501 うに




 土の日は朝早くに転移して、シャイターンのヴァルム港へ向かった。

 フェレス達はスタン爺さんに預けてきた。以前と違ってクロとブランカも置いてきたせいか、あるいは大好きなスタン爺さんと一緒だからか、フェレスが拗ねることはなかった。

 いつも通り獣人族のフリをして、一通り仕入れを終えると、顔馴染みの生海苔屋で、ある食材について聞いてみた。

「とげとげの、中に黄色の身のようなものが入った?」

「うん。食べるのは生殖巣になるんだけど」

「知らないねえ」

「このへんの港は温かいから見ないのかな」

「温かいとダメなのかい?」

「以前読んだ本では寒い海流の地域で獲れていたと思う」

「となると、カルト港に行ってみればどうだい。ここと違って夏でも冷たい海流だ。あそこも水揚げ量は多いから、あるかもしれないよ」

 教えてもらい、礼を言って別れた。

 生海苔屋では乾燥海苔を売り出しており、お米との相性も良いことから売れ行きが増えているそうだ。今回も、本当なら自分達で加工してしまいたいだろうに、ある分全ての生海苔をシウに売ってくれた。本当はお代も要らないと言われたのだが、そこはきちんとする。

「また来ておくれよ。あんたの言っていたとおり、採取し尽くさないような仕組みってのを、あたしらもよく考えたいんだ」

 海苔が売れすぎて、このままだと数年後に採取場が消えるかもと冗談めかして言うので、養殖についての可能性を示唆したのだ。意外と興味を持ってもらえたので、簡単に説明した。

 取り掛かるとしても大がかりな事業となるので、親戚一同でやっている仕事だからと、話を持ち帰るそうだ。


 ヴァルムの港を離れると、また転移してカルト港に向かった。

 ヴァルムが温泉水が流れ込む港街で明るいのに対し、カルトはその名の通り冷たい感じのする港街だ。いかにも北部の港といった様相で、夏なのに冷たい風が海から吹いている。

 建物は全体的に石造りで頑強に造られていた。

 北風が強いのでそうしておかないと保たないのだろう。

 港市場へ向かうと、そこは市場ならではの騒がしさがあった。大声が飛び交うのを聞くと、ホッとする。

 ここでは失敗しないように、一応顔役を探して最初から頼んでみることにした。

 何度か行き違いはあったものの最終的に顔役の右腕と呼ばれる男性に辿り着けた。

「買付? 仕入れたいってことか」

「はい。大量に買うので、顔役さんに話を通していた方が楽だと、ヴァルムの港で教えてもらったんです」

「そうかい。そりゃ、ご丁寧にな。よし、じゃあ、ボスは今は忙しいから俺がついていってやろう」

 最初は面倒くさそうな顔をしていた男だが、大量に買うと聞いて相好を崩した。現金な人だ。それでも案内してくれるのは助かるので丁重にお願いした。

 そして、案内を頼んだことで買い物はとてもスムーズに行うことが出来た。

 買い占めにならない程度が欲しいという願いを寸分違わず叶えてくれて、大量に買うのだからと値引き交渉もしてくれた。

「それで、うに、って言ったか? そういう変わったものは俺は知らないんだが、お前さんの師匠が読んだ本に書いてあったんだな?」

 シウが読んだと言っても信じてもらえない可能性があるので適当に師匠を作ってみて、質問してみた。

 しかし案内人も、魚を売る男達も聞いたことがないと首を捻るばかりだった。

 やがて市場の端に着き、貝類を売る店に入った。素潜り漁で獲る貝の店だったので、一縷の望みを掛けたら、当たった。

「ああ、それなら、もっと西の部族が採取していると聞いたことがある。ただ、わしらの一族では採取は厳禁なんじゃ」

「それはどうして?」

「毒を持っているからじゃよ」

 あ、毒持ちの種類か、とシウは頷いた。

「毒を持たないものもあるんだ。見た目がグロテスク、ええと異様に見えるから食べられるように思えないだろうけど」

「そうなのかい?」

 お爺さんは半信半疑で、案内人も肩を竦めていた。

「どうしても欲しいなら、潜って獲ってきてやるが」

「ほんとですか? あ、もし許してもらえるなら自分でも潜りますけど」

 その方がちゃんと探せると思って聞いてみた。お爺さんは案内人を見て、彼が頷いたのを確認してから「いいよ」と了承してくれた。

「漁業権はわしらにあるんで、お前さんが獲っても、手間代のようなものはもらうことになるんじゃが」

「もちろん。ちゃんと食べられると分かったら、買い取りもします」

「そうかい。だったら、うちの若いもんを呼ぶから、一緒に海へ行きな」

 ということでお爺さんの孫という男性に連れられて市場からは離れた入り組んだ岩場の海岸沿いまで向かった。道中は彼等の荷運び用馬車に乗せてもらったので、存外早くに着いた。


