第617話 謎ルール
「ご安心ください、建物や調度品に傷などつかぬよう行いますので」
「人間は希望しない限り対象じゃない」
微かな微笑みのアウロと、仏頂面のキール。
いや、そこなのか? これ、おやつで殺し合いに近いことやってない? 気のせい? 何か壊れることもないし、人死もないなら無かったことでいいのか?
「おお、我が君! 我が主君! 未だ同じ高みには至れず、不甲斐なき身に修行の機会を与えてくださり感謝します!」
なんか無駄にハキハキしたのが来た。
「修行……?」
「はっ! 必ずや我が君主のおそばに上がれるよう、精進いたします!」
ハキハキ言って、そのままシュークリームとおにぎりを持って部屋を出て行った。ソードマスターの人だよね? あれ。たぶん。
修行って何だ?
「ふふふふふ〜。キールは参加できないのね、残念〜無念〜?」
赤毛のメイドがシュークリームを片手に踊るような足取りでやってくる。
「く……っ」
ギリギリと悔しそうなキール。
ああ、シュークリームと料理が載ったテーブルの見張りやってるから、争奪戦に参戦できないのか。
アウロの方は特に気にしてなさそうだが、キールは割と好戦的だ。かかってるのがお菓子だからかもしれないけど。
「一応伝えとく。忠義はないけど、この場所を守るためにはがんばっちゃう。大船に乗った気でいて」
目があった瞬間、おちゃらけているマールゥの一瞬の真顔。
――待ってくれ、前提として何と戦うつもりなんだ? アウロもキールもそうだけど、仮想敵は何!?
もしかして、島の初期に俺がいざとなったら見捨てて逃げるとか言ってたせい? あの頃は金になる目新しいことしたら、周囲の領主や商売人たちに乗っ取られる的なことを思ってたのは確かだ。
確かだけど、俺がさっさと逃げれば、そのまま
だいぶもう戦力過多というか過剰防衛な島になってない? 気のせい?
「さて、さて。バルトローネ君のシュークリームも私がもらっちゃう」
マールゥがにししと笑いながら、キールの前で一回転して部屋を出て行った。
バルトローネってさっきのソードマスターの名前だな? 名前なんて完全に忘れてたけど雰囲気的に。チェンジリングの菓子争奪戦に混じってて、それが修行って話か。
「……ぐぬ」
「行きたいなら行ってきていいぞ。そんなに混乱ないみたいだし」
ぐぬぬぬしているキールに声をかける。
「いや、ソレイユから一度引き受けたことだ! おのれ、マールゥ!」
割と真面目だが、憤怒の形相。キール、血管切るなよ?
「沈黙と静寂もまたルールなのですが、バルトローネは五月蝿いのですよね。……ハンデとして多少は見逃しておりますが」
アウロがため息まじりで言う。
俺の知らないところで謎ルールがたくさん生まれてる気がする。夜の菜園の戦いといい、ハウロンが暗殺島って誤解していた理由がよくわかるんで困るんですけど。
基本あんまり表情が動かないチェンジリングたちが生き生きしてるから、多少の周囲の誤解くらいいいかとも思うんだけど、できれば物騒な印象を助長しないでほしい。
「じゃあ、あとはよろしく頼もうか。俺は『精霊の枝』に料理を届けてくる」
パウロルおじいちゃんたちと、子供たちに。
「お任せを。我が君」
にこりと笑って、胸に手を置くアウロ。
「……このテーブルの上のお菓子だけで、土地が異常に高いナルアディードにも一軒家が持てるのではないかしら……? あの美しい苺一つとっても――今、宿屋に来てるのは海運ギルド長の方ね」
「ソレイユも後よろしく」
テーブルの上のシュークリームを眺めて、ぶつぶつ言っているソレイユにも声をかけると、ビクッとした。
「え? ええ、ちゃんと配るわ。大丈夫、横流しは私の分だけに留める」
キールが我慢してるのに、ソレイユがシュークリームをいくつか懐に入れて横流ししそう問題。
「揉め事のないようにな」
シュークリーム他を賭けた戦闘は揉め事じゃないカウントでいいんだろうか? 頭の隅でちょっと思いながら、ソレイユに注意して部屋を出る。
行き先は『精霊の枝』。
ドラゴンの荒らした庭は綺麗に戻っており、木々は葉を揺らし、花がそこかしこに咲いている。整えられているけれど、窮屈そうに見える植物はなく、素直に枝や蔓が伸びている。
それだけじゃなく、隠すべきところをちゃんと隠してるし、進みたくなる方向みたいな誘導もあるんだよね。
あと、あふん防犯増えすぎ!!
不自然に見えない程度に防犯床を避けつつ、進む。いっそ少し浮いてしまおうか。いや、まだ大丈夫、避ける余地はある。あふんを避けてると、さらに気づきにくい防犯の仕掛けの場所に誘導される。
あふんじゃなければ捕捉されてもいいです。たぶん精霊を使った仕掛けに気づき、避けたってことで、警備さんのチェックどころかもっと厳しい監視下に置かれるんだろうけど、俺は顔パスのはず。
顔パスだよね?
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