498 強行軍と説教、帰宅と説教




 光の日の夕方に問題の関所を通り抜け、夜通しかけてシルラル湖を眼下に臨み、ロワル王都に着いたのは炎踊る月の3週目火の日の朝だった。

 まさか夜も飛ぶとは思わなかった。

 そして、シルラル湖には休める箇所が数えるほどしかないことも知った。

 全方位探索を強化して湖を確認したが、小島はあれど、飛竜が降りれるようなものは本当に少なかったのだ。人が住んでいる島もひとつか2つといったところで、かなり閉鎖的な集落なのだろうと思う。

 なにしろ、普通に湖畔の岸辺から小島まで行くには大型船がないと無理だ。飛竜が一々飛ぶとも思えないし、ほとんど交流はなさそうだった。

 それにしても、降りる場所はないときっぱり言っていたため、サナエル達の飛竜は一度もシルラル湖には降りなかった。降りたことろでどうしようもないのは分かっているが、この一か八かの行動が恐ろしい。さすがキリクの部下だ。

 ちなみに、オスカリウス家の飛竜発着場では、調教師達がサナエルを叱っていた。強行軍すぎるとか、湖の上を休みもせずに飛ぶとはなんたる危険な行為だ、ということらしい。

「しかも、若様達をお乗せしているというのに!!」

 竜騎士を怒れる調教師もすごいと思う。

 シウもサナエル達の行動をどうかと思ったので援護することなく彼等とは分かれた。もちろん、連れてきてくれたお礼は言ったけれど。

「サナエル、ありがとうー。お疲れ様! この後また領地まで飛ぶんだよね、頑張ってね!」

「おー。でも、ちょっと助けて」

「あはは」

 笑って手を振った。


 オスカリウス家では家令のリベルトやメイド長のアンナがいて、長旅のシウ達を労ってくれた。

 カスパルにはどうしたいか聞いて、少し休んだ後自宅に帰るというので馬車の用意などをしていた。

 彼に付き従ってきたロランドとダンは少しよれっとしていたものの、他家のことなので精一杯頑張っていた。護衛達はさすが体力があり、専用の待合室で飲食をしているようだ。

「ラトリシアには飛竜で帰るの?」

「たぶん、そうだろうね。そのつもりで予定を組んでおくよ。連絡があれば通信魔道具を使う」

「うん。じゃあ、夏休みの最後にね」

 手を振ってカスパル達とは別れた。

 シウとリグドールにも馬車が用意されたので昼にはオスカリウス家を出た。

 アリスやヴィヴィ達が帰ってくるまでにはまだあと2日はかかるだろう。女性陣のためにシュタイバーンのある領都に一泊して観光するのだと言っていた。

「リグも一緒に行けば良かったのに」

「悩んだんだけどさ。でも、この時間を利用して冒険者ギルドの仕事を受けるのも良いだろ? レオンともパーティーを組もうって話していたしさ」

「そうなんだ」

「あ、そうだ。シウもさ、1日ぐらい、一緒に森へ行かないか?」

「うん。そうする。この週はたぶんロワルにずっといると思うから」

「おっ、じゃあ、レオンにも言っておく」

 そんな約束をして、まずリグドールが商人街で降り、次にシウもベリウス道具屋の前で下ろしてもらった。



 カランコロンと懐かしい音を立てて扉が開くと、急いで奥からエミナが走ってきた。

「いらっしゃいませ!!」

 いつもなら店の前に馬車が到着した時点で表に出てくるので、用事があって奥にいたのだろう。彼女は慌てていたが、シウの姿を見て「あ!」と声を上げ、それから更に足を速めた。

「シウ! お帰り!」

 抱き着いて歓迎の抱擁だ。

 夏休みの後半あたりに帰るとは言っていたが、いつとは教えていなかったので驚かせるつもりだったが、彼女はどこまでも彼女だった。

「ね、ね、飛竜レースの大会に行ったんだよね? どうだった? 面白かった?」

 きゃっきゃと楽しげに騒いでいたら、奥から気になったのかドミトルが出てきた。

「エミナ、何騒いでいるんだい、ああ、シウか。お帰り」

「ただいま、ドミトル」

「元気そうだね。フェレスも、それにちびっこ達も。あ、ほら、エミナ、抱き着いてないで早く休ませないと」

「はーい」

 君は店番ね、とエミナに有無を言わせず座らせて、ドミトルがシウ達を奥へ連れて行ってくれた。そうでもしないとエミナが付いてくるだろうことが分かっていたからだ。さすが猛獣使いならぬ、エミナ使いだ。

