第296話 料金
「ソレイユ様、落ち着いてください」
ファラミアがソレイユをなだめる。とりあえずドレスの肩紐なんとかしてください。
「はい、はい。答えられる質問受け付けます」
「拝観料は!?」
下を向いてぷるぷるしていたソレイユがバッと顔をあげる。拝観料が最初なのか。
金の話になるといきなり現実的になるというか、冷静というか、切り替え早いな!
「基本無料、賽銭箱設置で。あと、枝の前には
「確かにあの神秘的な形はお隠しになった方が、より信仰を集める効果が高いかと」
……神秘的?
アウロはあれが神秘的に見えているのだろうか? それとも直接的な表現を避けたかんじか、どっちだ? 前者だったらどう接していいかわからないんだが。
「聖水は?」
「一応有料? 島外の人には高く、島での治療の薬に使う場合には安く」
正直その辺流れている水との違いがあるのかないのか……っ!
「わかったわ。その辺りは、効果のほどをパメラに確認させてから、ナルアディードの『精霊の枝』の料金と照らし合わせて調整するわ』
ソレイユの言う、パメラはチェンジリングの薬師。
表情を変えたソレイユの質問に答える俺。適当だけど。
ナルアディードの精霊の枝も本物なので基準にするにはちょうどいい。ただ、精霊が集い、どれだけ水に親しむかで効果のほどが変わる。
ナルアディードは出入りするモノに憑いている、もしくはついて来た精霊が多い。そのせいで聖水の効果は高いけど安定しないというのは有名。ある日は回復薬の効果が高くなり、ある日は手入れに使った剣の切れ味がよくなり、みたいな。金を払えば、神官が何の属性が強い水か見てくれるそうだけど。
この島の聖水はどうなるだろう? 飲んだらいきなり酔っ払うとか、笑い出すとか踊り出すとか――いや、それはないと思いたい。
「もし賽銭とかお布施があったら『精霊の枝』の修繕や花代に、余ったら町の花木に回して。もちろん基本の予算は他に組むけど、精霊が住み着くような環境の整備を頼む」
後半はチャールズに。
基本的なハニワと白黒の枝の扱い方針を話し合う。
「洗濯着替えはともかく、入浴は難しいわね。幸い水は豊富だけれど、薪が全て輸入だもの。パン工房の窯の熱を利用しての蒸し風呂も、今の状態で混んでいるし、面倒だから入らないという住民は多いと思うわ。面倒というのは枝の特性と伝えればなくなるでしょうけれど……」
「町中に湯屋は他に二箇所作ってある。一日一個、火の魔石を使うとしてどれくらい維持費がかかる?」
「広さは?」
ソレイユが俺にではなく、キールを見て聞く。
「カインとテオフ、いや全員呼んでくる。場所も会議室に」
「お願い」
キールが執務室を出てゆき、俺たちは会議室に移動。
カインとアベルはアウロとキールを補佐するチェンジリング。カインは町の造営の図面やら掛かりの管理をし、アベルは職人を含む住人の管理を主にしている。テオフは魔石師だ。
「なんであんな形をしてるのよ! 白と黒の枝はあんなに繊細で美しいのに! 存在感があって語りかけてくるような――。なのに、なんであんな動き出しそうなこっちを見てるような存在感がある枝が真ん中にあるの!?」
そして実務的な話から離れた途端、ソレイユがまた涙目。
オンオフ激しいなおい。切り替え早いのすごい! そしてどっちの枝も存在感があるってことでよろしいか?
「力強い枝と高潔な枝でございます。不正のないよう島民をいつでも見ているということでしょう」
アウロが笑顔で言う。うん、力強そうではあるよね。素焼きだったら割れてもろそうだけど、木だし。
「三本よ、三本! 契約の守りはどうするのよ! そんなにいくつもの理想を目指せないわよ! 前代未聞よ!」
「ああ、特にきっちり守らなくちゃいけないようなことないから。代わりに黒精霊や魔物避けもないけど」
ハニワが枝だと主張するのは確かに前代未聞。いや、枝は特にハニワを主張していない、ただ形がハニワなだけで。
ファラミアがお茶を淹れてくれる。ナルアディードで買い付けたのか、香りのいいお茶だ。
普通の家は白湯を飲み、お茶は稀。ちょっと余裕があるか周囲に生えてる環境があればハーブティー。紅茶というのはお高くて、海から遠いカヌムあたりの金持ちの飲む紅茶は移動してくる間に味が変わり、なんとも泥臭いようなものが多い。
「は? そんなわけないでしょう! そもそもどこから貰ってきたの!? 一体どこの国の
「どこからも横槍や要求は来ないから安心しろ。枝はエスのさらに奥、砂に埋もれた遥か昔に栄えた火の時代の遺跡からちょろまかして来たやつで、王様が健在な限り特に問題ない」
「意味がわからないわよ!!」
ソレイユの相手をしていると鐘が鳴る。
「変な時間に鳴るな」
「我が君がいらしているので集合せよとの合図です」
アウロが笑顔で伝えてくる。
俺か、俺がいつも気まぐれに来るからか!
「新しく働きたいと申し出て来たチェンジリング数名も参るはずですので、まず契約をお願いいたします」
「はい、はい」
あれか、噂のパン屋とか宿屋の怪しい主人か。
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