344 お転婆人形姫




 たっぷり嫌味を言われて絞られた本部長を後目に部屋を出て、シェイラの執務室に向かった。

 その後は、飛行板を使うに当たっての基本ルールの見直しなどを詰め、特許については飛行板のみを先に申請すると決まった。

 様子を見て、冒険者仕様の登録をするかどうか決めることになる。こちらの魔術式は公開するつもりはないが、需要が多いと販売自体は業者に任せることになるので、打ち合わせが必要だった。縛りが多いので業者の選定が難しくなるから、後回しになるのは仕方なかった。

 他にも幾つか、考え中のもののことを話したりなどしていたら、あっという間に暗くなっていた。




 翌日、水の日はキリクがごねるので、午前中だけという約束で学校へ連れて行った。

 勝手に出入りすることは許されないので保護者として一旦入り、クラス担当のアラリコに相談して1日だけの滞在許可証をもらう。

 後ろ盾とは言っているが「正式な関係」でもないのにすんなり許可証が出たのは、やはりキリクが有名人だからだろう。

 他国の貴族という遠い権力よりも、物語に登場する「英雄」の方が影響力が高いのだ。

 アラリコに依頼されて許可証を用意してくれた事務の職員も、憧れの存在を目にして舞い上がっていた。英雄と握手がしたいと言って、アラリコに注意されるほどに。


 多少ごたごたしたものの、授業の始まる2時限目には充分間に合った。

 キリクは魔法学校に通った経験がなく、シーカー魔法学院などは入ったことさえないということで物珍しそうに廊下を歩きながら中庭を見たり、教室を覗いたりしていた。

 部屋に入ると生徒達が来ており、すでに各々で作業を始めていた。

 アマリアもいて、シウの姿を見つけると作業の手を止めた。

「良かったですわね。お爺様からお話を伺って、安堵いたしました」

 近寄ってきてから、シウの後ろに立つ大男を見て、少し戸惑ったように胸の前で両手を組んだ。

 彼女の傍にはジルダがスッと寄り添い、騎士のオデッタも失礼にならない程度の警戒を示す。微かに変わった空気感に、キリクが苦笑した。

「アマリア姫、わたしはキリク=オスカリウス、シュタイバーン国のオスカリウス領領主だ。初めてお目にかかるが、お噂はアウジリオ殿から伺っている。お会いできて光栄だ、お転婆人形姫」

「……まあ!」

 慌てて手で、大きく開いた口を隠した。

 可愛らしいその姿に、シウは笑ってしまった。ジルダには睨まれてしまったけれど、少女らしくて微笑ましいのだから良いではないか。

 キリクもにやりといった男らしい笑みでアマリアを見ていた。

 アマリアは驚いていたが、慌てて挨拶を返した。

「初めまして、オスカリウス辺境伯様。わたくし、アマリア=ヴィクストレムでございます。ヴィクストレム伯爵が第二子で18歳となりました。……もうお転婆は卒業しましたのよ?」