 倉庫の横にドミトルの作業部屋が出来ていたけれど、こぢんまりとしたなかなか居心地の良さそうなものとなっていた。

 羨ましそうな顔をしていたらしく、ドミトルに後で案内するよと言われてしまった。


 本宅へ行くと、すでに騒ぎを聞きつけていたスタン爺さんが玄関まで出てきていた。

「よう帰ったの。ささ、早くおあがり」

 その笑顔を見てシウはホッとした。帰ってきたなあという気持ちになったのだ。

 いつしか本当にここがシウの第二の故郷になっていた。


 この日は夜中までエミナに付き合って、飛竜や騎獣のレース大会の話題を提供した。

 スタン爺さんは年寄りだからと言い訳してさっさと逃げたので、シウが相手するしかなかった。ドミトルがいい加減子供を休ませなさいと説教してようやく解放され、離れ家へと入った。

 相変わらず風通しをしてくれているので、埃っぽさはなかった。

 懐かしい気持ちでベッドに座り、クロとブランカをベッドの横のゆりかごに入れた。

「久しぶりだね、フェレス」

「にゃ」

「1週間はここでゆっくりしようか」

「にゃ」

 フェレスはいっぱい遊んでくれるスタン爺さんのことは今でも好きだし、騒がしいエミナのことは少々苦手にしているがもちろん嫌いではない。フェレスもこの場所が好きらしく、リラックスしているのが分かった。

「あちこち行ってるけど、フェレスがそういうの嫌じゃなくて良かったなあ」

「にゃにゃにゃ……」

 シウのそばならどこでも、と言いながら、大欠伸をして眠りに入ってしまった。

 嬉しいような恥ずかしいような、最後まで言ってよと思う気持ちもあって、シウは溜息を吐いた。

「ま、いっか。僕も寝よう。今日はちょっと疲れたね」

 夜通し起きていたこともあり、徹夜だったのだ。早く寝ようと、この日はいつもの読書もせずに眠りについた。




 いつも通りの時間にやっぱり起きて、中庭で軽く運動してからあれこれやっていたらフェレスも起き出してきた。食事をさせると、クロとブランカも次々に目が覚めて朝ご飯タイムとなった。

 シウは本宅で朝ご飯にした。エミナがシウの料理が食べたいと所望したので、作ったのだ。

 以前はお米が苦手だったエミナも、最近はロワル王都で流行っていて食べる機会も多いせいか、時流に乗って食べるようになったらしい。スタン爺さんに出した鯛茶漬けセットを見て、自分も食べたいと言い出した。

 ドミトルも同じものをと言うので、和食系で取り揃えてみた。

 スタン爺さんはどれも美味しいと言って、特に魚の淡白な感じを気に入っていた。歳を取るとそうなるのだ。

 ドミトルは干物が気に入ったらしく、青物系の魚の干物を多めに冷蔵用魔道具に入れておいてあげた。

 エミナは甘めのミリン干しが美味しいと白ごはんでばくばく食べている。

「ちょっと食べ過ぎじゃない?」

 心配したら、えへへーと照れ臭そうに笑われる。

「あのね、実はね」

 居住まいを正して、少し恥ずかしげに報告してくれた。

「赤ちゃんが出来たみたいなの!」

「わあ、そうなんだ。おめでとう」

「ありがとー!」

 ドミトルにもおめでとうと言って言祝いでいたら、ふとあることを思い出した。

「……待って、でも、昨日さ。エミナ、走ってたよね?」

「あ」

 ドミトルも目を細めてエミナを見つめる。スタン爺さんは呆れた顔をしていた。

「えっと、つい、その」

「お医者さんも、転んだらダメだって話はしてるよね? ね?」

「えーと、うん、そう、ね」

 えへへ、と笑って誤魔化そうとするので、シウはドミトルを見た。彼が力強く頷いたので後ほどしっかり説教してくれることだろう。

 初期のころは流産しやすいので、気を付けるにこしたことはないのだ。うっかりで残念なことになったら、本人が一番つらいだろうし。

 念のため、万が一転んでも大丈夫なような魔道具でも作ろうかなと思いつつ、シウとしても一言付け加えておく。

「赤ちゃんのためにも、適度な運動は大事だけど、危険なことにならないよう気を付けてね。くれぐれも体を大事に」

「はあい」

 散々あちこちで言われているらしく、エミナは反省しましたと頭を下げていた。

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