282 緊急依頼で雪山街道へ




 明日の朝、冒険者たちが集まるまでの間に取り決めておかなくてはならないことが山ほどあるそうで、アドラルは矢継ぎ早に説明を続けていた。

 先発隊と、本体を率いる者、どういった戦い方をするのかなどだ。

 黙って話を聞いていたのだが、込み入った話になるにつれ、冒険者たちの視線が痛くなってきた。

 皆、チラチラとシウを見ているのだ。

 とうとう、一人の男が手を挙げて質問した。

「ところであそこにいるチビっこいのは、どういう料簡でここに?」

 あまり良い意味合いではない。

 そのことも分かって、アドラルは小さく溜息をもらしてから、苦笑した。

「役に立つと思って職員が連れてきたようだ。実際、彼がいると助かるだろうね」

「は?」

 数人の男たちから異論のような声が出た。

 そりゃそうだろうなと、シウでも思う。普通に考えて、こんな小さい子供がどう役に立つのか、と。

 しかし、一緒に部屋に入ったルランドは違った見方をしていた。

「俺の独断で来てもらったが、役に立つことは間違いない。まず、彼は騎獣持ちで、冬山でも問題なく動ける。更には魔法袋持ちだ。物資の輸送に協力してもらえると踏んだ」

 そう言うと小声でシウに謝った。

「事後承諾になって悪い」

「いえ」

 素早くやりとりすると、ルランドはまた続けた。

「それと、単体で岩猪を狩れる実力者だ。先日から近場の森を下級冒険者に狩ってもらっていたが、彼は三つ目の森を一日かからずに一掃した腕の持ち主だ。更には二つ目の森で怪我を負った冒険者たちを援護しつつ、残りを片付けてくれた。薬師たちの護衛も別件でやってもらったが、こちらも完璧なものだった。薬草にも詳しく、ここ最近お世話になっているポーションの大半は彼の放出品だ」

 数人が思い当ったようで、あ、と声を上げていた。

「高い機動力と、山に慣れていること。これはかなり重要だと思っている。もちろん、子供に参加要請をするという情けなさはあるがね」

 見渡して、反論がないのを知ると、ルランドはその場に座った。

 シウにまた頭を下げて。

 いえいえ、いいですよとお互いにやり合っている間にアドラルの話が再開した。

 今度は誰もシウのことを見ることはなかった。


 話し合いが終わった後、どういう形で向かうかなど細かく説明された。

 今度は全員参加で円座になってのことだったから、隣り合う冒険者たちには謝られたり、災難だったなと肩を叩かれたりした。

 打ち合わせなどの計画は大人たちが立てているので、シウは黙って聞いているだけだった。

 時々、質問されたりはしたが、おおむね「できることとできないこと」について答えただけで終わった。

 たとえば、フェレスにはもう一人乗せることができるのか、などだ。

 まだ慣れていないので無理だと、そこは正直に答えておく。

 また、シウ自身が単独行には慣れているが、パーティー編成での戦い方には慣れていないことも付け加えた。大人たちも子供にルプスの相手をさせるつもりはないらしく、物資輸送をメインでやるようにと言われただけだった。

