291 差別
翌朝、学校へ行く時間になって、リュカのことをどうするか悩んだ。
また一人置いていくのも可哀想だが、連れて入るには従者などの届け出をしないとならないが、体力も戻っていないので歩かせるわけにもいかない。
寝ていてもらうしかないのだがと逡巡していたら、本人がお留守番してると言い出した。スサにも言い含められていたのか、
「お勉強するの、大事だから。僕を助けてくれたのも、お勉強してたから、だよね?」
そんな健気なことを言って、ちゃんと待ってる、と言い切った。
「うん、そうだね。しっかり休んでおくことが今のリュカの仕事だもんね」
「うん!」
よしよしと頭を撫でてあげると、ベッドの上にフェレスが頭を乗せてきた。
撫でて、という意味らしい。
「はいはい。いつまでも甘えん坊だねー。よしよし」
「にゃん」
いいんだもん、と目を瞑ってしまった。尻尾がゆーらゆらと揺れており、リュカと顔を見合わせて笑った。
朝一番、研究棟へ向かうとミルトたちがすでに来ていた。
聞きたいことがあったので早速彼等に近寄った。
「おはよう、ミルト。クラフトも」
「ああ、おはよう」
「あのね、教えてほしいことがあるんだけど」
「なに?」
だらんと机に寄りかかって、問い返してきたミルトに、シウはリュカの事を話した。
「この間、孤児になった子を拾ってきたんだけど」
「拾ってくるなよ」
お前ねえ、と呆れたような顔をされた。
「捨ててこいとは言わないけど、養護施設なり、あるだろうに」
「ていうか、誘拐?」
クラフトがぼそりと嫌なことを言った。
「誘拐じゃないよ。ひどい」
二人は肩を竦めて笑った。
「ちゃんとギルドにも話を通してる。父親が獣人で奴隷だったらしいんだけど、雪崩に巻き込まれて死んだんだ」
「……獣人で奴隷?」
ミルトがのっそりと起き上がった。クラフトも顔付きが変わった。
「うん。詳細は分からないんだけど、とにかく奴隷になってて、雪崩が起きた街道の整備を請け負っていたらしいんだよ」
「……その子は今、どこに?」
「僕が面倒見てるけど、聞きたいのは獣人のハーフについてなんだ」
ミルトの耳がピクッと動いた。
「その子、獣人の父親と人間の母親との間にできた子らしいんだ。話を聞いたら、この国ではそうしたハーフは苛めの対象になるし、養護施設でも引き取ってもらえないらしいんだ。だから、僕が引き取ることにしたんだけど」
「それを何故、俺に話すんだ?」
警戒しているのか、耳がぴぴぴと細かく動いている。クラフトも動きはしないが視線が強い。
シウは敢えて、肩を竦めてみせた。
「獣人族でも同じなのかなーと思ったんだ。冒険者の人たちはそう言うんだけど、本当に? どうしてハーフってだけで差別の対象になるんだろうと、不思議なんだ」
「純血種じゃないからだ」
「変なの。同じ人間なのに」
「同じ人間ではない。ハーフだからな」
「種族で言えばそうかもしれないけど。同じ、思考能力のある理性を持った生物として、特にどちらがどうと差別される謂れはないと思うんだけどね」
「……ハーフエルフだって差別されるだろう? あれと同じだ」
「まあ、人族でも、貴族だからって偉そうにして庶民を差別するものね。あれも血統の関係と言えるのかな。血なんて関係ないのにね」
二人が目を光らせた。そんなに怒らないでほしい。
シウは苦笑して、首を傾げた。
「僕は孤児だからね。そうした考えのもとに育てられてないから、どうとでも言えるんだよ。気に障ったならごめんね」
「……お前は、差別しないのかよ」
「貴賤や種族ではしないと思う。区別はするかなあ。ただ――」
ひどい火傷を負った愁太郎に対して、石を投げたり、言葉の刃をぶつけてきた人のことを、嫌いでないなどとは言えない。それに。
「戦争を引き起こした張本人が、のうのうと生きて享楽を得ているのは許せないし、他者を虐げている者のことは助けようと思わないね」
「……っ!!」
