第595話 祝福を受けし地

 スズキの香草焼きをバナナの葉を敷いたお皿にどん。


 ドラゴン肉の塊をどん! 


 かなり分厚い肉を精霊の力を借りてミディアムレアくらいに焼いたんだけど、外には豚の丸焼きがあったからちょっとインパクトに欠けるかな? さすがにティーボーンステーキにするには元がデカすぎるんで諦めたけど、チャレンジしてみればよかった。


 お祝い料理って華やかさとインパクトももちろんだけど、わけあえると盛り上がる印象がある。


 あとは酒を飲みながら摘みやすい料理。野菜とエビを巻いた生春巻き、サンドイッチ各種、小さな丸いタルトをたくさん花のように盛って。


 酒は混ぜ物なしの赤ワイン。いや、こっちに来てからワインの大半にスパイスやらなにやら入ってたので。外でもソレイユの持ち込んだ有名なワインが樽で振る舞われている。俺の酒も出したし、地の民が混じっててもたぶん足りなくなるってことはないはず。


「さてじゃあ」

俺の声に全員がグラスを構える。


「待つがよい。我れと我が最愛の参加がまだだ、中に来よ」

扉から顔を出すエス。


 もちろん扉は開いてない、変な出方しないでください。食事を広げて、今まさに乾杯というところでエスからストップが。


 エスはわんわんを見るとすぐに中に引っ込む。それを見たわんわんが、俺に骨を託し、後を追って開いていない扉の中に入る。分厚い扉を透過していくだなんて――


「わんわん、精霊だったんだな……」

「ずっと精霊でございました」

呟いたら、執事が被せてきた。


「うむ。犬は喋らぬぞ、ジーン」

アッシュが言う。


「確かに」

リシュは喋らないもんな。


「ジーンがすごく嫌な結論に至った気がするのだけれど……」

ハウロンが小さな声で言う。


「あんまりジーンの思考を予測するな。今日は祝いで、まだこれからだぞ」

レッツェがハウロンに向かって言う。


 どういう意味ですか!


「……」

カーンが立ち上がったので、全員がそれに続く。


 一旦全部【収納】して、部屋の中に改めて入ることに。ハウロンの精霊が、聖火台みたいなものをくるりと回ると火が勢いよく燃え上がる。


 ゆっくり開く扉の正面には椅子に腰掛けた輝くエス。傍にアサス――ちゃんと下半身がある。反対側には――誰だ? あ、わんわんの人型か! 


 そしてピンクのコブラとライムグリーンのワニ。ネネトとスコス、夫婦喧嘩が終わるまで隠れてたな? あと知らない精霊がいます。大抵顔が動物だったり、動物や植物が頭に張り付いてたり。


 この辺りは古い神々が多いみたいだし、元はエス川の周辺の植物や動物の精霊が、そのまま長い年月で力を持った感じなのかな? 


『我が愛しき夫のいる地、我があるじたる者の心がある地に我れと我が眷属より祝福を与えよう。水は枯れることなくこの地を潤すだろう』

『木々は葉を揺らし、草花は増え、実は色づく豊穣をもたらすだろう』

『外敵は砂の風に阻まれ、剣に貫かれことごとく砂漠に倒れるだろう』


 エス、アサス、わんわんが言葉をつむぐと、その体から『細かいの』が広がって、柱に床に壁に天井に消えてゆく。


『祝福を』

ネネトたちが一斉に声をあげると同じように『細かいの』が散ってゆく。


「お礼申し上げる。我れと民草は精霊とともに在り、日々花を捧げること約束を」

カーンが進み出て、こうべを下げる。


「ふふ、そなたもその気になれば我らを取り込めるのではないか?」

「……滅相もない。母なるエスを支配するなど、己の記憶が邪魔をするのもあるが、俺はコレほど懐が広くない。把握せんままでは身の内に入れられんし、あなた方を把握できるとも思わぬ」


 少し砕けたエスのもの言いに、カーンが答える。


 俺も積極的に取り込んだ覚えはないんですよ……? あと、支配する気もないし、把握もしてない。


 エスのゴリ押しで契約した上、名前を預けていれば他に――勇者に支配されることもなく、ついでに何かあった時にその名前から復活できるからって、なんか名前を書いたパピルスをひらひらされた感じです。


 俺の契約方法が名付けが主で、あの覚書のメモがとても効力は弱いけど契約書代わりっぽい。別になくても契約してることに代わりはないんだけど、あると精霊側が安定するらしい。不安定な存在だと、契約主の俺と同化しちゃうんだってさ。


 あの番号にそんな効果があるなんて、神々に聞くまで知らなかったんだけど。


 精霊が自分で名前を書くのって、力の一部を預けることになるそうで、本体に何かあってもバックアップがあるみたいな感じになるらしい。もちろん弱りはするけど、力を集めれば元にもどるって。


 初耳だったんですけど。


「では宴会だの! 先ほどの料理、我らの分もあるのだろう?」

エスが期待に満ちた目でこちらを見る。


「ああ――」

返事をしてあたりを見回す。


 まだ床にエスが荒ぶった跡なのか、うっすら水があるんですけど。絨毯どこに敷けばいいんだこれ。


『ちょっと失礼、水滴の精霊も濡れた床の精霊も全部溝の方に引いてくれるかな? 絨毯敷きたいんだ』

『はーい』

『わかった〜』


 魔力を少しだけ、それでも満遍なく渡すと、床の水が引いてゆき、そしてあっという間に乾いた。


「本体たる我れがここにいるというに、我が分身にして眷属どもはそなたの言うことを聞くのじゃな。というか、そなたも我に言えば良い」

エスが興味深そうに言う。


 そんなことしたらハウロンが宴会前に倒れるじゃないですか。

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