397 保護と貴族家の事情




 ミーティングルームで待っている間、脳内記録庫の本を読んだりして時間を潰しているとプルウィアと共に女子生徒2人が入ってきた。

「あ、こんにちは」

「……シウ君? ああ、良かった、本当だったのね」

 1人がホッとしたように体から力を抜いていた。それを聞いて、プルウィアが呆れたような声を出す。

「わたし、嘘はつかないわよ」

 怒っているわけではないようだが、チクリと言いたくなったのも分かる。彼女は自分には関係ないのに手助けをしてくれているのだから。その相手に信用してもらえなかったのは、思うところがあるだろう。

「あ、ごめんなさい」

「まあ、周り中が敵だらけみたいな感じだものね、今」

 肩を竦めてプルウィアが椅子のひとつに座った。

「バルバラさんとカンデラさん?」

「ええ、そうよ」

「今、寮で大変な目に遭ってるって聞いて、同郷人同士でなんとかしようって話し合っているんだ」

 2人が顔を見合わせた。

「助けて、くれるの?」

「うん。案があるんだけど、聞くだけ聞いてくれる? その後どうするか決めるのは2人だから」

「ええ、分かったわ」

「ありがとう」

 じゃあまずは生徒会室へ行こうと、2人を連れて行く。

 プルウィアにはお礼を言ってここで別れた。


 バルバラとカンデラはまだ疑心暗鬼のようだったけれど、シウのことは知っていたらしく、顔を見て話すうちに肩から力が抜けていっているようだった。

 聞けば、何度か騙されて危険な目に遭いかけたこともあり、どうしても気が抜けないと言う。無事だったのは偏に、疑り深く慎重に行動していたからだと教えてくれた。

「物置に閉じ込められそうになったの?」

「ええ。でもカンデラが気付いて探しに来てくれたから助かったの」

「わたし達、2人で乗り切るしかなくて無我夢中だったから」

「大変だったね」

 労うと、バルバラの方が目尻に涙を浮かべていた。

 やがて生徒会室に到着した。

 しかし、中にはティベリオという上級位の子息がいて、2人ともがっちんこっちんになっていた。

 話が下宿話に飛ぶと何故か急に、ブラード家でお世話になれるならそれでもと言い出して、ティベリオの従者の女性と目が合って笑ってしまった。

 ティベリオにやんわりと遠回しに注意され、慌てて先生の家への下宿をお受けしますと答えていたが、実際のところ行儀見習いで下宿に入れるのは下級貴族の第二子以降の女子にしたら高待遇なのだ。結果的には良かったと、2人とも喜んでいた。