二人が少し身を引いた。
気持ちが篭りすぎたのかもしれない。慌てて取り繕った。
「人はいくらでも他者に鈍感になっていくからね。自戒を込めてるんだ。差別しないようにって。でも区別はしてるよ」
「……区別って、なんだよ」
「僕、角とか尻尾とか好きなんだ」
「……やっぱり、変態だ。お前、ずっと俺のこと見てただろっ」
「俺たちは獣人族だが、獣じゃないぞ? 一緒にしてるだろ?」
「えー。獣は獣だよ。君らの素敵なところって、人間なのに耳がふさふさなことだよ。尻尾まであるなんて、羨ましい」
「お、お前、尻尾が欲しかったのか!」
「変態だ、変態がいるぞ」
ギャーと騒ぎになって、話は唐突に終わってしまった。
しかし、ギクシャクした雰囲気は消えたので良しとしよう。
それにしても変態と言われるなんて、驚きだった。
多少、尻尾に思い入れがあるとはいえ、無断で触ったりはしないのに。
もちろん、リュカの耳や尻尾にも触れていない。触ったりしたらセクハラではないか。
まあそれも、目一杯触れるフェレスが傍にいるからこそなのだが、そのことにシウは気付いていなかった。
昼休みに一度屋敷へ顔を出し、リュカの様子を見てからまた学校へ戻った。
魔獣魔物生態研究科の授業を受けて、自由時間になってからシウは教師のバルトロメに質問した。
「授業と関係ないんですけど」
「うん、なんだい?」
「先生の家系には狩人の血が入ってるんですよね?」
「そうだよ。それがどうかした?」
「僕、獣人族と人族のハーフの孤児を拾ったんですけど」
「拾ったの!?」
同じところで驚かれてしまったが、話が進まないので無視して続けた。
「この国ではハーフは忌み嫌われていると聞きました。で、養護施設に預けるのも可哀想だし、引き取ったんですけど」
「引き取ったんだ……」
「先生もハーフの子孫というか」
「ああ、そういうことを聞きたいのか」
「不思議なんです。午前の授業で、獣人族のクラスメイトがいたから聞いたら、純血種じゃないからだって言われて」
「うーん。ただ、僕のところは、狩人といっても人族だったからね。それでも口さがない人たちからはいろいろ言われたようだけど」
言葉を濁していたが、相当なことがあったようだ。顔色がくるくると変わっていた。
「僕はフェデラルに留学したことがあるんだけど、あちらは全くと言っていいほど人種差別はなかったね。そりゃあもうビックリしたものさ。で、ビックリしている自分にもビックリだ。僕は割とそうしたことは気にしていないと思っていたのに、ね。なにしろ狩人の血が入っていると、散々言われてきたんだから」
「そっか。それはありますね。僕も時々、傲慢な考え方になってるな、って思うことがあるし」
「……君はまた子供らしからぬ発言をするねえ」
「こういうところも、可愛くないんですよね、僕は」
客観的に見て、そう思うのだから間違いないだろう。大人のような発言をしている子供はちょっとどうかと思う。
「……君にも悩みがあるんだねえ」
「そりゃあ、あります」
「子供らしからぬ悩みだけどね」
「でも、子供でも意外といろいろ考えますよ」
バルトロメは目玉をぐるりと動かして、それから、そうだねと頷いた。
「僕も子供の頃はあれこれと考えたよ。おませだったねえ」
「……とすると、僕は将来先生みたいになるんでしょうか」
「君、今何か失礼なこと考えなかった?」
いえ、と首を振ったものの、バルトロメには頭をぐりぐりと絞められてしまった。
「いたいいたい」
じゃれていたら、遊んでいると思ったらしいフェレスが飛んできて混ざってしまった。
「にゃ、にゃにゃ!」
ふぇれもー! と大騒ぎだ。
その後は授業にならず、他の希少獣たちも混ざって滅茶苦茶になってしまった。
アロンソからは先生もろとも、白い目で見られてしまったシウである。
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