気で、火とも違う、触るとパチッとした痛みを感じるものだよ。鉱石や魔石を磨いている時、稀にパチッとなるんだけど」

「ああ、あれか」

「レオンの使っている雷撃魔法も、同じ種類になるんだよ」

「そうなのか!?」

 食い付いてきた。

 よしよし、と内心で独り言を飲み込んでから、続けた。

「今から、感電させる。あそこにいる鳥を狙うから見てて」

 鳥を指し示してから、分かり易いように、人差し指から電気が放たれる様子を見せた。

「《電撃》」

 一瞬で雷よりも細い糸のような光る線が走って、鳥に命中した。

 二人して駆け寄ると、鳥は頭部に黒く焦げた痕はあったが、本体には影響はなかった。

「すごい……」

「魔力量も少なくて済むんだ。僕の場合は雷撃魔法なんて持ってないから、感電させやすいように水属性を使ったり、金属性と土属性を複合して、当てにいくんだよ」

 他にも混ぜているが、今の彼には関係ないので省いた。それに、シウの考えだと、混ぜすぎの気もしている。生産魔法は必要なかったかもしれないのだ。

「色んな方法があるんだよ、電気を発生させるには。でも一番はイメージなんだと思う。レオンは雷撃魔法があるから、つい大物をイメージしちゃうんだろうね。雷って放電しながら落下させるイメージが強いから。でもそのせいで的に命中させるのが難しくなるし、威力も大きくなってしまう。場所によっては火事を起こす可能性だってあるよね」

「そ、そうなんだ。なかなか的当ての練習にも使えなくて」

 シウは、そうだろうねと頷いて、先を続けた。

「雷撃魔法なら電気はそれひとつで起こせるから、あと水属性持ってたよね?」

「ああ」

「攻撃対象に水をぶつけることはできるでしょう?」

「ああ、それなら」

「その感覚で、放電も同時に発生させたらいいんじゃないかな」

 他にないかなと思い出しながら、続ける。

「乾燥している冬なんかに異素材を擦ったりすると、あるかな。金属のノッカーを拭いたりしててパチッとする、あれを想像するんだ」

 言いながら、ゴム板の上まで戻る。

「練習する時は、自らが通電しないようにちゃんとゴムの上でやること。このゴムは薄く作ったからまるめて持ち運べるよ。あげるから、練習に使って」

「あ、ありがとう」

「とりあえず今やってみようよ」

 圧倒されたように、それでも言われるままにレオンは指を擦りあわせた。それが彼のイメージなのだ。

「パチッとする、あの痛いやつ、せいでんき、電撃か」

 目を瞑って必死に思い浮かべているようだ。

 やがて、指の間でパチッと音を立てて一瞬光った。

「あっ、つ」

「ちょっと威力がありすぎたみたいだね」

 苦笑した。レオンは何事も大きく考えるのだろう。

「これを練習すると、小さな的にも当てられるようになるし、屋内でも使えるようになる」

「……そうか! 屋内で使えるようになるのか」

「人間を殺さずに、失神させることもできるようになるよ」

 レオンが目を見開いて、動きを止めた。

「これ、すごく大事なことなんだよ」

「……ああ、そうだ、そうだな」

 レオンは何度も手を握ったり開いたりして、それからシウの肩をがっしりと掴んだ。

「お前はすごいやつだな。俺は、強い力にばかり固執していた。でも」

 ギュッと強く目を瞑って、それからゆっくりと開いた。

「……孤児だからといって酷い目に遭ったことは何度でもある。だけど、雷撃魔法でやり返すこともできない。相手を殺してしまう。だから俺たちはやられたらやられたままで、耐えるしかなかった。……強い力を、やられないようにもっと強い力を、って思っていた。でも違うんだな」

