345 学校のお休み日程と、お嬢様登場




 レストランでは同席を許されたが、これまたたぶん給仕長と思われる人に目を剥かれて見られてしまった。サロンは貴族専用だからある意味ここは治外法権なわけで、学校内が平等と謳われている中での治外法権とはつまり、そういうことなのだ。

 貴族と同席など、有り得ないことなのだがアマリアとキリクが許している以上は仕方ない。というわけでそうした態度が少々出ていたものの、きちんと給仕はしてもらえた。

 ちなみに、アマリアの騎士や従者達は隣りの席で食事を摂っている。柱の陰でありテーブルもワンランク落ちるものを使っているが、同じ空間で食事を摂っても許される、という立場なのだった。

 フェレスは微妙な立ち位置で、希少獣でも小型だと連れて入っていいことになっているのだが、彼は中型だ。本来ならば獣舎に預けてもよく、あるいはサロンの入り口で置いておくことも考えられたのだが、今は危険なので事情を説明して許してもらった。

 もちろんお願いしたのはアマリアで、彼女の潤んだ瞳でお願いされた支配人は仮面のような笑顔で快く受け入れてくれた。


 食後の飲み物が来る頃、アマリアがシウに話しかけた。それまでは表面上の他愛ない会話をキリクと続けていたのだが、シウが黙々と食べているのに気付いて気を遣ってくれたようだ。

 むしろ、シウはお邪魔虫にならないよう静かにしていたのに、申し訳ない気分である。

「来週から学校のお休みが始まりますけれど、シウ殿はどうされますの?」

「……え?」

 珈琲を飲みつつ、驚いて顔を上げた。

「休み、来週からでしたっけ?」

「そうですわ。シウ殿、あなた、集会室へ毎日行ってらっしゃいませんね?」

「あー、はい。昨日も今日もロッカーさえ寄るのを忘れてました。そういえば木と土の日は学校にさえ来てませんし」

「まあ。それはいけませんわ。連絡事項が溜まっているはずですからきちんと確認しなければなりませんよ。連絡内容にも番号が振られているはずですから、授業のない日でも抜けている番号があればクラス担任へ確認に参りませんと」

「あ、そうか。あれ、そういう意味だったんですね」

「……お前、賢い割にはどこか抜けているな」

 呆れたように笑われてしまった。キリクは、アマリアに他にも情報があれば教えてやってほしいと頼んでいた。

「そうですわね。毎年お休みの日程が決まっていれば良いのですけれど、新入生では大体の予想さえ付きませんものね。今年は生徒会によって日程がほぼ決定しておりますので、お教えしますわね。まず、最初のお休みが来週から来月の芽生えの月の第1週までで、2週間ですわね。今回は例年と違って1週分早まったのでご存知ない方がいらっしゃるかもしれません」

 それからと、思い出すように考えながら教えてくれた。

 次が朝凪ぎの月の最終週の1週間。夏は炎踊る月の全部、1ヶ月だ。そして山粧うの月の第1から第2の2週間。最後に山眠るの月で1学年が終了し休みへ入る。これは第3週から、翌月の年新たの月の第2週までで、1ヶ月。新入生以外は、新しい学年の始まりは第3の週からとなる。もっとも課題の多い学生もいるため、学校は常に開いており、補講など数多くの授業は普通に行われているそうだ。

「研究科などに在籍しておりましたら、合宿などもございますから、お気を付けくださいね」

「はい。ありがとうございます。あ、生産科はないですよね?」

「ええ。ただ、論文などを提出するよう個別に指示されることもありますから」

「そういえば最初お会いした時もレグロ先生がそんなことを言ってましたね」

「まあ、覚えてらっしゃいましたの? 先生ったら、長の休みで腕が鈍らないよう、あえて課題を申し付けたのだと仰ってましたわ」

 貴族の子女であるため、年末年始に里帰りをしていたらパーティー三昧で勉強が疎かになると思ったのだろう。たぶん、彼女の為に敢えて課題を出したのだ。

「それにしても休みの事をころっと忘れているとは、学生とは思えんな」

「いつかあるんだろうなと思ってたけど。誰も休みの話はしてなかったし」

「子供ならもっとこう、遊ぶことを考えるものだが」

 大体、勤勉すぎるのだと叱り口調になってきたので、シウは慌ててアマリアに話を振った。

「アマリアさんもお休みは遊ぶんですか?」

「わたくし達は社交界への参加もございますから、遊んではいられませんね。そう、だからこそお休みについては情報が素早く伝わって参りますわね。でないとパーティーの招待状も送れませんもの。そういえば生徒会から直にお伺いしましたわ。シウ殿が気付かれなかったのも仕方ありませんね」

「お休みが多いのも、貴族仕様なのかもですね。その分、僕等はやりたいことがやれて、助かりますけど」

 シウが返すと、アマリアは楽しそうに笑った。もちろん口元は隠して。

「まあ。シウ殿はいつも面白いことをされておりますから、わたくし、楽しみですの。研究を相談できるお友達ができたこともとても嬉しくて、生産の授業が毎回待ち遠しいのよ。お休みが明けましたら、やりたいことの成果をお伺いしてもよろしいかしら」