 引っ越しについては、週末に生徒会からも手伝いをやるということで話がついた。

 先生へのお礼はまた同郷人全員でするから、とにかくもオルテンシアの家で落ち着くまでは頑張ってねということで話が終わった。

 長い1日だった。



 帰宅するともう晩ご飯の時間で、いつものようにリュカ達と摂ろうとしたら、スサにカスパルが呼んでいるからと主の使う食堂へ連れて行かれた。

 シウの分も用意されていたので今日はここで食べるのだなと椅子に座れば、すぐさまダンから話を聞かれた。

「シュタイバーン出身者で揉め事が起こってるんだって?」

「うん。耳が早いね。あとで報告しようと思ってたんだけど、ヒルデガルドさん絡みで揉めに揉めて大変みたい」

「うわー、そうなのかー」

 ダンが椅子に仰け反ってうんざりした声を出す。それをロランドに注意されていた。

 お行儀が悪いですよ、と。従者として付いているのだから礼儀作法を厳しく言われるのは仕方ない。ダンは慌てて姿勢を正した。

 カスパルが苦笑しつつ、じゃあ後で話し合おうかと言ったので、会話は終わり、久しぶりに彼等と一緒の晩餐を過ごした。


 食後、すぐに遊戯室へと向かい、テーブルに着くと護衛達もやってきた。

 彼等も情報として知っておかねばならないからだ。

「……というわけで、寮で孤立していたみたいだから、安全のためにも出てもらうことにしたんだ。相談したかったんだけど、今日のことだったから勝手に動いちゃった」

「事後報告があるから問題はないよ。それより、君、よくもまあ喧嘩を売れるねえ」

 カスパルが面白そうにシウを見た。どこか呆れた風でもある。

 それに対して、シウは肩を竦めた。

「売られたから買ったんだよ。大体、自分の手を汚さないという根性が気に食わない」

「おっ、シウでも怒るんだな」

「皆、そんなこと言うんだよねー。でも、怒らなきゃいけない時はちゃんと怒るよ」

「へえー」

 ダンと話していると、カスパルが顎に手をやりつつ思案気に口を開いた。

「……それにしても、彼女、迷惑ばかりかけるね」

「うん。正義感が過ぎるし、そのせいで迷惑を被っている人に対するフォローがないし。もうちょっと目配りしてほしいなあ」

「状況確認と差配の指示だな。貴族ならそれぐらい気を回せないとだめなんだけどね。もっとも、関わった人にすれば余計な迷惑になりそうだ」

「それもそうかあ」

 カスパルが人差し指で何度も顎を叩く。少しイライラしているようだ。

「クレールとは今日会ったが、強がっていて、いつものクレールだったね。ディーノの助けがあったからだろう。ようやくクレールらしくなったと笑っていたよ」

「うん。休み明け会ったとき、げっそりしていたもん」

「彼、見栄っ張りだし、弱みを見せたくなかったんだろうね。全然顔を合わさないと思ったら、弱ったところを見せたくなかったのか」

 にやりと笑った。悪い顔だ。

 これは、落ち着いたところでからかうつもりに違いない。カスパルにとっても良いライバルなのだろうなと思う。

「まあ、男子は固まっていればなんとかなるだろう。人数も多いし、クレールは本来は人をまとめられる男だからね」

 王立ロワル魔法学院の生徒会長も経験しているので、人の上に立つ勉強はしているのだとカスパルは言った。

「ディーノが補佐につくなら、問題ないだろうよ」

 カスパルがまた顎に手をやって、指をトントンとリズミカルに動かす。

「本人の資質に問題があるのなら使える右腕なり、部下を付けさせるべきなんだけど。カサンドラ公爵は一体何を考えているのやら」

「ヒルデガルドさんって結局子爵位は授爵されなかったけれど、将来的には後を継ぐんだよね?」

「廃嫡はしていないからね。よほどのことがない限りは第一子が継ぐよ。ただまあ表向きであって、シュタイバーンと言えども実質的な政治は婿が行うけれど」

「ふうん」

「あのヒルデガルド嬢の相手なんて、見付かるのかね」

「公爵家、しかも本家だから誰だってなりたいんじゃないのか」

「それにあれだけの美女だ。男なら夢を見ると思うがなあ」

 護衛達がカスパルの話の邪魔にならない程度に話していた。が、耳に入ったのだろう、カスパルが苦笑して振り返り、彼等に言った。

「そのかわり、思い込みの激しい性格で揉め事ばかりあちこちに振る舞う女と、一生を過ごすんだ。家に帰れば噛み付くように根掘り葉掘りと仕事のことへ口を出し、自分がどれだけ正義を振りかざしてきたか自慢し、夫や子供、屋敷の者へ気働きもしない女。それで気が休まるか?」

「……おおう……」

 皆、一気にげんなりした顔になった。どこかに参考になる人でもいるのか、あるいは思い当たる節でもあるのか、ズーンと落ち込む者もいる。

「いやに詳しいね」

「というようなことを、先日手に入れた古代語の小説に書いてあった。いつの世界もどこの世界でも、同じということだな」

 自信たっぷりに答えるカスパルに、護衛達が肩を落とした。

「坊ちゃん……」

「とうとう、女遊びに目覚めたのかと思いましたら」

「いや、そんな気配があったら打ち合わせの時に」

「そうだよなあ。坊ちゃん、そっち方面全然だし」

「高級娼館のお供に行ってみたいのにな」

「一度は行ってみたいよな。高級娼館」

「でも、貴族様しか相手してくれないそうだぞ、ああいうところは」

「じゃあやっぱりいつものところか。はー」

 割としっかり聞こえているのだが、アリなんだろうか。この手の会話。

 シウが賢く黙って見ていると。

「皆さま、坊ちゃまに余計な知識はお与えにならなくてもようございます」

 ロランドに注意されていた。

「坊ちゃまには、見た目でない、心優しき女性がいつか現れるでしょう。それまでにお相手様のお心がよく見えるよう、人付き合いのお勉強をされるのが一番でございます」

 皆に言い放った後、彼は主であるカスパルに向き直った。

「ということですので、坊ちゃまはもう少し、社交界へ積極的にお出になっていただきとうございます」

「……これ以上か? だが、ラトリシア国の夜会へ出ても」

「人を見る目を養うためでございます。言わば、訓練であり練習でもあるのです。しかし、お手付きはなりません。そうしたお方が必要であれば、わたくしが用意致します。よろしいですね?」

「……分かった」

 さすがブラード家の、分家になるとはいえ家令だ。しっかりしているなあと感心していたら。

「ところで、シウ様。お子様はこのようなお話をのほほんと聞いて良いものではございません。そろそろシウ様にもご説明が必要なお年頃でございましょうが、こうしたことはきちんとなさいませんと。よろしいですね?」

「……はい」

 よろしい、とひとつ頷いて、もう夜も遅いからと遊戯室を出されてしまった。とんだ藪蛇である。シウは残された面々がまだ説教されるだろうことを予想して、とっとと逃げたのだった。

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