069 商機、友人達との日常
その後もルオニールと話し合いを続け、個人で工場を立ち上げるには規模が大きすぎるので、商人ギルドを通して特許申請し、工場はルオニールが建てることとなった。
当然ながら、彼に利権を渡すことになる。
大コケするかもしれないのに、すぐさま利権を買い取ったのにはシウの方が驚いた。
シウには痛くも痒くもないが、販売ルートに乗せるのは並大抵ではないだろうし、工場をひとつ作るとなると投資額もすごい。
大商人の「商機を見出す目」は、シウには怖いものがあった。
ただ、リグドールに「失敗してリグたちが路頭に迷ったらどうしよう」と言ったら、ものすごくバカな子を見るような目で見つめられて、ポンと肩を叩かれた。
「商人はさ、失敗する可能性があったら動かねえよ。あと、ちゃんと貯金は残すもんだって。路頭に迷うのは親父だけ。俺たちは先祖代々の金を持って、トンズラだ」
と自慢そうに言われた。
シウはぽかんとして聞くだけだった。
魔法学校では大半が魔法に関する授業を行うが、それ以外にも基礎学科などがある。
王立ロワル高等学院ほどの難しい内容ではないけれど、その下の王立第一高等学校レベルの授業は行われていた。
高等学校というからにはレベルも高く、中等学校へ通わずに十二歳で入学した「魔法の天才」でも基礎学科にはついていけないという生徒が出始める。
魔法に関しては見込みがあるので退学になるということもなく、ただ補講が増えるのみだ。
そんな中、リグドールは低空飛行ながらなんとか補講も受けずに頑張っていた。
「あれ、リグ君。また勉強してるの? 偉いね」
食堂の定番席となった庭が見える端にシウとリグドールが座っていると、アントニーがやってきた。彼は穏やかに話しかけたのだが、リグドールはうんざり顔だ。
「偉くねーよ。偉くねえから勉強してるの!」
シウの渡したドリルを必死になって解いている最中だから、早口になっていた。
基礎学科では免除された授業もあれば、自分にはまだ早いと免除試験を受けずに授業を聞いている科目もあって、それらを必死になって予習復習している。
「あ、ごめんね。邪魔しないよ」
アントニーが苦笑しつつ、シウの隣に座った。
大抵が誰かしら、ここで集まる。
アリスたちだったり、アレストロだったり。
アントニーもよく顔を覗かせていた。
「僕も基礎学科でまずいのがあるんだ」
「トニーが?」
「うん。文学や数学は第一中等学校で習っていたから問題ないんだけど」
アントニーは十三歳でシウたちよりひとつ上だ。中等学校に通っていたが魔法学校に受かったため、編入してきた形になる。
「生産学や体育学が厳しいんだよね」
普通の学校では体育の授業というのは、体を鍛えると言いつつだらだら過ごしていられるらしいが、魔法学校では厳しく指導される。
なにしろ魔法使いというのは大抵が後衛で、物理攻撃に弱い。魔法に頼るので体力がない者も多い。魔法戦士という職業を選ぶ者は別だろうが、ほとんどは魔力量がありすぎるせいで、逆に体を鍛えない。
その為、魔法学校では体育学の授業でかなり厳しく鍛えていた。
「免除されたシウ君が羨ましいよ」
「僕は山育ちだからねー」
体力はあるのだ。
「生産も、鉱物関係ならなんとなく理解できるんだけど」
「ああ、グラシア家って、そっち方面を取り扱ってるんだね」
「うん。でも、僕も親の仕事をいちいち聞いたりはしていないから、深くは知らないんだ。僕って本当にのほほんと生きてたんだなって、後悔中」
「……そんなものじゃない? 子供のうちはしようがないよ」
「と、それを十二歳の子供が言うか。シウに言われると耳が痛いぜ」
リグドールがドリルを終わらせて、会話に交ざってきた。
「でもさ、シウ君だけじゃないよ。一クラスの面々見てると、すごいなって思うもの」
「あー、天才多いよな?」
「ていうか、貴族って、どれだけ小さい頃から叩き込まれてるんだろうって思うよね」
「あ、ね、だな」
二人が溜息を吐きつつ、食堂の二階にある貴族専用と化しているカフェルームを見上げた。
誰でも使っていいはずなのだが、もはや高位貴族専用の場と成り果てているオシャレ空間だ。寄付という形で高価な家具が搬入されていて、庶民は近付くことができない。
アリスも付き合いというのがあるらしく、よく誘われていた。本人はシウたちの方へ来たがっていたが、友人兼お付きのマルティナに連れて行かれる。
「アルゲオとか、なんでもできて尊敬通り過ぎて化け物レベルだよな」
「彼を呼び捨てにできるリグ君を、尊敬するよ」
