499 おめでたい話と転倒防止、魔狂石の研究




 おめでたい話の後は、ロワルでの最近の出来事を教えてもらい、ゆったりと朝ご飯を終えた。

 エミナは体調に問題がない限りはギリギリまで店番をやるらしく、早速慌てて(そしてドミトルに叱られながら)店に出ていた。

 スタン爺さんも倉庫で在庫を数えたり注文するのだと言って仕事に出たから、シウはフェレス達を連れて市場へ顔を出した。

 あちこちから声を掛けられて、買い物をしたり近況報告をしているとアナがやってきた。

「シウ! 元気だった?」

「うん。アナも元気そうだね」

「ええ。それが取り柄だもの!」

 にこにこしているのは取引が上手く行っているからだろう。

「頼まれていたものも届いているわよ。秋にはあなたが監修指導したお米の第一陣も届くわ」

「順調に育っているんだ?」

「報告ではね。去年の試行錯誤が活かされていると良いわね」

 その他にもシャイターン産の食材を輸入してきたので欲しければ分けてくれると言ってくれた。

「シャワネ王都の近くにヴァルムって港があるのだけど、その市場で面白いものが続々と出ているの。あなたの好きそうなものね」

 話を聞けば、海苔だったりワサビだったりして、苦笑した。

「……ひょっとしてまさか」

「えっと、いろいろあって、内緒ね」

「やだ! 本当にそうなの? 嫌な予感したのよね。騎獣を連れていたって」

「内緒内緒」

 大声だった彼女の口を押さえようとしたが、自分で塞いでくれた。

「えー、でも、獣人族の子供だったって、噂では聞いたのに」

「問題があるから変装してたんだ。でもホント内緒ね。お願いします」

 真剣に頭を下げて謝ると、アナは分かったわよーと笑って請け負ってくれた。

「誰に聞かれても、ま、聞かれることはないと思うけど、あたしは知らぬ存ぜぬよ。任せておいて」

「良かった」

 なにしろ、辻褄が合わなくなってくるのだ。

 今のところ問題を起こしてないので誰に追及されることもないのだが。念には念を入れて、だ。

 その後、彼女のお勧め品も含めて頼んでいたものを購入し、更に市場であれこれ買い出しを済ませてから、王都をぶらぶら歩いた。


 ギルドにも顔出しをしてクロエに挨拶する。彼女のお腹は分かるぐらいに大きくなっており、秋にも誕生するであろう子供が今から楽しみだった。

 彼女からはソフィアの情報も教わった。

「オスカリウス領へ入ろうとして断念したことまでは分かってるの。その後、ラスト領を通って小国群へ行ったのではないかというのが、ギルドの見立てよ」

「小国群かあ」

「あそこは大陸の犯罪者引き渡し条約にも加盟していないし、犯罪者も多く逃げ込んでいるから手出しできないの。それを良いことに、度々シュタイバーンや周辺国へ密入国して荒稼ぎをしているらしいから、領主様方は手を焼いているようね」

「ということは税金を払っていないんだね」

「ギルドで仕事をしないもの。裏組織で売って、そのままよ。街へも税を払わずに入る方法があるらしくて頭の痛い問題だわ」

 街への出入りに税金を必要とするところもあり、特に地方にはそれが多い。冒険者ギルドのように予め仕事に税をかけて、税収の煩雑さを解消している街もある。王都などは一々止めていられないので素通りだ。その代わり仕事をすればその中に税が含まれている。支払いの時に引かれているので、簡単な計算ぐらいはできないと王都で暮らすには騙されることもあった。