「僕等みたいな弱い立場の人間は、あれこれ工夫しないとだめだよね。でもその分、のほほんと今の暮らしに甘えている人よりは工夫した分、賢くなってると思うよ」

 にっこり笑うと、レオンも不意に笑みを零した。

 孤高の王子様のような無表情のレオンが笑ったので、シウは驚きつつも喜んだ。

「なんだ、そんな顔もできるんだね。レオン、突っ張ってないでもっと子供らしくした方がいいよ。そっちの方が可愛いし」

「か、可愛いって」

 途端に笑顔が消えて、訝しむ表情になってしまった。

「あれ? おかしいかな。あ、そうか。もう成人なんだっけ。ごめん。子供って言ったら怒る年頃だよねえ。あはは」

 ごめんごめんと謝って、とりあえず皆のいる場所に戻ろうとレオンの肩を叩いた。

 何故か、シウが歩き出したのにレオンは暫く追いついてこなかった。



 広場に戻ると、皆それぞれに集中しており、騎獣たちの方が力を抜いて休んでいた。

「ちょっと休憩しようか」

 と、声を掛けると一斉に集まってきた。

「レオンはどうだった?」

「こっちはいろいろと進んだよ、ね?」

「僕も採取をやってみたのだが面白いものだ。弓矢に使えそうなものもあって楽しいよ」

「俺も精度が上がってきたところだ。レオンの成果はどうなんだ」

 矢継ぎ早に話しかけられて、レオンはちょっと面食らった様子でいたが、唾を飲み込むと先ほどのことを熱心に話して聞かせていた。

 その間にシウは騎獣たちのところへ行って様子を聞いた。

 聞いたところで言葉としては分からないのだが、まあ、自分が納得するための行為だ。

「お守り、ありがとう。どうだった?」

「ヒヒン!」

 大丈夫よ、と竜馬の騎獣ドラコエクウスが答えた。この場の騎獣では一番格上だ。リーダー的存在で皆を纏め上げている。

「フェレスもちゃんとやってたかな?」

「ヒン、ヒヒン……」

 ふう、と溜息を吐かれたような気がしたが、おおむね大丈夫だったようだ。

 そのフェレスはシウが戻ってきたので犬のように駆け寄ってきて、尻尾をふりふり機嫌が良さそうだ。最近はこうして別行動もさせているのだが、長く離れるとまだ嫌なようだった。

「ありがとね。皆が守ってくれてるから安心できるよ」

 上位から順に撫でていく。これを間違えると拗ねるので気を付けなくてはならない。

 フェレスが甘えてきたが、

「だめ。フェレスは最後ね」

 と強めに言う。フェレスは耳を垂れさせて、その場に座り込んだ。

「にゃ……」

 拗ねたいのだがリーダーの手前怖いし、さりとて寂しかったのに! というアピールのようだ。可愛くて撫でまわしたいのだが、我慢する。

 ドラコエクウスの次はブーバルスだ。これはカモシカ型で、牛をスタイリッシュにして大型にしたような種類で、乗りやすいのでリコラから勧められた。

 カッサの店でも扱いやすさからブーバルスとルフスケルウスが多い。

 今回ドラコエクウスをリーダーとして貸してくれたのは、借主に貴族や大商人の子弟が含まれていたからだろう。気を遣ってくれたらしい。

 ここで全員分の騎獣をドラコエクウスにしてしまうと目立ってしまうので、リコラの差配のうまさが窺える。

 皆を撫でて回ると、最後に座ったままのフェレスの横に腰を下ろし、優しくゆっくりと撫でてあげた。

「ごめんね。でも集団行動する時はこんなだよ。慣れようね」

「みゃ……」

 耳をかりかりと掻いてあげ、頭を撫でた後に喉をくるくると指で掻き回すようにして撫でたら段々機嫌が直ってきた。

 ぐるぐると喉の奥が鳴り始めたので思わず苦笑すると、リーダーのドラコエクウスが鼻息で溜息を吐いていた。まだまだ子供ねえ、といったところのようだった。


 ところで今回、トイレには少々困った。

 浄化が使えないからだ。アントニーも簡単なものしか使えないし、外で排便したことがない彼等にはハードルが高すぎた。

 それでもこれは訓練である。

 演習に行けば当然ながらトイレは外だ。高位貴族の子弟が参加する場合は護衛も一緒だろうから始末してくれるかもしれないが、何があるかは分からない。

 というわけで、外での排便を経験してもらった。小便の方はまだいい。いや、かなり戸惑っていたけれど、こればかりは我慢できないものなので諦めていたようだ。

 しかし、大便の際には皆が一様に、渡された葉を手にして困っていた。これが庶民のトイレ事情なのだと説明したが、かなり長い間ぐずぐずしていた。

 レオンだけは、さっさと自分で葉をむしってきて木の裏で排便していたが。

 そんなわけで、今も休憩中だからと皆が急いで木の裏へ走っていた。人に見られるのは恥ずかしいが、森の中は怖いので皆と一緒に、という心理らしい。

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