396 創造研究科の変人先生と生徒達




 午後、授業を受けていたプルウィアを全方位探索で見つけると教室を覗いて、呼んだ。自由時間だったようで先生に断って教室から出てきてくれたから、寮でバルバラ達を探して呼んできてほしいと頼んだ。

「いいわよ、それぐらいなら」

「今度、ご馳走するね」

「……まあ、そうね。お礼してくれるというのなら、有り難く受けるわ」

 ツンと顎をあげたが、小鼻がぴくぴくしていたのでたぶん嬉しかったのだと思う。


 その後、創造研究科の教室前で授業が終わるのを待った。

 廊下でフェレスの相手をしながら遊んでいると、途中で休憩なのか出てきた生徒がいてギョッとされた。

 その生徒が報告したらしく、先生がすぐに出てきた。

「こんなところで子供が何をしているのだ? おつかいかな?」

 シウとフェレスを見て訝しそうにしたものの、すぐに笑顔となった。

「……可愛い子だ。主とはぐれたのか?」

 おー、よしよしと手を伸ばしてきた。見るからに子供好きといった態度で、目尻が下がっている。

 シウは困惑しつつ、頭を下げた。

「シウ=アクィラと申します。初年度生です。生徒会長に用事があり、失礼だとは思いましたが廊下で待たせてもらってます。お騒がせして申し訳ありません」

「……なんだ、生徒なのか。子供じゃないのか。そうかあ」

 ものすごく残念そうに言われてしまった。

「あのぅ」

「おっと、すまないね。ところで、君、何歳?」

「13歳です」

 そう言うと目を光らせた。

「子供だね!」

「あ、はい。まだ成人前ですね」

「そうか。よしよし」

 今度はスタスタと寄ってきて、本当に頭を撫でた。

「わたしはオルテンシア=ベロニウスだ。よろしくな! いやあ、わたしの子供達を思い出してしまった。これがまた憎たらしいのだ。君は可愛いが、どことなく似ている。おや、もしかしてシャイターンの出身かね?」

 面白い女性だ。シウは呆気にとられつつも素直に答えた。

「……シュタイバーンです」

「そうなのか。だがきっとシャイターンの血が入っているぞ。特にこのへんが」

 と言って、ついっとシウの鼻筋を撫でた。

「ああ、子供達に会いたい……」

 目の前で大きな溜息を吐かれてしまった。困っていると、彼女は急に姿勢を正した。

「いや、シーカーで教鞭を執ると決めたのはわたしだ。くよくよしてはいかん。そうだろう、少年」

「はあ」

「どうせ顔を合わせても憎たらしいことしか言わないのだ。まあそれも可愛いのだが」

「はあ」

「おっと、そうだ。授業中だったな。む、そういえば君は生徒会長に話があったのか。よろしい。可愛さに免じて許してやろう。ついてこい」

 男装の格好で、シウの手を取ってスタスタと教室内へ入って行く。

 生徒達はグループごとに分かれて話し合っている最中だった。自由討論の時間なのだろう。

 教室に入ると、数人がシウを見てギョッとした。目を逸らす者もいて、事情を察している人もいそうだ。

 そんな風に空気が読める生徒もいるのに、オルテンシアは無邪気なのか全く気にすることなく声を張り上げた。

「ティベリオ! お前に客だ。可愛い客だぞ。どうだ、可愛い子供だ。早く来い。待たせるな。おい、ぼけっとしてるな。さっさと来んか」

 口調は悪いが、どこか大らかに聞こえるのは彼女の性質のせいだろうか。

 少々変わっているが、安心できる空気を持っている。

 ところで、大声で呼ばれたティベリオは、先生が言うようなぼけっとした態度ではなくすぐさま駆け寄ってくれたのだが、教室の端から辿り着くまでの間に何度もぼろかすに言われていた。

