280 乱取りで大はしゃぎ




 体が程よく柔らかくなった頃、レイナルドから集合の合図があった。

「俺とシウ、それからフェレスにも的役をやってもらいたいんだが、構わないか?」

「いいですよ。フェレス、鬼ごっこしようって」

「にゃ!」

 尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに鳴いた。生徒たちのほとんどが笑みを見せる。

 最初、このクラスに来た時のピリピリ感が、今はない。

 もちろん、武器を扱うことからくる緊張感は残っているのだが、フェレスの姿に程よく力が抜けている気がする。

「以前使っていた風船をフェレスには付けましょうか。先生と僕はそのままでも良いですよね」

「ああ。それでいい。ただし、俺たちには保護の魔道具を付ける。生徒たちにはまだ寸止めができないだろうからな」

「あ、僕は良いです。持ってます」

「うん?」

「結界を張っていてもいいですけど」

「……防御には自信があるってことか」

「なければ受けません。フェレスにも防御魔術式を付与したものを付けさせています」

「よし。じゃあ、それで行こうか」

 生徒たちには幾つかの注意事項を伝え、乱取りが始まった。


 レイナルドはさすが盾をやるだけあって、防御は完璧だった。しかも防御専門ではない。戦術戦士科の教師だけあって、オールラウンダーだ。

「うわっ、先生、本気出しすぎです!」

 炎撃魔法を持つレイナルドは威力を弱めて攻撃もしていた。

「わはは! 俺は今、サラマンダーだ!!」

 ノリノリで、楽しそうだった。しかも、だ。

「にゃにゃにゃ、にゃにゃ!!」

 何故かフェレスも同じように調子に乗っている。訳するのは馬鹿らしいので言いはしないが、どうやら彼もサラマンダーになりきっているらしい。

「ほらほら、がら空きだぞ!」

「にゃにゃにゃー!!」

 一人と一頭が異常にハイテンションでノリノリなので、半数が諦めてか、シウに目標を変更した。

「よし、小さくてやりにくいが、ゴブリンだと思えば良いんだ! 分かったな!」

 騎士でもあるルイジがそんなことを言う。ひどい言い草なのだが、本人に悪気はない。

 声を掛けられたのは護衛のマカリオ、何故か従者なのに参加してるジェンマとイゾッタという女性たちだ。

 彼等の主であるクラリーサは女騎士のダリラに守られつつ剣を持って後衛から狙いを定めていた。前衛で気を引いて、主が止めを刺す方針のようだ。

 ジェンマは鞭を使うようでシウの足止めをしようと振るってきた。マカリオは短槍で援護だ。

 こちらは何をどうやってもいいと言われているので、魔法で攪乱していく。

 鞭など、どうともできる。風属性で旋風を起こし、狙いを外す。

「あっ、くっ」

 悔しげに顔を顰められた。

 短槍には水撃をお見舞いする。ついでに勢いよくバックステップしていたので旋風で転んでもらった。もう一人の短剣を持つ従者のイゾッタには結界を張って囲み、分かり易く周囲に氷を張らせてみた。

 パーティーとして見立てて、リーダーをやっていたルイジには電撃を当てる。ごくごく軽い麻痺だが、静電気よりもビリビリとくるせいか、仰け反って倒れていた。

「ぐわっ」

 それらを見て、ダリラが実戦さながらに剣を構えて睨みつけてきたので、悪役としてこちらから仕掛けてみた。

 二人の真上に飛んだのだ。文字通り浮遊飛行の要領で。

「な、なんてこと」

 いきなりのことだったが、ダリラは体勢を変えた。クラリーサも魔法を展開したようだった。ただし、結界を張っているシウには効かなかった。

 そもそもシウは無害化魔法のスキル持ちなので、悪意ある魔法を掛けられても通じない。

「えっ」

 精神魔法持ちなのは隠しているのか、クラリーサは心底驚いているようだった。

 落ちながら、シウは二人にまとめて捕獲網を投げた。酸など付いていない、本当にただの捕獲網だ。

 ただの捕獲網なのに、剣を構えたままの二人にはどうすることもできなかった。


 レイナルドが担当していた方はもっと悲惨なことになっていた。

 遠慮なく炎撃魔法やら、風属性魔法を使っていたからだ。

 重戦士タイプのウベルトもやられているし、ラニエロも剣を弾き飛ばされていた。

 サリオは弓でフェレスを狙っていたが尽く躱されており、最後には仲間であるはずのヴェネリオに矢が当たりそうになっていた。ヴェネリオは逃げ回っていたが、フェレスには勝てず、追い詰められていたところだったので、お互いに熱くなって周囲が見えなくなっていたのだろう。

