第215話 王との会話

「俺は魔物や黒い精霊が出ないことを望まなかったからな」

「声に出して望まぬとも、人は誰しも心の奥底で思うものだろう。影響がないなどと考えられぬ」


 それは、俺がこの世界で暮らした期間が短いから。俺が魔物や黒い精霊に危ない目にあわされたり、あわされた身近な人がいないから。多分、未だに俺は魔物の怖さも黒い精霊の怖さも分かっていない。


 ――俺だけ異分子。


「魔物、出てこないな?」

話題を変える俺。


「ここは『王の枝』の効果が効いている」

「『王の枝』の近くに魔物がいるのかと思った」

「いる、『王の枝』を守る衛兵として」


 隣を歩くカーンの金属の鎧の音が響く。ここにも回廊にあった精霊の明かりが並び、暗がりを消している。案内の精霊は裸足で石畳を踏むように歩いているが、果たして本当に足をついているのかはわからない。砂漠でも足跡を残していなかったし。


「『王の枝』はもう随分前から色々なものの区別がついていないわ。今は器であるカーンが抑えているから周囲にも大きな変化がないけれど、『王の枝』の黒いひび割れは少しずつ増えているの」

案内の精霊がそっと説明を入れる。


「魔物が出るのはここからだ」

廊下から出ると、そこは巨大な空間。


 上が暗く黒く闇に溶け込んで見えない。一体なんのためなのか、俺の改装している塔よりも太い柱が規則的に並び、やはり上部は闇に消えている。


「俺が『王の枝』が安置される部屋に入れば、一時的に本体に精霊が移る。俺の抑えがない状態になれば魔物も活性化しよう、そうなる前に壊せ」

大剣を引き抜き、戦いの準備をしたカーンが言う。


「俺だけ入って壊してくるんじゃいけないのか?」

なんでわざわざ本体にもどすのか。


「最後くらい愛する女に会わせろ」

カーンがどこか獰猛な感じにニヤリと笑いながら、襲ってきた黒いモノを斬り伏せる。


 精霊に恋してるのか! ありなの? ミシュトとかハラルファを綺麗だなとは思うけど、なんか生活感というか肉感的なものがないのでそっち方向に考えたことがなかった。


「――貴様は『王の枝』を持ち出して、民は何も言わぬのか」

目を丸くしていると、今度はカーンが話題を変える。


 魔物を屠ったばかりだけれど、蚊を仕留めたくらいにしか思っていないらしく、口調は変わらない。


「俺は民も国も持っていないから平気」

「……王を選ぶ、いやここに入ることができた時点でお前が王のはずだ」

はずと言われましても……。


「ご主人は自分自身の王だな!」

いいこと言うなエクス棒!


「民がいないのは何故だ? 旅の途中で儚くなったゆえか?」

「旅?」

「『王の枝』手に入れる旅だ。旅の仲間が最初の民となるが普通であろう? それとも全て雇い入れたか?」

まず、休憩と夜は家に帰る行程を旅と言っていいのかどうか。


 普通ならばきっと、たとえ雇い入れた相手であろうと友情と連帯が芽生えるほど、あるいはその逆の感情がわくほど過酷だろう。ちょっとズルをした気分だが、島でのサバイバルの方が緩いとかそういうのは遠慮します。


「ご主人は一人で来て、一人でオレを望んでくれたんだぜ!」

ぼっちみたいに言わないで、エクス棒!


「一人きりで……。そうか、お前はここにも一人で来たのだったな」

「言っておくが、友達はいるぞ」

主張をしておく俺。


 確認したわけじゃないけど、友達だ。そうじゃないって言われたら泣く。


 話している間もカーンは魔物を手際よく倒している。手際がいいというよりは無造作に倒していると言った方があっているかな。慎重そうには全く見えないのに攻撃は最小限で的確だ。俺とは場数が違う感じ。


「『王の枝』は第一に枝を望んだ者の、次に枝を手にいれる試練に臨んだ仲間の影響を受ける。『王の枝』を作るのは声に出して望み、誓った願いだけではない。そこにずれがでる」


 ああ、なんか行動やら何やらで適当に作る宣言されたな、そういえば。エクス棒は試練の時の行動で、国のあり方を見るって言ってたし。


「そして誓った理想は第一に王が、次に民が守らねばならない。世代を重ねれば、またずれがでる。――お陰でこの有様だ。声に出しての誓いは守っているゆえ、ぎりぎり形を保っておるがな」

他国の干渉がなくともいずれはこうなっていたろうと、自嘲気味に笑うカーン。


 エクス棒曰く、試練になぞらえた国の評価は「強くて備えが完璧! しかもなんか快適!」だったか。あれか、この三つを守らないとエクス棒が病むのか? 


 でも、棒が存在意義だとも言っていたので、俺のコンコンする願いが優先されてる可能性の方が高いな。後で本人に聞いてみよう。 


「精霊を集めるだけ集めて蔑ろにすると、出て行った精霊が戻ってきた時、ひどいのよ」

出て行った精霊……。力を奪われ、傷つけられた黒い精霊が、『王の枝』の効果が無くなると戻って来てやらかすのか。自業自得な気がする。


 ――いや、精霊の寿命を考えると、百年単位で積もった恨みの仕返しが一気に来ることになるのか。それはちょっとキツそうだ。


 大きな柱には俺の背よりはるかに高い場所に明かりがあり、床に届くまでに拡散した光が、俺たちの影を大きく描く。方向がわからなくなりそうな柱だらけの大空間は、やがて一つの扉に行き着く。


 青白い石の扉には木のレリーフ、ここがゴールなのだろう。


「一応、伝えておく。俺が言葉にして望んだのは、直径四センチくらい、長さは三メートルちょいだ」

早いうちにカミングアウトしておいた方がダメージが少ない、はず。


「オレたちは枝を伸ばすから、長さはノーカンだぞ? ご主人!」

「おお? 伸縮は俺の願いを汲んでのサービスかと思ってたけど、元々ついてたのか」

そういえば枝を伸ばして『精霊の枝』をくれるんだっけか?


「おい……」

足を止めて俺を半眼で見るカーン。


 国を望まなかった俺が、枝を壊す役目を負っても構わないだろうか?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る