 アドラルはギルド長として、シウが魔獣スタンピードの発生地点発見および初期段階での食い止め作業をしていたことは知っていたが、そうしたことは口にしなかった。

 一人に全部を任せてしまうことへの恐ろしさを知っているのと同時に、まだ子供でもあるシウに責任全部を押し付けるつもりがないのだ。そのへんはさすがだなと思う。

 その証拠に、この部屋へ連れてきたルランドを笑いながらではあったが叱っていた。

「ただまあ、魔法袋持ちは有り難いんだよねえ」

「しかも騎獣持ちですし」

 飛べるというのはやはり便利だ。急ぎの時にこそ真価を発揮する。

 国も騎獣持ちにはもう少し優先して災害派遣するなどしてくれたら良いのにと、こっそり話し合っていた。



 翌朝、早い時間にギルドへ到着し、荷物を積み込むところから仕事を始めた。

 と言っても魔法袋に詰め込むだけだ。

 さっさとやり終えたら、担当の職員がぽかんとして口を開けていた。

 その頃になるとポツポツと冒険者たちがやってきて、緊急依頼がかかっていることを知るや、説明係の前に走っていた。

 出発は午前のうちに三つのグループに分かれて行うそうだ。それぞれ雪道の専用馬車と歩きで行くため、現地には明日到着となる。

 すでに途中までの道は付けられており、降り積もった雪を払えば良いだけなのだが、やはり時間はかかる。

 本当に、騎獣持ちはもう少しこちらへ助けを寄越してほしいものだなと思った。


 出かける段になって、ルランドがやってきた。

「一人、乗せて行ってほしいんだ。索敵にも役立つ男だから」

「軽ければ大丈夫ですよ」

「うん、それは安心してくれ」

 すぐに目当ての人を呼び、紹介してくれた。

「こちら、シウ=アクィラ君だ。十三歳だが冒険者としての腕は最低でも六級以上あるから。シウ、こっちはククールス=ノウェム」

「見ての通りエルフだ、よろしくな」

 気さくな感じで手を出された。握手だ。その手を握るとギュっと掴まれた。少しひんやりとした手だった。背ばかりがひょろっと長い優男風だが、鍛えているのが分かる。

「俺は背は高いが、軽いんだ。だからそう負担にはならないと思う」

「はい」

 それもそのはずで、彼は重力魔法を持っていた。レベル三だ。ちょっといいなと思っていたスキルなので初めて見ることができて嬉しい。このスキルは相当珍しく、空間魔法持ちよりもずっと少ないと言われている。

 だからか、彼もスキルのことは明かさなかった。

「ククールスは森にも詳しいし、こうした時の案内役に持ってこいの人物なんだ。もちろん、戦闘魔法も使える。探索も得意だから、せめてもの護衛係と思ってくれ」

「分かりました」

「というのは建前で、正直なところ、子供一人に行かせてと後で叩かれないための処置なんだ。悪いな」

 本音を語り、お互いに苦笑いした。


 フェレスには騎乗帯を付けて、ククールスは後ろに乗ってもらった。

 今回は特別措置としてギルドの前からでも騎獣に乗って良いとのことで、数人の冒険者や職員たちの見守る中出発した。飛び上がると歓声が上がったので、よっぽど騎獣は見かけないのだと思われた。

 シアーナ街道へ向かう間、シウとククールスはぽつぽつと話をした。

「もしかして、プルウィア=ノウェムさんはご親戚ですか?」

「プルウィア? ああ、同じ一族の者だね。……あの子と知り合い?」

「同じ学校の生徒です。一応同じ初年度生でクラスも同じです。選択科目が全く違うのでほとんど顔を合わせたことはありませんが」

「ああ、そうなんだ。プルウィア、こっちに来てたんだねえ。シーカーに入るとは頑張ったものだ」

 後ろで笑っているのが伝わってきた。

「そうそう、我等エルフ族というのは、同じ氏族名を名乗るんだ。プルウィアとは近しい親族関係ではないが、同じ集落に住んでいたので知ってはいるよ。お転婆な子だった」

「学校ではお淑やかですよ」

「はっはー。人間社会に揉まれたのかな? それとも猫をかぶっているのか」

 楽しげに笑い、それから乗っているフェレスに謝った。

「おっと、猫ちゃんの前でそれは失礼か。ごめんよ」

 優しく背中を撫でているようだ。

「それにしても騎獣っていいなあ。小さい頃以来だよ、乗ったの」

「小さい頃はいたんですか?」

「ああ。俺は百三十五歳なんだが、十歳頃までは集落にもいたよ。戦に駆り出されて死んでしまったのが最後かなあ。その後はこの国が騎獣狩りをしたせいで、手に入れることができなくなったんだ」

「騎獣狩り?」

「そ。卵石を強制的に取り上げるんだ。今でこそ皆は素直に提出しているけどね」

「……それって、僕がもし卵石を拾っても提出しないといけないのかな」

 そうした法律はなかったのだが、聞いてみた。

「守り切れるんなら大丈夫だろ。第一、他国の人間だろうから、ラトリシア国の暗黙のルールに従う謂れはない」

「冒険者だから流民扱いなんだけど、それでも?」

「へ? そうなのか?」

「うん」

 ククールスは少し考えて、いや大丈夫だろうと、自分を納得させるような言い方をしていた。

「問題ない。それ以前に明確な規則ではないはずだ。本来なら、俺たちエルフ族だって従う謂れはないんだ。未だに流民扱いだしな。大体ここに住んでいたのはエルフ族が先だったってのに、後から来て威張ってるんだから、どうしようもない」

 憤然として言い終えた。エルフやこの国にもいろいろ問題があるようだ。

 こうしたことは長く引きずる。先住民との関係を上手く整えないと、国としては火種を残したままとなるので、当時の施政者は手抜かりがあったのだろう。

 何事も一番最初が肝心要なのだ。

「でも、それを聞いて安心した。また卵石を拾ったらどうしようと思っていたから」

「拾う気かよ。そんな幸運、一生に一度で良いだろうに」

「できれば幾つも欲しいぐらいだよ。どんな子でも出てきたら可愛いだろうなあ」

「にゃ……」

 不満そうな声が聞こえてきて、シウは笑った。

「大丈夫だよ、フェレス。一番はフェレスだからね!」

「にゃん!」

 だったらいい、と可愛い返事だ。

「フェレスが世界で一番可愛いからねー」

「にゃにゃーん」

 嬉しくて、くねくねしてしまった。そのせいで、ククールスが慌てて、落ちる落ちると騎乗帯から伸びる安全帯を掴んで騒いでいた。

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