596 腹袋で保存袋作成、リンゴ煮




 朝から竜戦士や、料理人の女性達を引き連れて森へ入った。

 雰囲気はどこかピクニック風なのだが、料理人係の女性達は完全武装だ。どこの剣士だという格好をしている。これが森へ入る正装、というわけだ。

 まあ、ピクニック気分なのは主にフェレス達である。

「たのしいねー」

 と、アウレアが言うと。

「にゃ!」

「み゛ぁぁー」

 クロは賢く黙っていたが、尾羽が震えているので楽しいらしい。ちょっと可愛い。


 ガルエラドは竜戦士達と先を行っている。斥候担当の者はもっと遠くへ進んでいるようだった。

 シウは歩きながら、食べられる山菜を女性に教えていた。

「あれ、咳止めの薬草にもなるし、食べられるよ。あっちのぎざぎざ葉っぱは切り傷に効くから、刻んで出てきた汁を付けて。食べても良いけど、苦いから揚げる時だけにした方が良いと思う。茸は分かるよね?」

「毒だろ?」

「……絶対に見間違えない茸だけ教えるね。それ以外は食べちゃダメ」

 冬に突入しているので、茸はもうほとんど残っていないが、食べられるものを見付けたら取ってもらった。

 ああだこうだと道草を食っている間に、斥候の男性から連絡が入ったようだ。竜声魔法で報せが届いた。

「あ、ヒュブリーデケングルが見つかったってさ」

「急ごう。群れだって!」

 やった! と女性陣が喜んでいる。肉はまあまあ程度なのだが、毛皮は暖かくて人気があるそうだ。冬の布団を新調できるかもと、みんな大騒ぎで駆け付けた。


 シウ達が辿り着くまでの間に、斥候や竜戦士の男性陣がすでに幾つかの獲物をあげていた。ナーデルハーゼという体毛が針のようになっている兎型の魔獣や、岩熊だ。

 離れた場所でヒュブリーデケングルが群れになっており、戦士達が対峙していた。

 人間食うぞ、とやる気満々である。

「倒すのは首を狙って。絶対にお腹は切らないでね!」

「お、おう」

「あんた達、シウの言うことを守ってよね。大事な大事な保存袋になるんだから!」

 物置程度の大きさにしかならないが、時間の進みが極端に遅く、僻地に住む竜人族には便利なものとなるだろう。特に保存食を入れておくのに役立つと聞かされた女性陣は目の色が変わっていた。

 冬場、毎日毎日、少ない食材でやりくりするのが大変らしい。

 肉や果実を干したものしか食べない日もあって、もうそんな生活は嫌なのだと叫びながら、戦闘に参加していた。

 どうでもいいが、全員が、戦力過多だった。


 森で簡単な食事を済ませた後も、魔法袋持ちのシウとガルエラドがいるからと、ウェールに尻を叩かれて竜戦士達は魔獣を狩った。

 主に食べられるものをだ。

 三目熊を見付けた時は狂喜乱舞していた。

 岩熊は味がイマイチだが、三目熊は食いでもあって美味しく最高のご馳走なのだ。

 ルプスは不味いので、毛皮だけ剥いで持って帰った。


 夕方、料理は女性陣に任せて、シウは生産魔法持ちのディアログスという男性にヒュブリーデケングルの腹袋を加工する方法を説明した。

 と言っても、シウもやったことはない。本で、できると書いてあっただけだ。

「グララケルタの加工はやったことがあるんだけど、同じようなものだから大丈夫だと思います。最初に解体をやっちゃいましょう」

「分かった。いつもはこう、大きく切って持っていくのだが」

「それだと、運ぶ量が少なくて儲けにならなかったんじゃないですか?」

「……いや、それでも良い外貨稼ぎだったのだが。これで小麦を沢山買っていた」

「そうなんだ」

 全体的に竜人族は大雑把なのだということが判明した。

 女性もそうだが男性も、割と適当だ。

 商売に向いていないというか、朴訥すぎるというのか。

 あまり突っ込んでは追及しなかったが、さすがにシウの顔色を見てディアログスは苦笑した。

「買い叩かれていたのかな」

「言い辛いですけど。あと、このへんギリギリで切って、裏返して引っぺがせば大丈夫っぽいです。今度からはこれでも良いし、ディアログスさんが加工してから持っていくと、買取価格が跳ね上がりますよ」

