453 お嬢様達と野営
呼ばれて近付いてきた女性2人を見て、フランシスカがギロッとシウを睨んだ。
シウはそれをやんわり無視してお嬢様方に状況を説明した。
「回りくどい言い方ができないのではっきり言いますね。お嬢様方の休憩時間が長い上に回数も増えてしまったため、到着が遅れるんです。それで、夜をまたぐことになるので、危険でもあるし、お嬢様方の体力も保たないでしょうから宿泊先を決めなければいけません。しかし、先に言った通り、行程にずれが生じたせいでこの先に宿泊できるような街、村でさえも存在していないんです。僕等の案としては、野営になりますが――」
「ですから、それは無理だと申し上げているではないですか!」
フランシスカが声を張り上げてシウの発言を止めた。
更に、遮るかのようにシウへ向かって続けた。
「大体あなたが午前便に来ていればこんなことにならなかったのですよ! 責任を取ってほしいのはこちらの方ですわ!」
唖然としていたら、お嬢様の方が慌てて間に入ってくれた。
「な、何を言っているの、フランシスカ。お世話になった方に対して、なんという口の利き方を。しかもお門違いも良いところよ」
「そうだわ、フランシスカ。こうなったのは、わたし達が飛竜に乗るのを恐れてお館様と共に参らなかったからなのに。このままでは夏の社交界に間に合わないからと、飛竜で来るよう言われたのもわたし達のせいよ」
2人に責め立てられて、フランシスカは泣いてしまった。
ククールスがあちゃあという顔をして額に手をやるし、操者の男達もおろおろと見ている。護衛達は端から戦力外だ。
仕方なく、シウはフェレスに視線を向けた。
「にゃぁ……」
嫌そうな顔をしていたが、シウがお願いと小声で頼むと、仕方ないなあとばかりにフランシスカに近付いて行った。
そして尻尾でぽんぽんと背中を叩き、驚いて顔を上げたフランシスカに甘えるような仕草ですり寄った。
必殺猫だましだ。
可愛い猫にすり寄られて嫌がるのは、元から猫が嫌いか体質の合わない人だけだ。幸いにしてフランシスカは飛竜の上で、フェレスをチラチラ見て興味を持っていたのを知っている。
そして、作戦は成功した。
「猫ちゃん、慰めてくれているの?」
「にゃ」
「……うっ、わぁぁぁん!!」
甲高い声で叫んで抱き着かれ、フェレスはちょっと、いやものすごく困った顔をしていたが、とにかくもこれでフランシスカは落ち着いた。彼女は置いておこう。
シウはお嬢様達に向き直った。
「で、役目以上の大役を任されてテンパっていたメイドさんは可哀想なので話し合いから外れてもらうことにして、これからのことです」
「容赦ねえな、お前……」
ククールスが何か呟いていたが、それも無視した。
なにしろもう夜の闇が迫っているのだ。
「この先に飛竜ごと降りられる宿泊に向いた場所があります。そこで、仮眠程度の休憩をとりましょう。そうとう早起きしてもらうことになりますが、王都に到着したらいくらでも休めますからね。頑張ってください」
「あ、は、はい」
「分かりました……」
ククールスがこっそり調べておいてくれた周辺の地形を、飛竜操者達にも説明して、一度乗りなおしてから移動した。
その頃にはフランシスカもかなり落ち着いていたようだった。
到着後、護衛達が野営の準備を始めようとしたのを止めた。
「慣れてるので任せてください。魔道具も持っているので。ククールスは――」
「周辺の探索と、警戒だろ? 任せろ」
ということで、残った護衛達には魔獣避けの薬玉を周辺に設置してもらうことにした。
飛竜の世話は操者に任せ、女性陣は護衛の2人に守ってもらいつつ端へ寄ってもらう。
地面を平らに均してから、魔道具で竈を作り、魔法袋からテントを取り出した。
四阿を作ってその中にテントを張ると更に安心感も増すだろう。
「女性陣はこちらへどうぞ」
あまり荷物を取り出すと魔法袋の価値が上がって不審に思われるだろうから、予備のテントは出さずに男性陣は本格的な野営とした。
それでも寝やすいように屋根付きの小屋を作り出した。
もうひとつ四阿を作り、椅子も女性の人数分作ると、自分のローブを脱いで敷いた。
「とりあえず疲れたでしょうから座って待っててください。浄化を掛けているので綺麗ですよ」
「あ、あの、でも」
「休んでいてもらうと、その方が僕も気楽なんです。護衛の方々も気を遣うでしょうし」
「あ、そうですわね。分かりました」
一番偉いと思われる女性が了解し、率先して座ってくれたおかげで、他の面々もホッとして休憩に入った。
その間に、シウは護衛達に話を聞いた。
野営経験があるかどうかだ。そして、最高でも数度という経験値しかないことが分かったので、この場を取り仕切らせてほしいと頼んだ。