「それは失礼。どうやらアウジリオ殿は目に入れても痛くない孫娘殿を、いまだにお小さいままだと思われているようだ。もう立派な淑女となられているのに」

「まあ。わたくしまだ淑女と呼べるほどしっかりしておりませんわ。もしかして、おからかいになられているのでしょうか」

 頬に手をやり、困ったような顔をする。ほんのり赤いのは照れているのだろうか。

 なんとなく2人の様子がいい感じで、シウはお邪魔かなとそろそろ後ろへ向かって忍び足になったのだが、キリクに気付かれてしまった。

「おい、何やってるんだ。お前が間に入らないとダメだろ」

「はあ」

「なんなんだ」

「いえ。えーと。お日柄もよく?」

「……意味が分からん」

 あはは、と頭を掻いて笑って誤魔化す。

 ちょうどレグロもやってきたので有耶無耶になり、先生を交えた会話となった。


 レグロがキリクの相手をしてくれるので、シウは印字機の周辺道具を作り始めた。

 インクの配合を変えて実験していく。

 目詰まりについては術式を改変し、より問題をなくした。自分で解体して掃除することも考え、分解組立がし易いように設計も変える。

 また、文字盤の入れ替えも簡単に行えるよう改良を加えた。

 版画用の方は、ゴム板を改良した。凹凸が付きやすく、印刷にかけやすくしたのだ。

 印刷機も作り始めた。

 手書きではない本が作れるようになるかもしれないし、そうなると庶民の手が届く可能性だってある。なんといっても部数が作れるのだ。複写魔法など使わずとも。

 うきうきしながら作っていると背後に気配を感じた。見ずとも分かるが、キリクだ。

 振り返るとにやにや笑って立っていた。

「そうしたところを見ると、子供らしいもんだ」

「立派に子供です」

「作ってるもんは子供らしくねえが」

「……飛行板、返してもらおうかなあ?」

「おい。人にやったもんを返せっていうのは、大人らしくねえぞ」

「子供だし」

「……分かった分かった。俺の負けだ」

 両手を挙げて降参ポーズをした。気障な格好だが、キリクがやると似合って見える。

 自分には程遠い世界に感じた。

 いつか、こうした立派な大人になれるのだろうか。せめてもう少し成長してみたいものだ。

「どうした?」

「あー、僕もキリクみたいに大きくなれるかなあと、思っただけだよ」

「……やっぱり小さいの、気にしてるんだな」

 困惑したような、どこか不憫なものを見る目になった。

「そりゃまあ。爺様は、線が細いから無理だろうってばっさり言いきってくれたけど」

「あいつらしいな」

「死んだ父親も細身だったんだって。母親に至っては子供みたいに小さかったそうだから、たぶん無理だろうね」

「……なんつうか、あー、そういう男が好きだって女もいるさ。小さくても、まあ、なんとかなるよ」

 妙な慰めを受けてしまった。

 シウは笑って、はいはいと手を振った。

「おい、諦めるなよ? ほら、貴族の女なんてのは、物語に出てくる細身で青白い肌の、虫も殺さないような王子様が好きだ。お前にも入り込む余地はあるよ」

「それ、大前提に『美しい』が付くんだよ。なんだったっけ、薔薇の花も霞むような美しい王子様? ああいうのが人気なんだよ」

 女性向けの恋愛本などは、大抵が装飾華美な表現ばかりで埋め尽くされている。男性の描写とは思えないほどの美辞麗句が続くので面白いぐらいだが、あくまでも若い少女向けだ。

「別に好かれたいから大きくなりたいわけじゃないんだけどね。まあ、男性の包容力を示すのに手っ取り早いのが体の大きさだから。相手に安心感を与えるようだし」

「お前が一体どこを目指しているのか、分からなくなってきたな」

「キリクみたいになれたらいいなと思っただけだよ。安心できる、父親みたいな存在?」

 言いながら、疑問調になってしまった。

 手元を操作しながらだったので、言いきってからキリクを見上げたのだが、そこで珍しいものを見ることが出来た。

 良い歳をした大の男が、顔を赤くしているのは見ものだったが、なんとなくそこに触れてはいけないような気がして、シウは賢く黙ってまた作業に戻ったのだった。


 もう少し学校内を見て回りたいというキリクに対してシウが困っていたら、アマリアが助け船を出してくれた。

「お昼をご一緒にどうですか? 午後も、わたくしの受ける研究科で宜しければご案内できるかと思います」

「いいんですか? 助かります!」

 シウが勝手に返事をしたが、キリクは苦笑するだけで反論しなかった。

 てっきり2人でサロンに行ってくれるものと思ったが、何故かシウも行く羽目になった。年頃の女性が、独身の貴族の男性を連れ歩くのはよろしくないようだ。

「騎士や護衛に侍女もいて、2人っきりじゃないのに……」

「貴族とはそうしたものなんだ。貴族らしくしろとは言わんが、もう少し事情を覚えてくれると助かるな」

「そんな口調のキリクでも貴族だもんね」

「まあな」

 他愛ない会話を、オデッタなどはギョッとした顔で聞いていた。

 他には聞こえないので適当にしているが、誰かが挨拶に来れば2人とも礼儀正しく会話している。きちんとできているはずだ、たぶんだけれど。


 シウ達は、校舎食堂の上にあるサロンではなく渡り廊下を進んだ特別な専用サロンまで連れて行かれた。

 廊下からして絨毯が凄かったけれど、サロン棟に入るとそれはもう豪華絢爛だった。

 ロワルの学院とはまた違った豪華さで、下品ではないのが救いだ。

 いや、一歩間違えると、といった感じのギリギリさはあるが。

 どこの優雅な高級カフェだろうといった中央広間から、放射状に幾つかの店、レストランなどがあるようだった。

 シガールームもあり、完全に貴族仕様だ。

 13歳の未成年が来るには大人びた空間である。

 当然ながら、サロンには最低でも成人した者が闊歩しており、シウの方が場違いであった。

 遠目に視線を感じるものの、あからさまに噂し合ったりするのは憚られるようで小声でも悪口などは聞こえてこなかった。

 なにしろ連れ立つ人間が、ヴィクストレム家のご令嬢と、他国の高位貴族だ。

 そのため、よくよく探知で聞きとらないと分からない程度の囁き声が聞こえるだけで、すんなりとレストランへ入ることが出来た。

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