「辺境国にもいろいろあるけれど、あちらの国境側の領は大変だわ」

 オスカリウス領は黒の森に接しているけれど、領内に管理出来ている大きな地下迷宮が2つもあって潤っている。かなり恵まれているのだ。

「とにかく、今のところ王都へは戻ってきてないけれど、くれぐれも気を付けてね」

「うん」

 逆恨みなのだが、恨まれていることに違いはない。

 気を付けるねと約束してギルドを後にした。


 昼に戻ると、またご飯を作って皆で食べ、午後は魔道具を作ったりして過ごした。

 エミナに転んでも大丈夫な魔道具を作ってみたのだ。これは意外と簡単で≪落下用安全球材≫の応用版、というよりも劣化版というのか小型化として出来上がった。

「≪転倒防止ピンチ≫って言って、転んだ時にクッションとなってくれるんだ。だからって遠慮なく転んじゃダメだよ?」

「はあい」

「使い切りだから、幾つか渡しておくけど、本当に試したりしたらダメだよ? 分かってる?」

「分かってます!」

 宣誓して、それから肩を落としていた。

「子供から子供扱いされちゃった」

「お前さんの普段の行いが悪いせいじゃの」

「お爺ちゃん!」

「エミナを心配してくれているんだよ」

「はあい。分かりました。気を付けます」

 ついでなので、クロエにもあげようと夕方持っていった。あいにくいなかったので、商人ギルドの方へ顔を出すとちょうどザフィロがいた。

「やあ、シウ君じゃないか!」

「こんにちは。久しぶりです。クロエさんに渡そうと思ってギルドに行ったら、もう帰ったって言われて」

「クロエに? あ、彼女、時短にしてもらってるんだ。お腹が大きくなってきたからギルド長が気を遣ってくれてね」

「そうなんだ」

 応接室へ通されて話をしながら、例のピンチを出した。

「僕のお世話になってるベリウス道具屋のエミナも妊娠したらしくて」

「君のお姉さん代わりの人だよね。おめでとう!」

「そうなんだ。でもエミナっておっちょこちょいというか、すぐ走ったりするんだよね。だから転倒が怖くて。これ、彼女に作ったんだけど、どうせならクロエさんにも良いかなと思って」

「え?」

 使い方などを説明して、実際に付けて実演してみせたらあんぐりされた。

「これ」

「≪落下用安全球材≫っていうのをラトリシアで作ったんだ。それの応用だから、簡単なものなんだけど」

 良かったらどうぞと渡したら、その手を握られてしまった。

「え?」

「それ、ついでに特許取って行かないか?」

「えーと」

「お願いしますー。シウ君がいなくなって、減ったんだよー。ルシエラ王都の商人ギルド本部からは羨ましいだろうって意訳の報告が届くしさ」

 相変わらずギルド同士で競い合っているらしい。

「資料を取り寄せてこちらでも商家があちこち、作成に乗り出したけれどやはり後れを取っているんだよね。だから、ぜひ」

「あ、うん、はい。分かりました」

 ということで急いで書類を作成した。

 クロエに渡す分は「試作品」という形でプレゼントすることにした。

 でないと不公平感が出て来るからだ。ザフィロもそうしたことに気付いて更に頭を下げていた。仕事を優先させたことはここだけの秘密ね、という話にして。




 晩ご飯の後は、やりかけの作業に手を付けた。

 実は狩人の里から持って帰ってきた魔狂石の研究を一切していなかったのだ。

 惑い石は方向感覚を失わせるもので、磁力の異常だ。微弱な電波が飛んで空間を認識しづらくさせている。

 電波なのでシウにも異変は分かった。

 魔狂石は体内魔素を狂わせるらしく、騎獣は何故か問題なく魔法を行使していた。本能により自然と切り抜け方が備わっているのかもしれない、と言うのが過去の研究者の書いた本からの推察だったり、ククールスとの会話による結論だ。

 ただフェレスだけがそうなのかもしれないし、他に例もないことだから調べてみたかった。

 シウはフェレス達を連れてコルディス湖まで転移し、いつもの小屋で研究を開始した。

 もちろん、結界は厳重に念入りに重ねる。

 魔石の一種と言うが、全く別物として考えた方が良いような気がしてきた。

 シウの体内魔素も狂わせているようなのだが正直なところ、魔法は使えていた。

 違和感はあるものの使えるのだ。

 研究対象としてはシウ自身が使えないので、仕方なく森に入って魔獣を幾つか捕獲して実験を繰り返した。

 魔獣の体内魔素が観察できるよう、遠視魔法を近くで使うなどして試行錯誤しながら、鑑定魔法を重ねた複合魔法で魔素を視ることに成功した。これを≪体内魔素鑑定≫と便宜上名付けてみた。

 ただかなりの集中力が必要で結構魔力も体力も消耗する。

 しかし、そのおかげで分かったことがあった。

 魔獣は体内魔素を特に考えずに使っており、戦う時に自然と角や足に流れる仕組みとなっていた。魔素を魔法の活力として上手に使えていないのだ。

 フェレスに対戦させてみると、フェレスは意識して体内魔素を移動させていることが分かった。もちろん、意識してと言っても本人が詳細まで分かっているかどうかは不明だ。なにしろ、シウの質問に「ここにつよいの、こいってかんがえてるー」と返事をしてくるのだから。

 そしてシウ自身、元々の魔力が少ないことから節約していたため、体内魔素を練って使う癖がついていたことを思い出した。

 この違いかもしれない。

 体内魔素を理解して、練って使える者ほど魔狂石には惑わされないのだ。


 現代の魔法使いと呼ばれる人達は魔力が多い者ほどそれを無尽蔵に使ってしまう。本能のままというのか、自然の流れに任せてだ。

 中には賢者と呼ばれる者もいて、その人達は体内魔素の流れを理解していただろう。

 魔狂石に惑わされない人もいると聞いたが、その人達のような気がする。

 かといって他に試せる相手もいない。ククールスに頼むことも考えたが、他の人には秘密の話となる。なにしろこれが本当だったら、魔素の流れを把握できる者は魔狂石に太刀打ちできるということで、そうなれば狩人の里へ入る者が増えてしまう。

 個人的な興味で彼等を脅威に晒してはいけないので、やはり1人で考えようと決めた。

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