第455話 大きい?

 解体計画を立てた翌日の朝。カヌムの俺の家に人が集まる。


「お招きありがとう」

にこやか……ではないけど、少しそわそわしている気配のアッシュと挨拶。後ろで執事は遠い目。


 夕べ相談したメンツにディノッソ、シヴァ、執事、アッシュ。本日、子供たちは子供同士の付き合いでお休み。 


 ティナたちは冒険者に進む方向なんで、割と時間の自由があるけど、この世界の子供たちは物心ついた時にはすでに働き手。忙しい時間帯だけとか、少なめに振られた仕事が終わるまでとか、さすがにゆるい働き方だけど、まる1日自由にできる日というのは珍しい。


 友だちが、今日その1日おやすみな日だそうで、1日遊び倒すそうだ。珍しいものより、美味しいものより、友達と遊ぶ方を取るってなんかいいよな。


 ディノッソかシヴァがそばに居ないのはちょっと心配だけど、カヌムの町からは出ないそうなんで、大丈夫だろう。町に施した仕掛けのお陰で、少なくとも俺が駆けつける時間くらいはあるはず。


「大人数だな? 獲物を解体して、肉パーティーだって聞いたが……」

ディノッソとその隣で微笑むシヴァ。


 ディノッソの視線が笑顔のディーン、クリスの顔を通りすぎ、ハウロンで止まる。


「捕獲されたのね……」

ハウロンがゆっくり顔を逸らす。


「って、おい! 言い方! 不穏なんだけど!?」

「ふふ、今日は北の大地だって聞いたから、暖かい格好をしてきたけれど、解体作業には動きづらいかしら? 着替えも持ってきたから汚れても大丈夫だけれど」

そう言うシヴァは、珍しくズボン。


 手には荷物の入った大きめの袋を抱えているけど、軽そうなんでそれが着替えなのだろう。


「え? 北の大地!?」

今度は隣のシヴァを見るディノッソ。


「お誘いありがとう、ジーン」

微笑むシヴァ。


 ディノッソを誘う前に、シヴァにはちゃんと説明してある。確実に汚れるから、準備をしないと大変だろうしね。


「よし、じゃあ出発〜」

「え、ちょ……っ! 寒ッ!」

【転移】でさくっと北の大地へ。


「気温が低いのは肉の解体にちょうどいいかなって」

砂漠は広いけど暑いから避けた。


「おおおお? 広い! あの黒いのは海か?」

ディーンが崖の端に立って、遠く見える黒い海にはしゃいでいる。


「黒山をここまでそばで見るのは初めてだよ……!」

クリスは迫ってくるような黒山の威容に感激中。


「爽快な眺めだな」

アッシュも崖の縁派。


 アッシュの一つに結んだ髪が風に靡いて、ちょっとどきどきする俺がいる。クリスとディーンは重いから平気だろうけど、飛ばされない? 大丈夫?


「……」

レッツェは黙って周囲を眺め、地面を観察し、難しい顔してる。


 黒山が近くに見える海に近い谷の上。北の大地も黒山も端っこは多分フィヨルドなんだよね。入り組んだ谷がいっぱいあって、それは海から少し遠いところにもある。昔はこの辺りも氷だったのかな?


「とりあえず変なものが来たら教えてくれるように頼んでおくから、警戒とかは大丈夫です」

「何に頼むかは聞かないでおくわ……。さすがにわかるようになったし」

ハウロンは朝からぐったりしている。低血圧かな?


 料理と暖を取るために薪はたくさん持ってきた。ドラゴンの大きさを考えて、邪魔にならないかなってところに【収納】から出して積んでおく。


 その隣にオオトカゲのシートを敷いて、休憩スペースを用意――


「血抜きした後でもある程度血は流れる。低いとこはやめとけ」


 レッツェに声をかけられて慌てて移動。ディーンとクリスが崖の端から眺めてたから、なんとなく端に持ってきたけど、確かに他よりちょっと低い。


 風が少しあるので、シートの端は楔でしっかり止め、上にテーブルと椅子。板を敷いて、上におっきな火台と鉄板設置。


「……」

執事は焚き火の用意。


「……」

カーンは俺のあげた暖かローブにくるまっている!


「最初に谷に吊り下げて血抜きして、その後本格的に解体予定。解体の方法はレッツェとハウロンに聞きながらってことで」

あの後、結局ハウロンも混じって、俺の写してきた解体方法とドラゴンの構造と睨めっこしながら、ああじゃないこうじゃないをやった。


「初めてのこったし、開けてみなきゃわかんねぇことも多いけどな」

「個体によって随分違うらしいから仕方ないわね。――でもこの谷、不穏な感じに深いんだけれども。もしかしてアタシ、大きさの予想を間違えていたかしら……」

ハウロンが知識を必要とされてちょっと復活したかと思ったら、すぐに引いた顔。


「いや、待って? もしかしなくても俺が思ってた肉の解体と違う? 俺の想像ふわっとしすぎ?」

ディノッソが一人落ち着かない。


「大丈夫、大丈夫。美味しいみたいだから」

「美味しい以外に絶対なんか問題あるよね!?」

「あなた、落ち着いて?」

俺に迫ってくるディノッソにシヴァが声をかける。


「……って、なんでそんなゴツい刃物並べてるの!?」

ディノッソが振りかえると、荷物を広げ、オオトカゲのシートの上に包丁というには大きな刃物を、丁寧に布を解いて並べている笑顔のシヴァ。


「精霊剣のほうがいいかも?」

そう言いながら谷の向かいの崖に引っ掛かるように真っ直ぐな丸太を掛ける。丸太の真ん中には鎖を結びつけてあって、その鎖の端は俺の足元。


「とりあえずここで結んで、下に落とそうと思う。危ないんで下がって――じゃ、出すな。今回は黒いので」

赤いのは時間があったら。


「ちょ……!」

「……大きいわね」

呆然としているディノッソとハウロン。


「おお!! さすがドラゴン!」

「やっぱりこれまであったどんな魔物よりも大きいねぇ!」

崖の端であちこち眺めていたディーンとクリスが、こっちに早足で寄ってきて目をキラキラさせている。


「でけぇ、現物を目にすると想像力の限界を感じるな」

レッツェが繁々と眺める。


「……これより小さな種の方が多いはずだ」

カーンが納得いかない顔をして言う。


 ハウロンは隣で頭を抱えている。


「実際に見たことがある者と、物語で焦がれた者の、イメージの差か」

レッツェがきゃっきゃとしているディーンたちと、カーンたちを比べて言う。

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