第618話 本職
城門を出て水路を兼ねた石橋を渡り、広場に出る。ここはまだ城内で、城壁と言う名の宿舎や家畜小屋が取り囲んでいる。
そこも通りすぎて、町の広場へ。城の広場と町の広場は黒鉄の格子門で夜は分けられる。
寒がりの地の民ワシクが手がけた真っ黒な門。そこに金細工師のアウスタニスが金化粧をさせた装飾が美しい。夜、門が閉まる時間には観光客がウロウロしてる。
ワシクとアウスタニスにはファスナーも作ってもらったんだけど、同じ物の量産でちょっとつまずいている。細かいからね!
基本は石造の建物と道の町。でもチャールズが木々や花を配置してくれてるので華やか。この島に住む条件として、水路の掃除やら玄関先や窓辺の花の育成やら入れてるんで一人で作業をしているわけじゃないけど、プロデュースは彼だ。
元子爵で庭師で、貴族のお嬢さんと恋仲になって――細部違うかもしれないけど、派手な経歴を持ってる。今のところ特に島では女性関係のトラブルは無し。
広場の真ん中にある『精霊の枝』は、花と緑、水が溢れ美しい。入り口の階段が全部あふん防犯になってるんで入りづらいけど!
「お邪魔します」
声をかけると二人いる衛兵さんがビシッと姿勢を正す。
手をひらひらとか、いらっしゃいとか、もっと軽くていいんだぞ?
「いらっしゃい! ニイ様!」
パウロル枝守に――と口に出す前に案内役の少女が出てきた。
前回とは違う子。交代でやってるのだろう、少年少女の労働時間は短めでお願いします。
こう、枝守って役職が微妙な気がするから神殿にしたい気持ちがそこはかとなく。あのハニワの守役って考えると切実に。
元気な少女に案内されて、『精霊の枝』の庭を進む。島は全体的に精霊が多いんだけど、ここは特に多い。
精霊の枝三本も置いてあるし、当然と言えば当然なんだけど、いや、シャヒラの白黒は二本で一本カウントだろうか。黒精霊避け効果はないけど、精霊はよく寄ってくるね! ハニワのおかげで夜中の騒音の心配がセットだけど!
「ニイ様、ようこそおいでくださいました」
オルランド君を従えたパウロルおじいちゃんに出迎えられる。
「ケイトもみんながいる学習室に」
オルランド君が案内してくれた少女の背中を軽く押して、送り出す。
「ちょっと遅れた、もう子供たちは夕食の時間だな」
つい、シュークリームと料理に対するチェンジリングの反応を眺めていて時間が過ぎた。
パウロルおじいちゃんの住いに入って、テーブルに料理を出す。お子様が好きな料理の俺のイメージが、ハンバーグ、カレー、オムレツ。
本日はハンバーグに目玉焼き乗せ、エビフライ付き。付け合わせはポテトと甘いコーン、ブロッコリー。
「どんどん運んじゃって」
さすがに子供の前で【収納】は使わない。子供たちへは、「精霊の祝福を受けた料理が振る舞われる」としか伝えていない。
料理や道具に精霊の祝福を願うのは、普通に『精霊の枝』や神殿の仕事だ。このどこから出てきたのか怪しい料理の数々は、オルランド君の手料理ということでぜひ。
子供たちはオルランド君に任せて、俺はパウロルおじいちゃんとごはん。座布団が、俺とパウロルおじいちゃんの間をウロウロしている。いいからパウロルおじいちゃんの尻の下に行け。
「ここでの生活には慣れた?」
メニューはクラムチャウダー、焼きナス、フルーツトマトのマリネ、レンコンとゴボウを揚げたやつ、塩漬け豚の煮込み、パンと赤ワイン。
塩漬け豚っていってるけど、白ワインやハーブも入った漬け液使用。煮込んだ後、3センチくらいの厚さで切り分けて、オーブンで焼き目をつけたもの。フォークで崩せるほど柔らかく、口の中で解ける。
こっちの世界で知った料理を塩分控えめに変えて作ったもの。こっち、塩漬けっていうと本当にたっぷりだからね。保存の意味では正しいけど、【収納】があることだし、味を優先したい俺です。
ただ、濃い塩味に慣れてる人相手だと俺の料理は味がしないってことになる。幸いタリア半島やナルアディードの料理はそこまで塩辛くないし、パウロルおじいちゃんも肉が入手しやすい魔の森のそば、アノマの出なので問題ない。
「ええ。教えや術を伝える充実と、精霊に仕える喜びに日々感謝しております。ニイ様のおかげで、精霊を見るという夢も叶いました」
穏やかに言うパウロルおじいちゃん。
……仕える喜びって、あのハニワに? まさか俺以外には別のものに見えて――いや、ソレイユたちの反応からしてそれはない。パウロルおじいちゃんの懐が広すぎる?
「何か困ったことはない? 枝関連とかでも」
騒音とかレーザー光とかミラーボールが眩しいとか。
「ナルアディードにいた時よりも快適に過ごさせていただいています。アノマにいた時よりも周囲の向上心につられ、私も若返ったようです」
パウロルおじいちゃん、鉄壁……っ! 枝の愚痴言ってもいいんですよ!?
「ニイ様は何か困ったことや、要望はございませんか? 私にできることは多くはないですが、微力ながら理想を叶え憂いを払う手伝いを」
申し出られても特に悩みはないんだが。要望は大体ソレイユが聞いてくれて、目の前のパウロルおじいちゃんも含めて実現してくれてるし。
「ああ。そういえば、幽霊を成仏させる方法ってある?」
精霊図書館に調べに行こうと思っていたけど、本職がいた――本職だよね? こっちの神殿はあんまり死者は関係ない? そっち方面で神殿と関わったことがないから自信がない。
「人の思念を消し去る術ですな。食後にお教えしましょう――子供たちへの料理も美味しそうでしたが、こちらも美味しい」
そう言って、クラムチャウダーを口に運び、パンを千切って食べる。
どうやら成仏させる方法に心当たりがあるようだ。滅びの国リベンジ計画、今度はちゃんと準備を整えるぞ。
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