むしろお願いしますということだったので、彼等の半数を護衛として残し、シウは森へ入った。
野営地にフェレスを置いてきたため、女性陣が不安がることはなかった。
森から戻ると、ククールスもちょうど戻ってきたところだった。
「魔獣は離れているな。ここへは来ないだろう。やっぱり、ここが一番良い土地だったな」
「地形選びはククールス様様だね」
「ふふん。もっと褒めてくれて良いんだぜ」
「はいはい」
軽口をたたきながら、護衛と一緒に集めた枯草などを寝床となる小屋の地面に敷いた。そこに魔法で浄化を掛け空気をはらませると、気持ちよさそうなふんわり感となった。あとは魔法袋から布を取り出して掛けるだけだ。
四隅に空気を遮断する結界の魔道具を置き、中を温めたら終わりだ。
テントにも同じことをしたが、元々中にクッション材を詰めているせいで、枯草は入れなかった。
女性陣も枯草を見てドン引きしていたので、ホッとしていたようだ。
飛竜の世話をしていた男達もやってきたので、早速晩ご飯を作り始めた。
ククールスが見回りの時に狩ってきた飛兎を手早く解体している間に、シウは魔法袋から幾つかの料理器具と調味料を使って、山菜を入れてシチューを作った。
これ以上、変わったことをしていたら彼女達も受け入れられないだろうし、ほどほどにしようと空気を読んだのだ。ククールスも同じらしく、シウに合わせてくれている。
小声で、今日は質素かあと愚痴は零していたけれど。
飛兎は焼いただけだが、肉を柔らかくする調味料に付けて特製スパイスで味付けしたせいか、女性陣も食べられたようだった。パンも柔らかくて美味しいと完食していた。
メニューはそれだけの少ない物だったが、意外と大丈夫そうだった。
その後、女性陣に浄化を掛けてあげ、ついでに≪簡易トイレ≫も渡した。これには大層喜ばれた。
彼女達は、女騎士とメイド達が交替でテントの見張りをするらしいがそこは任せておく。
男性陣からの女性への貞操を心配するより前に、ここが森の近くであるということを考慮しなくてはならないからだ。護衛達も、シウとククールスが普通に見張り交替要員になったことで安堵して、何度もお礼を言っていた。慣れない山中での見張りなど、不安でしようがないだろうから気持ちは分かる。
そうして、飛竜操者達も含めた短い夜を、交替で過ごしたのだった。
いつもの時間に目が覚めてフェレスにご飯を食べさせると、次に飛竜達へ魔獣の内臓を与えた。
それから森を見回り、食べられるものを採ってきてから朝ご飯を用意する。
簡単に食べられるようサンドイッチにした。まだ朝早いので底冷えするから、熱いスープも作った。
その匂いに惹かれて、護衛達がまず起き出した。見張りの男も戻ってきて、手早く食べる。次いで女性陣も起き出してきたようで、身ぬぐいのためにも水を用意してあげた。
女騎士は結局徹夜で起きていたらしく目の下に隈を作っていたが、シウの用意した水を見て喜んでいた。
「わたしにも、いただけますでしょうか」
「うん。さっぱりしてください」
「ありがとうございます」
礼儀正しく頭を下げて、お嬢様達の世話に戻っていた。
少々よれっとしていたお嬢様達に、浄化を掛けてあげると旅装のドレスがパリッと元に戻っていた。これにはとても喜ばれた。
「浄化魔法ってすごいんですね」
「便利ですよ。どなたか、水と光属性をお持ちの方がいたら、使えますけどね」
サンドイッチを手渡しながら教えてあげると、フランシスカがびっくりして手を挙げた。
「わたくし、持っています。でも、レベルが1と2しかないんです。魔力も18しかなくて」
と言うので、節約して使えば可能だから、後で飛竜の上で教えてあげると約束したら喜んでいた。それから昨日のことを丁寧に謝られた。
少し予定より遅れたものの、また飛竜に乗ってルシエラまでの行程を急ぐ。
約束通り、上空ではフランシスカに浄化魔法の使い方を教えてあげ、女性陣にも王都の話をしてあげたりと眠気が来ないよう腐心した。
さすがに女騎士は可哀想なので、回復魔法をかけてあげた。
そうこうしているうちに、ルシエラ王都へ近付いてきた。
ここまで来たら、そう問題もないだろう。
シウはククールスに通信魔法で連絡してみた。
「(まっすぐ行けば間に合うだろうから、ここで先に戻っていい?)」
「(おー、いいぜ。ていうか、学校好きだなあ。俺ならサボる口実にするぜ)」
げらげらと笑われてしまった。
とにかくも、ククールスとはここで一旦お別れだ。
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