 そして、うには各種揃っていた。この岩場だけで20種類ほどが生息しており、半数が毒を持っている。

 つまり、残り半数が食べられるのだ。

 もちろん鑑定して味見して、食するのに相応しいかどうかを判定しないといけない。

「本当に、そんなもの食うのか?」

 スリザと名乗った青年は嫌そうに顔を顰めて、シウとその手にあるとげとげのうにを見つめている。ゲテモノ食いだと思っているようだ。

 魔法袋から適当に良さそうな道具類を出し、小さな金梃を使ってこじ開ける。

 すると黒いとげとげの中から赤身がかった黄色の身が出てきた。

 手ですくい、そのまま口に入れるとスリザがギョッとした顔で慌てて手を伸ばした。

「ば、ばか! 危ないぞ、毒――」

 まさか本当にすぐ食べるとは思わなかったらしい。舌で味見する程度と勘違いしたのかもしれないが、しっかり鑑定済みなのだ。

「うん、美味しい」

「えっ……。本当に大丈夫なのか? 痺れたりしていないか。猛毒のやつなら、もう死んでるところ、なんだけど」

 ぴんぴんしてるシウを見て首を傾げている。

「たまたまか? でも、中には下痢を繰り返すやつもいるんだ」

「鑑定したし大丈夫だって。念のためポーションも持っているし」

「げっ、ポーションみたいな高級品持って、毒を食うのか。金持ちの考えることはわかんねー」

 心の声がダダモレである。シウが苦笑していると、スリザは慌てて口元を抑えていた。


 その後も、シウと共にうにを大量に獲って水揚げし、毒と分かるとそれらは採取を止めたために段々と選別も楽になってきた。

 魔法も使って採取したため、大量に獲ることが出来た。

 さすがにそれを見て、スリザもシウが普通ではないと気付いたようだが「魔法使い」と名乗ったためにそんなものかと納得したようだ。

「これとこれは、最高級品だね。こっちは普段用かな。残りは美味しくないのと、若いから育つのを待つと良いよ」

「はあ」

 頭をガリガリ掻いているので、食べる気はないようだ。勿体ない。

 とりあえず、数だけ確認してもらって全部魔法袋に放り込んだ。

 また馬車に乗って市場へ戻ると、店の前でお爺さん達が待っていた。

「ちょっと遅いけど、お昼ご飯がてら味見してみます?」

 提案したら、スリザは後退っていたけれど、一族の長でもあるお爺さん、カンザと名乗った彼は男らしく頷いた。

 シウが作ったのは、うにの刺身、うに丼、そして味噌汁だ。パスタにも合うがシャイターンではほとんど食されないので出さない。

 わさびと甘めの醤油を出して、食べてみると生で食べるよりも味が引き締まって美味しい。

「とろっとして、美味しいですよ~」

「……本当に美味しそうに食うな」

 市場を案内をしてくれた男がごくっと喉を鳴らした。カンザはさっさとシウの言う通りにして食べる。

「む」

「どうした爺様! 大丈夫かっ」

 心配するスリザに返事もせず、カンザは目元を細めてほんわりと笑った。

「なんとまあ、舌触りといい、この味の濃厚さ」

「癖になるでしょう? カニ味噌に近いかも。あれもお酒好きの人なんかは好みますけど」

「おお、それなら俺も食べるぞ。ていうか、よく知っているな。通な奴だ」

 カニ味噌は食べる者が少ないようだ。

「丼もどうぞ。ごはんを敷き詰めて、焼き海苔とワサビと醤油と共に食べます」

「うむ、いただこう」

 案内人の男がごくっとまた唾を飲み込んでいた。そんなに気になるのなら食べたら良いのに、欲しいとは言い出さない。

 そしてカンザが躊躇うことなく食べるのをジッと見ている。

「うむ、うむ、これもまた、おおっ」

「爺様ー、どう美味しいのか教えてくれよ!」

「スリザも食えば良いのじゃ。タロー殿が用意してくれているのだからな」

「うっ」

 彼は悩んだ末に、シウにそっと手を出した。

「あの、俺も、食べてみたいので」

「はい。どうぞ」

 にっこり笑って用意してあげた。念のため、いざと言う時のポーションも見せてあげると喜んで食べ始めた。

 そして、一口食べて咀嚼した後は、遠慮なく次から次へと口にし始めた。

「う、うめ、うめえ! 塩の味と甘味があって、ねっとりしてて、味が濃い! うわっ、ワサビと醤油って合うなあ! それに、海苔? 焼いたのかよ、すごい、風味が、すげっ」

 スリザはカンザと違って煩い人だった。感想を言いながら必死で食べている。そのせいで口から零していたがカンザは注意しなかった。彼は味噌汁に移っている。


 やがて周囲の店からも人が出てきて、なんだなんだと取り囲み始め、空気を読まない男性達が俺達も食いたいと言い出した。

 シウが渡すと、俺も俺もと手を伸ばす。そのせいで案内人の男は乗り遅れたようだった。用意した味見のうにが全部なくなってしまって、しょんぼり肩を落としていた。

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