第456話 下準備

「黒精霊抜きをとりあえず」

昨日の晩、白色雁で練習して来ました。


 でかいけど手順は同じはず。黒い『細かいの』がぞわぞわとドラゴンの体から抜けて、俺の方に寄ってくる。正しいやり方かどうかわからないけど、抜けることは抜ける。


「……ちょっと」

ハウロンの引いた声。


 よし、確実に間違ってる!


「反応に困りますな」

呟く執事。


「よくわかんねぇけど、気のせいか力技、力技で抜いてない!?」

ディノッソは混乱している。


「……細かすぎて意思なき精霊は、意識的に何かをさせるのは困難なのよ。……困難なはずなのよ」

ハウロンが小声で呟き続けている。


「美しいが、同時に禍々しい。ジーン、不調はないのかね?」

アッシュの眉間の皺が深くなってる気配がする。


「まったく平気」

ドラゴンの肉体に留まっていた黒い『細かいの』に名付けて、イメージを与えてまとまるようにした。


 『細かいの』は精霊の一番小さいの。すぐ生まれてすぐ消えるけど、条件が良ければ、消えずに集まって小さな精霊になる。精霊の力の残滓というか千切れたものでもあるし、生命が生まれたり活動する時に生まれるものでもある。いや、生命に限らず、だな。風が吹いても生まれる。


 意思もなく、【収納】に入れられるくらい細かいけれど、これだけ集まればそれなりの大きさの精霊が生まれる。


 当然ブラックドラゴンくんの姿ですよ! ふはははは! みんなには玉にみえてるかもだけど!


「今、精霊が産まれなかった? いえ、気のせいよね?」

まだ解体を始めてないのにぐったりしてるハウロン。


「ジーン様のそばに見えますな……」

「確認を言葉にするのやめて……」

執事に向かって力なく言うハウロン。


「結果的に俺の動かせる精霊も不穏になるのだが……」

カーンが困惑している。


「何をしてんだ?」

「精霊関係なのだよね?」

「範囲外ですのでハウロン殿に説明を頼んでください。私は全力で見ないふりをいたします」

見えない組のディーンとクリスが執事に小声で説明を受けている。小声なのと風でうまく聞こえないけど。


 あ、今度はハウロンに確認してる。二重確認はミスを減らすけど、聞いた人が側にいる場合、同じことを別な人に聞くの心証悪くない?


「アタシに聞かないで!」

ほら、怒られた。


 でも結局説明するのがハウロン。大賢者、わからないままにしておけない。


「お。よし、抜け切った!」

ドラゴンの体に精霊の気配なーし!


 実際のところはちょっとだけあるけど、普通の豚くんとかの肉にもある程度。要するに自然な量だ。


「って、どこ縛ればいい感じに吊るせると思う? やっぱり足? 尻尾は滑りそうなんだけど」

猪とか熊とかと違って、立派なぶっとい尻尾がこう、どうしたら?


「足を絡めて尻尾を縛るしかねぇんじゃねぇ?」

ディーン。


「そんなに長い縄、持ってきてない」

縄と鎖を用意したんだけど、一巻きじゃ重さで切そうだし、長さが足りない。


「血も精霊を抜くみたいにはいかないのかい?」

クリス。


「あ。できる、できる」

巨木から水分を吸い取った方法でいこう。


 あれは吸った側から大気中に水分を飛ばしちゃったけど、今回は集める方向で。それに量も量だし。


「血抜きのために頭を落とすけど、どの辺切ればいい?」

「この巨体、どうやって切るんだよ」

ディーンがドラゴンの首を見て言う。


 全体的にずんぐりしてるので、首がぶっといし、頭もでかい。蛇とかトカゲの鱗と、亀の甲羅は同じもの。このドラゴンも鱗じゃなくって、装甲のような硬いパーツで覆われている。


「ジーンが持ってきた資料によると、この膨らんでるところは火袋。ここは避けて、その上だろうな」

レッツェがドラゴンの喉を触って確認。


 火袋って言ってるけど、ドラゴンの種類によっては毒袋だったりもする。ないのもいるけど。


「よし」

周囲の精霊に頼んで、準備完了。久しぶりに『斬全剣』の出番。


「てい!」

【収納】から出して、そのまま鞘を払いスパッと切り落とす。


 ドラゴンの首から流れる血は、重力に逆らって地面に落ちず、風船がふくらむみたいに丸く。よしよし、予定通り。


 水と同じように【収納】しつつ、巨木の水分を抜いた時の手順を精霊に頼む。巨木を乾燥させるのを手伝ってくれた精霊や、湖に入る時に手伝ってくれた精霊も周囲にいる。名前をつけてるから、俺が近くに来たのがわかって集まって来てるんだな。


 あ、しまった。アウロに気配を感じさせない方法をハウロンに聞こうと思ってたんだった。完全に忘れてた。


「専用の精霊剣持ち。太刀筋もいい――?」

「――ジーンって、剣も使えたの?」

カーンとハウロン。


「そういえば、魔法の練習と、精霊関係での力の行使ばかりでございましたな……」

「剣は割と普通――いや、強いが。大技は使わねぇし、戦い方は安定してるぞ」

執事とディノッソ。


「なんでそっちは普通なのよ! レッツェが教えたの!?」

「ぶっ!」

キレ気味のハウロンの叫びにレッツェが噴き出した。


 俺の剣の師匠はヴァンだし、イメージは時代劇ですよ……っ! 

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