お互いに小声なので許される言い合いらしい。これが貴族の耳に入るととんでもないことになるそうだ。
「貴族って、基礎学科だけじゃなくて礼儀作法に護身術、剣技も習うんだろう?」
「それに魔法の素質があれば、専門の家庭教師を雇って習うらしいよ」
「俺、無理。あ、でも、シウには家庭教師やってもらったなー」
な? と何故か念を押されたので、シウは苦笑しつつ頷いた。
「この間もやったね」
「あ、ちゃんとお礼払ってるよな? ロッドには言ったんだけど」
「ギルドを通して振り込まれてるよ。その辺、アドリッド家ってしっかりしてるっていうか、きっちりしすぎてるっていうか」
「何それ」
「友達だからいいのにと思ったんだけど」
そう言うと、二人同時に怒られた。
「ダメだよ、そういうのは」
「ダメだって!」
商人の子供らしく、取り引きは取り引きとしてきちんとしなくてはならないと言う。
なあなあが一番良くないのだそうだ。
「子供のうちから、そういうのだけはしっかり叩き込まれたもんなー」
「僕も。絶対に貸しは作るなとか。小さい頃は意味が分からなくて自分が嫌な人間になった気分でさ」
「あ、わかるー。俺も」
商人の子供あるある話を二人がしているところに、アレストロたちがやってきた。
二階でのお茶会が終わったようだった。
アレストロはシウに話があるようで、にこにこと笑いながら、
「これ、賄賂」
と言って王都で有名らしいレストランのお菓子を渡してきた。
ただ、シウにだけだったので、困ってしまった。リグドールやアントニーを見ると苦笑している。こういうところが「空気が読めない」というのだろう。
同じくマイペースなリグドールが、
「ここの店のより、シウが考えたレシピの方が美味いぜ?」
と、自慢し始めた。
「そういえば、君の家のお店、人気があるそうだね。シウ君のレシピを使ってるって本当?」
アレストロがリグドールに向き直って問う。
リグドールはやはり胸を張って自慢げに頷く。
「そうだよ。そもそも、シウのレシピありきで店ができたようなもんだし」
「え、そうなの? カフェは作る予定だったって聞いたよ」
「レシピの入札が無理なら、元々用意していた土地で内容を別にして作る予定だったみたい。だから、今のステルラはシウのレシピ専門カフェって感じなんだ」
後半はアレストロに向かって喋っていた。
最近はリグドールも仲の良い生徒ならば、貴族の子弟であろうとも普段通りに喋っている。本来は学校内ではそれが正しいのだし許されるのだが、最初はなかなか慣れなかったようだ。
そもそも貴族だからといって敬語を使わねばならないのがおかしいと、シウなどは思っているのだが。
特に貴族の子弟からは、遠まわしに考えたとしても恩恵に与っていない。
シウが敬語を使うのは、相手を敬う気持ちであったり年上であったり、礼儀として初対面であったりするからだ。
確かに、面倒事を避けたいから貴族相手には丁寧に喋るよう心がけてはいるけれど。
「ステルラって言うんだね。良い名前だ。メイドがね、とても評判だからと言ってよく行くそうなんだ。僕にもお土産が欲しいと言ったら、庶民の店なのでって断られてしまってね」
「ま、確かに中央地区で開店したし、客層の対象は中流の庶民だからなー」
庶民が「背伸びをしてでも食べに行きたい」がコンセプトなのだ。
給料を握りしめて食べに行く庶民街の女性も多いとか。
侯爵家のメイドならば高給取りだろうから、頻繁に行けるのだろう。
「僕も食べてみたくてね。でね」
「おい、まさか、連れていけとかって話じゃないよな?」
何故だかリグドールが対応してくれている。確か、賄賂はシウに渡ったはずなのに。
「まさか。違うよ。そうじゃなくてね」
にこにこと笑いながら、リグドールをやんわり押しのけて、押しのけたのは従者のように付き従っているヴィクトルなのだが、シウの前に立った。
「おうちにお邪魔してもいいだろうか?」
「は?」
返事をしたのはリグドールで、シウはぽかんとするだけだった。
「僕、一度でいいから友人の家にお泊り、というのをやってみたかったんだ」
「……ヴィクトルの家でやれよ」
呆れたようなリグドールのツッコミも無視して、アレストロはにこにこと続ける。
「利害関係のない友人の家って、君ぐらいしか思いつかないし。それにシウ君の家だと何か面白そうだから」
ね、と言って小首を傾げ、手を握られてしまった。
リグドールだけでなく、ヴィクトルも困ったような苦い顔をしていた。
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