第616話 シュークリーム
「さて、じゃあ食堂へ行こうか」
打ち合わせの前にシュークリームのことは伝えてある。
生菓子なんで、今日中にって。島は水路が巡ってるんで、ナルアディードとか周辺に比べたらすごく涼しいんだけど、さすがに【収納】から出すのはギリギリにしたかった。
で、配るのは食堂が妥当だろうって。従業員用の食堂もあるんだけど、今回はソレイユが賓客をもてなしたりする広い食堂。
そこで食べるんじゃなく持って帰ってもらうんだけど、長くつなげたテーブルがあるから並べるのに便利だから。
ちなみに城で働く人たちは賄い付きで、手すきな時に食堂に行って食べる。接客とか掃除とかする非戦闘員さん用と衛兵さんたち用とか、食堂はいくつもある。
なにせ部屋はたくさんあるから。こう、掃除してる時間が一番長いんじゃ疑惑。使ってない場所いっぱいあるよ! 謁見の間みたいな、無駄に荘厳な音楽が流れるとことか!
こっちの世界、1日1食から3食おやつ付きまで食事の回数が幅が広いんだけど、住み込みの従業員は大体2食が普通みたい。
体を動かす底辺労働者がたくさん食べて、体を動かさない階級はあまり食べない、食べないことがステータスっていう時代もあったようで、食事回数への考え方は人それぞれ。
今は紅茶に砂糖やらチョコレートやらが入って、おやつを食べることがステータス! が文化先進国上流階級の流行りだそうです。
うちの城の食事はスープかシチュー、チーズとパンはいつでも。朝と夜の決められた時間は、それにおかずが一品つく。あとは金を払えば追加方式にしてある。
希望者には、給与を抑える代わり食券が渡されている。食券は、菜園の野菜や果物を使った料理が食べられる。
最初、食券はチェンジリングだけの予定だったんだけど、普通に人間の従業員も選んでる人がいるんだよね。
天井の高い廊下を歩き、食堂へ到着。アウロが扉を開けてくれる。
そして流れるように閉めて、最後を歩いていたキールを締め出す。
「おい! アウロ!?」
「我が君のせっかくのご厚意の品が、足りなくなると困りますから」
扉の外で騒ぐキールを無視して、俺に笑顔を向けてくる。
「キール、ニイ様が出したものは許可が出たものにしか触れないと約束を」
ソレイユが扉に向かって話しかける。
そっとこちらもキールがお菓子に手を出さないか疑っている気配。いや、入室できるよう助け舟? 菓子に対して信用のないキール。
まあいいや、扉越しの攻防やってるうちに並べとこう。
出すのはシュークリーム、コロッケパン、ホットドッグ、サンドイッチ、おにぎり――【収納】してあるもので、とにかく持って帰れるサイズの食い物。
シュークリームと好きな物一つを持って帰ってもらう。甘い物が苦手な人も、他の人と交換できるように急遽。配るのが夕食どきになったっていうのもあるけど。
迷宮に行ったり、外で食べることも多かったので、種類は揃えられないけど数は確保できる。時間経過はないとはいえ、この辺で【収納】内の食べ物の入れ替えもしたいし。
「こちらは目にも鮮やかな……苺でしたか? 甘やかな香りがしますね」
そう言うアウロは甘い物は得意でない。
でも最初から予定していたシュークリームは、数がちゃんとあるので並ぶと壮観だ。色的にも可愛いし。
「く……っ」
どうやら並べられた食品に手を出さない条件を飲んで、部屋に入れたらしいキール。
そして並んだ物を見て、ぐっと歯を食いしばっている。下げられた手の指先がソワソワ動いてる。
我慢がきかなすぎじゃないか? 大丈夫か? 最後までもつ?
「すごい、綺麗ね」
シュークリームを前にソレイユ。
すみません、それの飾り付けだいぶ手抜きしています。アッシュに出したのと、味は変わらないと思うけど。
そしてやってくる従業員。そしてカオス。
うん、知ってた。
「おお!?」
「クリームの味がようやくわかる時が……っ!」
「パン、これパンでしょ!?」
「食堂の料理もほんのり味がして天国だけど、領主様の料理はさらに……っ!」
「おいしさが違う! 他じゃ絶対食べられない!」
こういうセリフを聞くと、チェンジリングのためにもっと味のする食事を提供したくなる――最後のセリフ、人間だな?
まあうん、食事が美味しいとうれしいよね。社食、もうちょっと頑張ろうか。アミジンで色々採れるようになったらマシになるはず、島よりはるかに広いしね。問題は薪かな。
「貴様ら! その場で食うな、持ち帰れ!! 1人1つだ!」
青筋を立てながら人を捌くキール。
「多く取った場合は、以降我が君の菓子はなくなりますよ」
笑顔で脅しながら従業員たちを見守るアウロ。
「菓子一つ、他にこちらから1人1つ。退出後の奪い合いは業務に支障がない範囲で」
……奪い合いはいいんだ?
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