116 森での合宿帰路に




 休憩が終わるとまた訓練を始めた。

 それぞれが思い思いにやりたいことをやる。

 フェレスもドラコエクウスのお姉さんから特訓を受けていた。スパルタなのだが、意外に優しくて、上手く制御できないフェレスを根気よく宥めながら細かい飛行方法を教えているようだった。

 成功したら優しく舐めてもらって、フェレスも段々とやる気になっていた。


 昼ご飯は念願の冒険者飯だ。

「……堅焼パンって、こんなに味気なくて、堅いんだね」

「僕は冒険者にはなりたくないねえ」

「こっちの干し肉も硬いってもんじゃないぞ」

 パンはまだ食べられたレオンも、干し肉を引き千切ろうとしてできず、糸切り歯で噛んだまま両手で引っ張っている。

「そ、そんな食べ方をして、歯が折れるんじゃないのか?」

 ヴィクトルがおろおろしつつ、ナイフを取り出した。

「これを貸すから」

「ナイフで肉を切っていいのかよ」

「獣を切るのだから、いいのではないか?」

「……そうか。じゃあ、借りるか」

「ていうかさあ、口の中に入れて、これ本当に飲み込めると思う? 俺、絶対に無理」

 リグドールが味のしなくなった肉の塊を口から取り出して、また口に戻した。

「……君、なんていう食べ方を」

「だって森の中でマナーを気にしてもしようがないじゃん!」

「まあ、確かにねえ」

 ブーブー言いながらも、わいわいがやがやとして楽しい昼ご飯だった。

 ただし、二度と食べたくない。

 シウもなんだかんだと食材に関しては恵まれていたので、冒険者の貧しい食糧事情には頭が痛くなる思いだった。

 爺様が冒険者時代を思い出して懐かしく語ってくれたことは多いが、地下迷宮に潜った際の食事にだけは言及しなかった。

 きっと、そういうことなのだろう。



 食事を終えると帰る準備を始めた。

 何事も早め早めの行動を、と言っていたので皆も反対せずテキパキと片付け始める。

 騎獣に乗れる場所までは歩いて移動し、途中、飛兎を見付けて三匹仕留めることができた。その場ですぐに解体をして、油紙で包んで密封し、騎獣にくくりつける。その作業も最初の時より早くできるようになっていた。

 一番最初の野営地まで戻ると、少しだけ休憩してから、今度は騎獣に乗って森を抜ける。

「森を進むのも大変だよね」

「地図ないもんな」

「シウがいたから、迷わずに帰ってこられたけどね。僕は改めて自分がどれほど恵まれているか、そして無知かを知ったよ」

「それは僕もだね」

「俺もです」

 うんうんと頷き合いながら、斥候を買って出たレオンが先頭で声を上げた。

「いい勉強になったよ、俺も。森での採取をギルドが止めるのもよく分かった。もっと経験者に教えを請わないとだめだな」

 これまで孤高の立場でいたレオンが初めて、誰かを頼るということを覚えたようだった。

 シウもいろいろ得るところがあった。

 魔法の使い方ひとつでも、自分は皆と違う。

 常識も知らないし、普通の人がどれほど森に不慣れなのかも真に分かっていなかった。

 まさかトイレであれほど躊躇されるとは思っていなかった。アレストロのみならず、レオン以外が皆、葉を見て躊躇っていたのだ。我慢しようという台詞を聞いた時は仰け反った。そもそもお尻の拭き方をアレストロは知らなかった。ヴィクトルが俺が拭きましょうかと言ったのにも驚いた。