 エドガールたちもレイナルドに反撃されて早々に倒れていた。

「だらしないぞ!」

「にゃ!」

 そうだぞ、とフェレスまで先生気分だ。

 可愛いのだがおかしくて、笑い出しそうだった。

「習ってきたことが全然役に立っていないじゃないか」

「実戦慣れしてないからじゃないですか」

「うん?」

「僕の方も、皆さん実力はあるのに、不意打ちとか引っ掛けに弱くてあっさりと終わりました。あと、手持ちのカードが少なすぎます」

 レイナルドが顎をしゃくった。続きを言え、ということだ。

 ちらと、憮然とした顔をしているルイジ達を見てから口を開いた。

「ひとつやられると、もう追い詰められている。幾つも手を持たないとダメです。剣がダメでも魔法があるし、魔力量が減った時のことも考えて余力を常に作っておかないと。魔道具を用意したり、魔石に魔力を補充しておくなど、いくらでもやれることはあります」

「つまり、あれだな。まだまだ認識が甘いと」

 シウは苦笑した。

「それに、ここは魔法学院ですよね? いくら戦術戦士科とはいえ、もう少し魔法も交えた攻撃があっても良かったのでは? 結界も張っているのだから大丈夫なのに」

 シウや建物への遠慮があったのかと思った。

「もっともだな。せめて武器に魔法を纏わせてみるところまでやってくれたら良かったんだが」

 がりがりと頭を掻いて、レイナルドは渋い顔だ。

「もうちっと、やり直しだな」

 今まで勉強してきたことを実戦でやれなくては意味がない。

「こればっかりは練習あるのみ、じゃないですか?」

「まあな……今年は合宿もやるかなあ」

「合宿ですか」

「去年は貴族出身者も多かったし親の了解が得られずにできなかったんだ。今年は近場の森でもいいから、やってみるかな」

 夏までに考えてみると、レイナルドは一人頷いていた。


 各自にどこが悪かったのかを先生が指摘している間に、シウはフェレスから風船を取り外していた。

 そこにクラリーサがやってきた。

「少し、よろしいかしら」

「はい」

 ダリラが横に、ジェンマとイゾッタが後ろで待機している。他の騎士と護衛たちはレイナルドと話をしつつ、意識だけはこちらに向けていた。

「さきほどの乱取りで、わたくしはあなたにある魔法を掛けようとしたのだけれど」

「あ、はい。そうでしたね」

「……気付いていたのね」

「防御と結界など、複数の阻害魔法を使ってますから」

「すごいのね」

 純粋に驚いているようだった。

「何を掛けようとしたのか伺っても?」

「……そうね。わたくし、固有のスキルを持っておりますの。精神魔法のレベル三なのですが、まだ練習中で」

「ああ、それで、あまり上手じゃないんですね」

 クラリーサが驚いた様子で口元に手をやった。さすが貴族の女子といえど実戦訓練の最中に扇子は持っていないようだった。

「お分かりになりますの?」

「友人に、精神魔法持ちがいるんです。全力でやると昏倒もさせられるそうですから。僕も練習がてら掛けてもらいました」

「まあ。練習に?」

「もちろん、防御や結界魔法を用いてですよ? そのまま受けちゃうと洗脳されます」

 笑うと、クラリーサも笑顔になった。

 しかしすぐに笑顔を消す。淑女としてはみだりに笑顔を振りまいてはいけないのだ。

「防御でも結界でも、魔法を掛けられた時にはどれぐらいの力かなんとなく分かります。あなたのは小さかったので」

「そうなのね」

「でも、練習すれば上手くなりますよね。羨ましいです。精神魔法は、幻惑を掛けたり、威圧も使えるでしょう? どちらも防御に最適だし、不意打ちにも使えますから」

 異性を意のままに操れる方法もあるそうだが、キアヒのとっておきはシウも詳細を聞いていない。無論、貴族家の淑女にそんなことは決して洩らせない。

 クラリーサは褒められたのが嬉しいのか、ほんのり頬を赤くした。

「わたくし、これでも剣術はそこそこできますのよ。ただ、周囲の者が守りを固めてしまうので、どうしても上達しなくて。せめて精神魔法を使えたらと思っていますの」

「良いことですね」

「ええ。今度、もしよろしければ練習相手になってくださいませんか」

「いいですよ。まだ時間ありそうだし、今からやります?」

 気楽に言うと、彼女はまた嬉しそうに笑った。今度は女騎士に指摘されるまで手で隠すことはなかった。

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