「はい。アマリアさんも」

「ええ。そのためにもなるべく、パーティー参加は控えたいものですわ」

 その時だけ、彼女は溜息を漏らしていた。どうやらパーティーはお好きでないらしい。

 それでも貴族の子女として参加はしないといけないのだろう。

 大変ですねと、心からの言葉を伝えた。


 レストランを出て、まだ時間があったので中央広場の空いているソファに座り、学校の事をキリクに話して聞かせた。

 主にアマリアが説明してくれたので、シウは黙って聞いているだけだったが、脳内マップのセンサーに面倒な存在が引っかかってヒヤッとした。

 隠れようと思ったのだが、なにしろシウの前に座る2人は有名人だ。隠れようがなかった。

「まあ、オスカリウス辺境伯ではございませんか?」

 大きなソファに埋もれたシウは見えなかったらしく、シウの背後から声が降り注いできた。彼女の視線は真っ直ぐにキリクへ向かい、その隣に座る淑女は見えていないらしい。

「失礼だが、あなたは?」

「わたくし、ヒルデガルド=カサンドラと申します。カサンドラ公爵の第一子で17歳でございます。以前、我が家のパーティーでお会いしたことがございましてよ?」

 お忘れなの? と、視線が甘く鋭い。

 以前と違って、女性らしい仕草が板について来ていた。どこか大人びている。

 しかし、2人とも魔獣スタンピードの時のことはなかったかのようだ。

「さて、お小さい子達なら幾人か拝見したが」

「まあ! レディーの存在を忘れるなんて、立派な紳士のなさることではございませんよ」

「それは失礼。今度は忘れないよう、この目に刻み付けておきましょう」

 眼帯のない方の、開いた目を指差して笑う。優男がやると完全に反感を食うような仕草なのだが、キリクだからこそ似合うのだろう。

 事実、周囲の女性達がハッと息をのんだり、ぽうっと頬を染めていた。

 ヒルデガルドも少し頬を上気させている。ただ、照れているのかどうか判別が不明だ。

 なんといっても背後のカミラという名の女性騎士が目を吊り上げている。久しぶりに見たが相変わらずのようだった。

 ここまで、彼女達の誰にもシウは見つかっていない。すべて感覚転移で状況を見ていた。

「それにしても、シーカーのサロンへいらっしゃるなど、どうされたのですか?」

「なに、この国へ来たついでに観光気分で立ち寄っただけだ。こちらのアマリア姫に案内をしてもらっている」

 そこでようやくヒルデガルドがアマリアを見た。

「……ごきげんよう、アマリア様」

「ごきげんよう、ヒルデガルド様」

 にっこりとアマリアは笑っているが、内心は緊張しているようだった。表面は穏やかなのだが心拍が上がったのだ。以前、何かあったのだろうか。

「アマリア様が、我が国の英雄とお知り合いでしたなんて、存じ上げませんでしたわ」

 キリクが段々と機嫌が悪くなっているのも分かった。そもそも、ちゃんと挨拶を返さなかった時点で相手が察してくれたら良いのだが、分かっていてやっているのかどうか、ヒルデガルドは気にせず輪の中へ入り込んでくる。

 懐かしくも感じて、シウは苦笑した。

 その気配にようやく気付いたのか、カミラがギョッとしたようにソファを見て、声を上げた。

「あ」

 それでヒルデガルドも気付き、シウを見て目を見開いた。

「まあ! ……あなた、さっきから話を盗み聞きしてらしたの?」

 え、それはないんじゃないの、と思ったが、彼女達の背後で死んだような顔をして立っているクレールを見付け、一瞬返事に詰まった。

「それに、ここは貴族専用のサロンなのよ? シウ、あなたがいくらキリク様に可愛がられているとはいえ、だからこそ遠慮しなければ。慎み深くなりなさい。大恩あるお方に失礼をしてはいけないわ」

「……ヒルデガルド嬢、おかしなことを仰る。シウ=アクィラは、わたしにとって『大恩ある方』の子であり、我が子同然の存在だ。遠慮など有り得ん」

「まあ」

 ヒルデガルドは扇で口元を隠しつつ、心底驚いたといった顔でキリクを見つめて、それからシウを見降ろした。

「キリク様にそのようなことを言わせるなんて、あなた、甘えるのもいい加減になさい。あなたの方から、身を引くことも必要なのよ? そのようなことも分からないの?」

 カミラまでシウのことを、利権に群がる悪者のような目で睨んでくるので、唖然としてしまった。

 ついつい、ぽかんとして見ていたら、キリクが本気で怒り始めた。

「あなたこそ、分かっていないようだな」

 肘置きを指でトントンと叩きながら、半眼になって言う。

「我が子同然と言ったはずだ。養子に迎えたいと思っているほどだ。このことは広く知られているものと思っていたが、知らずとも先程の言葉で理解できるはず。では、慎み深くあらねばならぬのは一体どちらだ? 先程から、我等の会話に勝手に入り込んで、立ち去らんとは。カサンドラ公爵はあなたに淑女教育を受けさせておらぬのか? だとしたら、わたしからご意見申し上げておくが、いかがか」

「ま、まあ! なんという」

 わなわなと震え、扇をパチンと閉じて顔を歪ませた。

 以前より余裕がなくなっていて、どこかおかしい。元々正義感溢れる人だったけれど、ちょっといっちゃってる気がした。

 あの事件で、悪い方向へ進んだのだろうか。なんだか妙に心配になってしまった。

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