「そ、そうなのか?」

「はい。どうせ装飾は後から被せる方式だから、気にしないで良いですし」

 グララケルタ同様、ヒュブリーデケングルも外側の加工はできない。予め作っていたものを被せるしかないのだ。

「とりあえず、裏側をこう、木の枝で鞣して。浄化したら、あとは中身を使えるように加工します」

 保存袋として使えるように、術式を掛けながら入り口をこじ開ける。中身を一度取り出して、裏返しにしないといけないのだが、生産魔法持ちか空間魔法持ちでないとできないのだ。

 中には保存食だったり、食べかすに、子供が入っていることもある。ただし、親から切り離された時点で子供も死んでいる。

 中も綺麗にした後、もう一度裏返しておしまいだ。

 それほど時間もかからないので、ディアログスは唖然としていた。

「こ、これだけか?」

「そうです。あと、最後に、保存袋として再利用できるように術式を付与するだけですが、生産魔法持ちならできると思うので覚えてください」

「……すまん、読めないんだが」

「あ、これ現代語でしたね。古代語なら大丈夫ですよね?」

「古代語なら、なんとか」

 竜人族用の文字で魔術式は書かないそうなので、学のある人は古代語で覚えるそうだ。

 カスパルあたりが聞いたら喜んで飛び上がるだろう。

「……古代語だと、一気に文字数が減るのだな」

「古代語の方が文字としては完璧なんですよねー」

「ええと、これだと、こういうことか。あ、成る程。分かりやすい式なのだな」

 彼のように、古代語を覚えて街で勉強もしたことのある竜人族なら魔術式を書いても理解できるし判別してくれるが、大抵の竜人族は「大体なんとなく」で魔法を覚えている。

 膨大な魔力量があるからできることだ。

 人族からすれば羨ましい話である。

 その代わりと言ってはなんだが、彼等は大雑把だ。狩りの様子を見ていても思ったが、無駄な魔力放出のオンパレードだった。勿体ない。

 ただ、イメージが強固で、きちんと戦えているから良い。

 これも竜人族だからだろう。

 人だとイメージが曖昧になって、他人に迷惑を掛けていそうだ。あるいは発動しないか。

 案外うまくいっているものだなと思う。

「よし、これで、どうだ!」

 できた! と晴れ晴れした顔でディアログスが腹袋を掲げた。

 見せてもらうと、ちゃんと出来上がっていた。鞣しがあまり上手ではないが、このへんは慣れだろう。

「良いんじゃないでしょうか」

 中身も零れることなくちゃんと入るし、縁取りを強化すれば完璧だ。

「じゃあ、後は針と糸で補強ですね!」

「針と糸、か……」

 生産魔法持ちだろうに、縫うのは苦手らしい。しかしこれは生産魔法持ちでないとできない。

 ディアログスは肩を落としながら、のそのそと縫物を始めた。


 晩ご飯は、取って来たばかりの茸と山菜を使ったスープや、三目熊のステーキとなった。ジャガイモは蒸かして、塩を振るだけだったが出来たての熱々は美味しかった。

 食後のデザートとして、森で見つけた小さなリンゴを加工して出した。

 酸っぱくて食べられたものじゃないと止められたが、砂糖と煮詰めてリンゴジャム風にしてみた。櫛切りにして触感を残したので、蕎麦粉のガレットの上に乗せ、くるくるっと包むとクレープ風で食べやすい。

「美味しい!」

「甘い!」

「酸っぱい実なのに、爽やかで風味があるね」

 と、高評価だった。面白いことに、こうするとガルエラドも食べていた。

「この甘いのは砂糖か?」

 ディアログスが質問してきたので、女性陣には説明していたけれど彼にも話して聞かせた。

「砂糖と似ているけど、街で売っている精製したものとは別なんだ。これ、甜菜っていう野菜から作ったんだよ。寒い土地でも育つから、畑に植えてもらう予定なんだ」

「え、作れるのか?」

「うん。街で食べたことある砂糖は、トウキビだとか、温暖な地域のものなんだよ」

「そうなのか」

 へえと、新たな知識を得て感心しきりだ。そこにガルエラドが話しかける。

「ディアログスは街で甘いものを食べていたのか」

「ああ。何度か。最初はびっくりして気持ち悪いと思っていたんだが。ガルエラドは食べなかったのか?」

「我も気持ち悪くて食べなかった。が、今は少し反省している」

「うん?」

「アウルが可哀想だった。あの子には食べるもので苦労かけたからな……」

 ちょっと遠い目だ。よほど反省しているらしい。まあ、肉食系男子に、菜食主義の子供の世話は大変だろう。

 ディアログスも肩を叩いて慰めていた。

 彼等の後ろでは、アウレアがおいしーとリンゴ煮をぱくぱく食べていた。

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