 とにかく、もっと細部に至るまで、気を付けてみていないといけないのだと知っただけでも今回の合宿の意味はあった。

 なにしろ演習ではアリスの面倒を見ると啖呵を切ってしまっている。

 しかも相手は女子だ。

 小さな女の子とはいえ、貴族の子、淑女だ。

 今回のように「排便を我慢したら病気になる! 早く行って出してきなさい!」などとは口が裂けても言ってはならないだろう。

 思わず、溜息が出てしまった。

 それでも一生懸命なアリスを思い出すと、可哀想なので手伝ってあげたいとも思う。

 最後まで付き合うしかないなと、気を引き締めた。




 翌日の朝、いつも通りに学校へ行くと、すでに皆が登校していた。

 合宿組のみならず皆の顔にわくわくとした様子が見えるのは、今週末から始まる演習のためだろう。

 土の日まで五日、実質、準備だけとなる。お祭り騒ぎのようなものだ。

「昨日はありがとう。父上もとても喜んでくださっていて、僕も誇らしかったよ」

 やり遂げた感が伝わったのか、侯爵も愛息子の成長が嬉しかったようだ。

「ただねえ、エミルがとても残念がっていて、やはりちょっと可哀想なことをしたかなと反省しているんだ」

 これを言葉通りに受け取ってはいけない。

 はたして。

「アレストロ様、それはちょっと違いますよ」

「うん?」

「エミルはあなたが外でその、ご不浄を済まされたので」

 言葉を濁しつつ、ヴィクトルが小声で続けた。

「自分がついていけばそのような目には遭わせなかったといって泣いたのです」

「でも、エミルも浄化は使えないよねえ」

「……それに、補講があったのでどのみちエミルは行けませんでしたよ。あれはサボりの口実です」

「ああ、うん、それはあるかもね」

 ということだ。

 エミルは相変わらず魔法学校での成績が振るわないらしい。やる気がないのだから仕方ない。彼には違う道を用意してあげたらいいのに、彼の父親も、アレストロの父フィリップもそれを許していないそうだ。

 今回の演習では全員参加が基本なのだが、高位貴族の子弟や、女子生徒は申請すれば参加せずともよい。

 大抵は護衛を付けて参加する。

 そして、補講を二種類以上受けている生徒で、低学年の子は強制不参加となる。

 補講を受けるのだからその実力に達していないとみなされるのだ。

 つまり、エミルは今回も、主と思うアレストロには付いていけないのだった。

 可哀想だが規則は規則、守るしかない。

「エミルからの精神的圧力がすごすぎて、俺は耐えられそうにない」

 ヴィクトルが珍しくも愚痴を零していた。


 一年生の授業はほとんどが演習のための準備に費やされ、授業らしいことはしないまま終わった。

 午後の戦略科では、演習を指揮する立場の者がいるので活気があった。

 先週もそうだったが今回も、高学年の専門科である指揮科と合同授業なのだ。

 現生徒会長のエドヴァルドは戦略科リーダーとして張り切っているし、副会長のヒルデガルドも然り。

 前生徒会長のクレール=レトリアが指揮科におり、新旧混ざり合った生徒会室のようだ。というのも、生徒会のメンバーのほとんどがこのどちらかの科に在籍しているからで、授業そっちのけで進む演習の打ち合わせに、シウはひっそりと隅っこで息をしていた。


 教師のエイナルがそそそと近寄ってきたので、二人してまったりとお茶を飲み、過ごした。

 やる気のある生徒がいるのは良いことだが、ありすぎても疲れるのだ。

 特に演習では指揮科が指導力を問われる場でもあるので、教師ともども張り切っている。

「これ、美味しいな」

 シウがお茶請けにと手作りの塩クッキーを差し出すと、エイナルは遠慮せずにポリポリ食べていた。

「全粒粉のナッツ入りで男性には人気ありますよ」

「……だよなあ。去年、誕生祭で食べたものに似てる気がするけど、もしかして」

「公園の傍の果実屋の向かいにある出店なら、僕が売ってました」

「やっぱりか! あー、くそ。俺はあの味が忘れられなくてなあ。もしかして、唐揚げも売ってなかったか?」

「売ってました。今はレシピを譲渡して、中央地区のオリュザという店でやってますよ」

「まじか。早速行こう。絶対行こう」

 ガッツポーズを作ってまで言うので、嬉しくなった。

「結構、世界は狭いものなんですね。こんなところでお客さんに会うなんて」

「俺も、シウがあれを売っていたとは思わなかったよ。立て込んでいたから誰が売っていたかなんて顔も覚えてなくてな。あー、悩みがひとつ減ったわ。良かった」

「ということはまだ悩みがあるんですねー」

 お互いにのほほんと、ただ会話をしているだけだった。なにしろ目の前では舌戦が繰り広げられている。

「指揮は当然こちらが行うのだから、行程もこちらで決めさせていただく」

「ですが、戦略を立てるのはこちらです。情報を統一すべきです」

「待ってください。先ほど兵站科より合同の要請があり――」

 あと五日しかないのに、今頃こんな話し合いをしていていいのだろうか。

「……去年はどうしてたんですか?」

 エイナルは肩を竦めて、喧々囂々とやり合う集団を指差した。

「……人間は同じことを繰り返す生き物なのさ」

 ふっ、と笑って、エイナルはどっこいしょと立ち上がった。そろそろ場を収めに行くのだろう。シウは背中に、お疲れ様ですーと声を掛けて、お茶のお代わりを入れてあげた。




***********


拙作「魔法使いで引きこもり?」三巻のエピソードはこのあたりまでとなります。


書籍版「魔法使いで引きこもり?3 ~モフモフと飛び立つ異世界の空~」

ISBN-13: 978-4047353664

イラストは戸部淑先生です。


キリク視点の番外編もございます。書籍版も、どうぞよろしくお願いします。









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