284 吹雪を起こす大型魔獣
各簡易建物に結界を張った後、二手に分かれて索敵を始めた。
シウは全方位探索の強化版を使って、調べ始める。フェレスは雪山が楽しいらしく、ふわふわ飛んでは雪に突撃するという遊びをしながらついて来ていた。
シウはフェレスには乗っていない。板を使った飛行の練習も兼ねていたので、そのへんに朽ちて倒れていた木を魔法で削り、スケボーのような形にして乗ってみたのだ。
案外うまくいくもので、最初はよろめいたものの乗れるようになった。ただ、フェレスと競争になってスピードを上げたところ、方向転換する際に足が滑って板から落ちてしまった。高い場所を飛んでいなくて良かったと思いながら雪に突っ込んだのだが、フェレスは遊んでいると思ったらしくシウの真横に同じような勢いで突っ込んできた。
「ぶはっ、フェレス! 雪がこっちまで飛んできたよー。埋もれて息ができなくなったらどうするんだよ」
「にゃにゃ!」
笑顔で楽しく、なにが、と答えられてしまった。シウも本気で怒っていないので、意味が伝わらなかったようだ。
「いいけどさあ。さてと、さっきの板、どこに行ったっけ」
「にゃーん」
とってきてあげる、と飛んで行ってしまった。
すぐに戻ってきて口に咥えていた板を渡してくれた。
板には踏ん張りが利くよう、足止めを継ぎ足した。木材は適当に空間庫から取り出して、簡単にくっつけてしまう。
それから、また板に乗ると、フェレスの目が輝いた。
「競争じゃないよ。索敵、周辺の魔獣を探してるの」
「にゃー」
なーんだと、つまらなさそうな顔をされてしまった。シウは苦笑して、
「じゃあ、どっちが大きい魔獣を先に見付けるか、競争する?」
と提案したら、尻尾が高速で振られた。
やはりフェレスを焚き付けるのは簡単なようだった。
飛行板の造りを考えつつ、探知魔法を掛けていると、ある存在に気付いた。
気になったので、探索をそちらに集中させると、離れてはいるがニクスルプスらしき群れの向こうに大きな存在を感じた。更に離れた場所、アイスベルク山脈に近い場所でも大型の魔獣を見付けた。そちらは遠いので、今は問題ないだろう。
問題は手前の魔獣だ。
ニクスルプスは後から来る冒険者たちや宮廷魔術師がなんとかするだろうし、シウも手柄を横取りする気はないので放っておく気だったが、この魔獣はそうもいかない。
視覚転移すると、ヒエムスグランデルプスという狼型魔獣だというのが分かった。しかも、つがいだ。雪魔法を得意とする魔獣で冬山に生息すると聞いていたが、前世で言うところのイエティのようなもので存在を否定されていた。それぐらい奥深い山に住んでおり、人が入れるような場所では見かけない。
魔獣の生態本でも想像図ばかりであった。そのうちの一冊の絵は、間違ってなかったことがこれで証明されたわけだ。
シウはフェレスを呼んで、一緒に転移した。
吹雪のような雪を起こす魔獣、ということでヒエムスグランデルプスと名付けられたそれは雌が七メートルほどで、雄は十メートルもある巨体だった。
ざっと見た感じは狼型なのだが、もはや「あくまでも狼型」であって、その体を成していなかった。毛皮の毛の一本一本が針鼠のように尖っており、背中はぼこぼこと波打っている。まるで恐竜に毛が生えたかのような姿だ。これを毛といって良いのなら、だが。
デルフ国の古書店で見付けた、古代語で書かれた薬辞典ではヒエムスグランデルプスの内臓が貴重な薬になると書いてあった。ただし肉は不味く、どうしようもないということだ。牙や皮は使えるそうだが、売り物になるかは甚だ不明だ。
とりあえず、敵意があれば倒そうと思って目の前に現れたのだが、魔獣というのはどうしたって敵意を持たずには要られない生き物なのかもしれない。
シウを見付けた途端に襲ってきた。
フェレスとそれぞれで躱しながら、チラと雌を見ると、足元にニクスルプスらしき魔獣の残骸があった。
ヒエムスグランデルプスの通ってきた道は木が薙ぎ倒されて雪は押し固められていたが、そこには点々と魔獣の残骸が落ちている。
ニクスルプスは追われて来たのだろうということが分かった。
このままではやはり人間の生息地にまで辿り着きそうだ。
山脈で餌が足りなくなったのか、それは分からないが、方向性を間違えられたら困る。
言葉も通じない相手なので、恨みはないが倒すことにした。
素早く行おうと思って魔核を転移させようとしたのだが、これは阻害されてしまった。
ジャミングもかかっているようで、高等魔法のスキル持ちだと分かっていたが使いこなしていることに驚いた。
知能はあるのだろうかと思ったが、話し合いに応じてくれる気配もない。
本能で使えるのだとしたらすごいことだ。
暫く氷の刃などを繰り出してくる相手を交わしつつ、倒す方法を考えてみた。
内臓を傷つけたくないので、どうやったらいいかなと考えつつ、ふと重力魔法のことが過ぎった。
