第219話 冒険者の先輩

「俺は最後の王として、この地で死ぬつもりだったんだがな……」

髪をガシガシと乱暴にかき回すカーン。


「生憎俺は、死に花を咲かせる系の話とは縁遠い人生を送って来たもんでな。ベイリスもいるし、『王の枝』にも生きることを望まれてたんだから諦めろ」


 何となくカーンが長い生に飽いて、自分ごと終わりにしたいと望んでいる気配は感じた。そばにいるベイリスも納得している風だった。だから途中までは何も考えず、カーンがどうなろうと燃やす気満々だったんだけど。


 でもシャヒラは違った。枝を見て、望みがあると思ったのもあるけど、俺の心変わりはそのせいだ。


「一千年以上引きこもってるんだろ? ここ以外の世界を見て回るのもいいし、この地が好きなら長くかかるだろうけど、元に戻すために何かしてもいい。そして、生きるのに飽きたら消えたらいい」

楽しいぞ、あちこちコンコンガサガサして歩くの。おすすめ、おすすめ。


「それがお前の望みか?」

「まあそうだな、最後くらい自由にしたらどうだ?」

自分だけ満足して消えるんじゃなくって、ちゃんとはたから見ても幸せになってからお願いします。


「承知した」

重々しく頷くカーン。もっと軽くていいと思います。


「私はベイリスよ」

「うん。もう名乗ってもらってるぞ?」


「名を呼び返すことが作法だろう」

「ベイリスって?」

カーンに言われて聞き返す。昔の国の、しかも異世界の作法って、俺には謎すぎるんだけど。


「――って、魔力が持っていかれたんだが?」

「私はそこそこ大きな精霊だもの。最初だけはどうしても、ね?」

いや待て。


「ね、って言われても困るんだが。カーンと契約してるだろう?」

何がどうして俺と契約なんだ?


「私は今、カーンの眷属ね。そしてカーンは貴方と契約したのだもの、私も契約するわ」


「?」

イマイチ理解できず、首を傾げてリシュをもふもふする俺。すごく心が落ち着く。


「お前……。分かっておらんな? 今、俺はお前の『王の枝』だ」

「何で枝?」

嫌だぞ、こんな俺よりでかい人型の枝は。


「王たる俺が消える前に、お前がシャヒラに名付け直したからだろう。信じられぬことに契約の上書きが起こった」

「直後にカーンと同化しちゃったから、今は実質カーンが『王の枝』で、貴方が契約者」

苦い顔のカーンと楽しそうなベイリス。


「困るんですけど」

「もうすでに終わっている。俺はこの件について、困惑するのは昨日一晩で済ませた」

カーン、心の整理つけるの早すぎないか?


「俺がなんかしないとカーンが消えちゃうのか?」

「弱体と変質も起こっている。俺が望むか、お前がシャヒラに命じた俺の延命を解かぬ限り消えんわ」

「魔物なのか聖獣なのか分からない存在よね〜」

答えるカーンの腕にベイリスがそう言って抱きつく。


 おのれ、いちゃいちゃしおって! 丸い胸が腕にくっついてるというのに、カーンは涼しい顔。


「これからどうするんだ?」

「世界を見に行く」


 コンコン棒贈ろうか?


「それですまんが、やると言ったこの宝物から一つ残してもらってもいいだろうか?」

「いいぞ。というか、ここを復興するならちょっとだけもらって後は残してくぞ」

「いいや、一度言い出したことだ。それに人もおらん、やるとしてもだいぶ先だ」


 カーンが望んだものは転送円と転送クリスタルのセットだった。転送円は名の通り、丸いプレートの上に乗るとついになった転送円に出られるものだそうだ。


 大きなものがこの神殿にあって、それとついなのだ。クリスタルは転送の際に使う消耗品。ベイリスは砂漠の精霊なので、長く――十年単位だが――ここから離れていられないため、連れて行くなら定期的に戻る必要がある。


 カーンの時代でももう作れる人は残っておらず、失われた技術だ。知識はあっても世界の精霊のバランスが大きく変わっていて作るの無理なんだって。見せてもらったけれど、分からないところが多い。


 転送円を置いた拠点から周囲を見て回り、飽いたら拠点を移すということを繰り返すつもりだそうだ。


 とりあえず俺の知ってる今の話を聞かせ、都合のいい身分は冒険者だろうということになった。一応身分証はソレイユの名前で発行したものを持たせた。


 そういうわけでカヌムだ。


 ディノッソと執事とレッツェに助けを求めた。俺じゃこの世界を説明するのはどう考えても不適格だから。


 カードゲームをする部屋でカーンを引き合わせたら、ディノッソはこれ以上ないほど警戒し、執事は気配を消した。


「お前は……」

二人の様子を見てレッツェが俺に呆れた視線をよこした。


「カーンだ、よろしく頼む」

そんな様子の三人を気にすることもなく、ニヤリと笑って名乗るカーン。


「首の後ろがゾクゾクしやがる。あんた何者だ?」

ディノッソの声が緊張している。


ジーンそれの『王の枝』だ」

対するカーンはあっさりと言い放ち、くつろいだ様子で酒を口にする。


 【転移】で連れてきた直後は、部屋の中をあちこち見て回り、皿やらカップまで手にとってしげしげと眺め、落ち着かないことこの上なかったのだが。


「『王の枝』ってエクス棒か?」

レッツェがエクス棒を見る。


「オレとは別の枝だぜ! さすがにオレがおっさんになるんは早いだろ!」

元気よく答えるエクス棒。


 リシュは人が多いところは好かないので、家に送ってきた。カーンのそばにはベイリスがいるのだが、砂漠から離れたせいか少女の姿になっている。


 カーンのロリコン疑惑がこう、ね?

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