「まったく、お前は足が遅い」

 言うだけ言って、話を聞くのはまずいと思ったのか、場を離れて行った。

「……面白い先生ですね」

「うん、まあ、そうだねえ」

「えと、すみません。授業が終わるまで廊下で待っているつもりだったんですが」

「いやいいよ。緊急の用事なんだね?」

「はい」

 頷くと、シウの背中に手を添えて、廊下へ連れて行った。教室の後方では彼の護衛や従者達も足音を立てずに廊下へ出る。そのへんはさすがの動きだった。


 食堂で喧嘩を売られたので買ったという話をしたら、ティベリオは唖然としてから、ふっと肩の力を抜いて笑った。

「き、君、そんなこと言ったの。あはは、いや、なんていうのか、ははは」

 笑いが止まらなかったらしくて、しばらく腹を抱えていた。その間に、アマリアも教室を出てきた。彼女も創造研究科の生徒なのだ。

「シウ殿、どうかしましたの?」

 彼女の護衛も一緒だ。目だけで挨拶して、アマリアにも事情を話した。それから女子生徒のことも相談した。

「女子生徒2人を保護したいんだけど、仮にも貴族の子女を街暮らしにするのは無理がありますよね?」

「ええ。それは、いけませんわ」

「ヒルデガルドさんに頼むとややこしいことになるので、彼女が気付く前になんとかしようと思ってるんですが、なにしろ女子のことってよく分からないものだから」

「まあ……」

 アマリアが手で口を覆って笑った。

「ブラード家には迷惑を掛けたくないしなあ」

「それこそ、ダメだと思うよ」

 ティベリオが復活してきて、シウに意見した。

「カスパル=ブラードだよね? 君の下宿先。爵位は、確か」

「ティベリオ様、ブラード家は伯爵家でございます」

 従者らしき女性が耳打ちしている。このへんが貴族ってすごいのだ。感心しつつ頷くと、ティベリオが首を横に振った。

「それなら尚更、無理だね。結婚もしていない男性の家に、妙齢の女性が泊まるなど有り得ないよ。お付きの者もいないだろう?」

「やっぱり、そうですよねー」

「下級貴族の子女なら、夢見る可能性もございます。間違いがあってはいけませんので、決してお受けしてはなりません」

 先ほどの女性が、シウに忠告してきた。そして、頭を下げて謝る。

「差し出がましいことを申しました。お許しください」

「あ、いえ。教えてくださってありがとうございます。貴族の事は分からないので、助かります。というか、女性の事も分からないんですけど」

 はあ、と溜息を吐いたら、彼女を含めアマリア達も微笑ましそうにシウを見た。

「それにしても困りましたわね。わたくしがお引き受けしても良いのですが」

「アマリア様、それはいけません」

 従者のジルダに言われて、アマリアは頬に手を当てて、はぅと溜息を吐いた。

「そうですわね。立場上、わたくしが手を差し伸べますと、後々で問題が出てきますわね」

「君、ヒルデガルド嬢からライバル扱いされているものね」

「まあ、ティベリオ様」

 困惑げに、眉を寄せた。その姿でさえ洗練されているというのか、さすが高位貴族の女性だなと思わせるものがある。

「寮が他にもあれば良いんだけどなあ」

 詮無いことを口にしてぼやいていると、背後から抱き着かれた。

「面白い話をしているな。わたしが引き取ってやっても良いぞ」

「あ、先生」

 シウに抱き着いたまま、オルテンシアが頭の上に顎を載せて喋った。

「我が屋敷に、行儀見習いとして入れてやろう。貴族の子女としては正しい在り方だろう。女性の主だから、親御殿もご安心なさるだろうしな」

「まあ、オルテンシア先生。よろしいのですか?」

「むろん」

「確かにオルテンシア先生のところであれば、問題なさそうですね。シャイターンの貴族でらっしゃいますし、行儀見習いという名目も立つ。さすが、先生です」

「褒めても何も出んぞ、ティベリオ。それにしてもお前たち、創造研究科で一体何を学んでいるのやら。もう少し頭を使え。捻りが足りん」

 先生に怒られて、ティベリオもアマリアも照れ臭そうに笑った。

「そのようですね。では、今後の事も含めて、手筈を整えましょう。シウ、君は女子生徒達と繋ぎを取れるのだね?」

「はい。クラスメイトに頼んでいます」

「では、彼女達の意見を聞いた上で、結論を出そう。生徒会室は分かるね。今日はそこに詰めているから、連れておいで。詳しくはそこで決めよう」

「はい。いろいろとありがとうございました。皆さんも、先生も、お骨折りくださってありがとうございます」

 頭を下げると、つられてオルテンシアもシウの背中に乗ってしまった。まだぐりぐりしている。

「先生、いい加減離れてあげてください。子供さんが好きなのはよく分かりましたから」

「ふん、子供の1人もおらぬお前に何が分かるか」

「拗ねないでください。ほら、授業に戻りますよ」

 先生をシウから引き剥がして、ティベリオが連れて行ってくれた。

 それにしても先生に対して意外とぞんざいなのだなと思う。アマリアも注意していないので、普段からこの状態のようだ。変わった先生だが、ティベリオも相当変わっているのかもしれない。

 シウは教室に入っていく面々に頭を下げてお礼を言って、それからミーティングルームへと戻った。

 そこで、待ち合わせている。

 あとはプルウィアが女子生徒達を連れてくるのを待つだけだった。








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誤字脱字がありましたら、近況ノートの専用スレ「誤字脱字専用」でお願いできますでしょうか。

後でまとめて修正しやすいので、大変助かります。

報告してほしい、という意味ではありません。スルーできる方はスルーで。時間があるのでいっちょ手伝ってやるか程度で、お願いします。


定期的にこのメモをくっつけて投稿します。よろしくどうぞです。



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