重い刀が振り下ろされたら、これだけ巨大な相手でも物理的に倒れるだろう。ただし気付かれれば逃げられる。巨体の割にフットワークは軽いのだ。
見付からないように重たい刀を、と考えてあることに気付いた。
「なんだ、簡単だった」
以前も考えたことのある方法だ。
シウはフェレスに、少しの間ひとりで気を引いておけるか聞いてみた。
「にゃ!」
まかせて、と頼もしい返事だったので、苦笑しつつ頼んだ。
その間に、気持ちを邪魔されないためにも少し上空へ転移し、そこで久々に空間壁を作って立つ。そこで遙か彼方の上空を見上げた。視覚転移をして、高高度で氷の刃を発生させる。そのまま落下に任せて形を整えて行った。ぐんぐん勢いよく落ちてくる氷の刃を一度空間庫に入れた。同じものを念のため幾つか用意して、空間庫に入れてしまうと、今度は真下を見下ろす。
フェレスが相手に止めを刺せない代わりに、細かい動きで翻弄していた。猫型騎獣は狭い場所での動きが得意なので方向転換も上手い。
とはいえ、相手は魔法も魔力も高い。雪が舞う勢いもひどくなってきた。
決定打の何かを撃とうとしているに違いなく、シウはフェレスに離れるよう指示した。
「後ろの岩場へ隠れて!」
「にゃん」
くるんと後方宙返りのようになって、方向転換すると岩場に一目散へと隠れた。
追いかけようとするヒエムスグランデルプスの首の真上で、空間庫に入れた氷の刃を落とす。
勢いの付いたそれが、突然真上に現れてもヒエムスグランデルプスはどうすることもできなかった。
ザンッと大きな音を立てて首が落ちた。
雌が驚いて慌てて翻ったが、そこにも同じく氷の刃を落とした。
あっという間に決着が付いた。
「よし」
けれど、もう少しスマートにやれたんじゃないかと、改めて自分の攻撃力のなさや考え足らずに落ち込んだ。
フェレスを呼びつつ、シウは地面に降り立ったが、小山を前にすると溜息しか出てこなかった。
素早く解体を済ませると、各部位に分けて空間庫へ放り込む。肉は不味いというが、何かに使えるかもしれず、第一この現場に魔獣の死骸を置いておけない。燃やすとククールスにばれそうだし、空間庫へ入れるのが証拠隠滅には一番だ。
そうして片付けてしまうと、今度は荒らされた地面を適当に魔法で隠した。
討伐隊がここまで入ってくるとは思えないが、念のためだ。
片付けが終わると、シウはフェレスに乗って宿営地まで戻った。
ニクスルプスの群れは騒ぎに気付いたのか、シウが探索した方面にはもういなかった。
四阿に戻って休んでいると、ククールスも戻ってきた。
「なあ、少し前なんだが、地震なかったか?」
「え、気付かなかったけど」
「そっか。気のせいかな。それとも遠くで雪崩でも起きたのかな? 雪崩って感じじゃなかったんだが。俺も勘が鈍ったかなあ。最近街中で楽してたし」
そこまで説明されてようやく、ヒエムスグランデルプスを倒した時の地響きだろうかと気付いた。
耳の良いことだ。エルフは元々身体能力も高く感覚も研ぎ澄まされているが、それにしても、全方位探索よりも遙かに遠く離れていたのにその片鱗を嗅ぎ取れるとはすごい。賞賛に値するのだが、詳しい説明はできなかった。
今回はばれすに済んだが、いつどこでバレるかもしれず、もうちょっと慎重にやろうと心に決めた。
そのためにも攻撃方法の手数を増やさねばならないし、スマートに倒す方法も模索する必要があった。魔法を妨害する相手への対応もだ。
自分自身が無害化魔法を持っているのに、なぜそこに思い至らなかったのか。
一人反省会で時間は過ぎて行った。
晩ご飯を終えると、交替で夜を過ごすことになった。
待避所には四隅の柱と中央に柱があるだけで、屋根付きというだけの簡易なものだったから、その中にテントを張った。
本当は小屋を取り出せるのだが、いくら仲良くなった相手とはいえ出せない。
その為テントを張ったのだが、それでさえも驚かれた。
ククールスは本体が到着するまで寝ずの番の予定だったらしい。荷物が少ないとは思ったのだ。
ところで、ククールスが索敵したところ、雪崩を起こした北よりに二つの群れを発見したとのことだった。
数えられるほど近付けなかったので断言できないがと前置きして、
「ひとつは百匹前後だと思うが、残りが二百匹を超えるかもしれない」
と深刻そうに言われた。
シウが見付けていたグループは五十匹ほどだから、群れの単位としては少ない方だったのか、あるいはヒエムスグランデルプスに襲われたか、だろう。
あの食い散らかした跡を見ると、後者のような気がする。
「討伐隊の本隊が来てからだな。明日の昼には到着してくれると助かるんだが」
「第一陣は朝には来るんでしょう?」
「斥候ぐらいだろう、それほど速いのは。歩きも多いし、もっと遅いと判断した方がいいな」
とにかく、寝ようと促されて、シウは早々に寝袋へ入り込んだ。その横に寄り添うような格好でフェレスも寝たのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます