第619話 『王の枝』の反転について

「さて、どこからいきましょうかな」


 パウロルおじいちゃんが本を10冊くらい持ってきた……っ!


「主に方法だけでよろしいなら、こちらとこちら」

テーブルの端に重ねられた本から2冊を中央へ。


「幽霊と呼ばれるモノの分類から知るならば、こちら――ニイ様は精霊が見えておられるので、こちらはさわりだけでよろしいかと思いますが、方法を選ぶ際必要になります」

3冊が中央へ。


 パウロルおじいちゃん、3冊のさわりってどれくらいですか……!


「残りは霊と呼ばれるものの歴史や、一般的な考えが書かれた代表的なものです。おそらくニイ様の視る世界とはずれがあるかと思います。ですが、見えぬ者、多少見える者たちの意見・・も知っておくと、自分自身の立ち位置や考え方の確認になりますので」


 これ、もしかして10冊でもパウロルおじいちゃんの厳選だな? というか、幽霊にも普通に精霊が関わってるんです?


「えーと。分類と方法をとりあえず教えてくれるかな? 一般的な考えのこっちの山は借りてっていい?」


 軽い気持ちで聞いたら、がっつり目の講義が始まった。だけどパウロルおじいちゃん教え方上手いので、面白い。ワインを飲みながら、気楽な感じだし。


 途中オルランド君が戻ってきて、真剣にメモをとりはじめた。


 こっちの世界で幽霊とか呼ばれてる存在は幾つかあって、半分くらい精霊が関わってるというか、精霊だった。


 大抵が人間の思いが精霊になったモノ。生きてる人のモノも稀にあるらしいけど、人の思いは生きてると体の中にあって安定してるので、亡くなった人の思いが精霊になるパターンが多いみたい。


 生き霊と死霊の違いじゃないよね? まあ、見れば精霊かそうじゃないか分かるけど。もしかして似たようなもん?


 精霊が人間の思いを奪ったもの、黒精霊が憑いた上で人間が体を失ったもの――色々分類があったんだけど、滅びの国の幽霊は魂。こっちでは魂って体なしの人? のニュアンスでいいのかな? 痛みや苦しみを感じる精神体?


 うん。滅びの国のあれは精霊じゃないので逃げました。あれは幽霊です。絡み付いてた黒精霊も嫌な感じだったけど。


 いや、待って。そうすると俺が幽霊見えてるってことにならない? 大丈夫? 滅びの国って物理効かない魔物が出るって聞いたんだけど、聞いたってことは誰か見て話して――って、神々から聞いた情報だったろうか。


「滅びの国の幽霊ってみんな見える?」


「なるほど、ニイ様の目的は滅びの国でしたか……。あの場所は『王の枝』の反転で呪われた地、魂の解放は難しいと聞きます」


 『王の枝』が黒く染まって、黒精霊になることは反転っていうのか。


「――『王の枝』って怖くないか?」

何で欲しがるのか分からんくらいリスク高くない?


 人間の欲望をぶつけられて黒くならないままいるのって、精霊にとって至難の技だと思うけど。 


 2本も持ってる俺が言うことじゃないかもしれない。でも、エクス棒は怖くないし、カーンとシャヒラは国どうのじゃなくって二人で完結してるというか、好きにしてもらってるし、ノーカンでお願いします。


「人の欲望もありますが、『王の枝』を望むのは恵が薄く厳しい地にいるからでしょう。そして信念を持ち、自分たちは誓いを違えぬという決意を宿した者が枝を得る厳しい旅に挑むのです」


 すみません。『家』と『食糧庫』のおかげでぬくぬくしてる挙句、大した決意もなく行って手に入れてしまいました。


 そうだな、国が富むというか実り豊になるってありがたい枝なんだな。こっちの食料事情はすぐに天候に左右されるし。人が枝を望むことは否定できない、だって「今」苦しいんだから。


 俺は食うことが好きだし、何よりあんまりヒドイ場面は見たくないんで、生きるのにきびしそうな国には滅多にいかないけど、こっちの世界にはそういう場所が多い。


 頑張って保存のきく作物やら天候不順に強い作物やら、広めたいところ。どこもほどほどに食えて平和じゃないと、気軽にあちこち行けないし。とりあえずジャガイモは順調に広がってるけど。


 四年周期でカブ・大麦・クローバー・小麦を輪作して家畜を養いつつみたいな農法広げようかとも思ったんだけど、中原の国々はそもそも戦争しててですね? 


「『王の枝』の反転の影響は、『王の枝』を得てから失うまでの、誓いを守った者と誓いを違えた者の数が関係するそうです。一番酷くなるのは、最後の誓いを守る者が殺された場合――と、『王の枝』との問答の記録があります。そして『王の枝』の性格による、とも」


「性格……」

『王の枝』への誓いを守る人間が多いほど、『王の枝』も強くなるので人数が関係するのは分かるけど、最後は性格が原因になるのか。


 あれか、枝を得る時の願いの気持ちが重いから、『王の枝』も愛も憎しみも重い感じに……!?


「精霊の見えない者が増え、『王の枝』へ至る旅に挑める者が少なくなりましたので、枝を持つ国自体も減りました。それで、酷い例が際立っているところもあるのですよ」


 パウロルおじいちゃんに『王の枝』は悪いものではないと諭される。台無しにするのは人間の方だっていうのはわかるんだけど……。ああ、前提が間違っているのか。


 俺は『王の枝』への誓いを人間がずっと守っていられるほど綺麗でも強くもないと思っていて、枝を求める人たちは人間が綺麗で強いことを信じている。


 ところでオルランドくんの気配がないというか、静かに真剣というか。俺の気が散ってるのがちょっと申し訳なく。


 でも気になるものは気になる。滅びの国の幽霊は、一般に見えるの? 見えないの?

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