第297話 個性的

「契約は別室で。ソレイユが倒れるとキールが煩いです」

アウロが小部屋に続く扉を開いて促す。


 会議室の隣に作られた、会議のための書類や商品などの資料を準備する部屋だ。その机に契約用の書類が用意してあり、アウロが最初の一枚を俺に渡してくる。


 契約書の上に一枚人物紹介みたいな紙が添えてあった。普通は人物紹介じゃなくって、有力者の紹介状がつくらしいんだけどこの島の就職希望者では見たことがない。


 ソレイユはファラミアが落ち着かせている。「仕事の話を再開すれば浮上しますので」と言われたんだが、仕事でストレス発散してるの、ソレイユ? 普通逆じゃない? 


「失礼します」

ノックの後、入って来たのは初老の男性。


 人物紹介の書類は名前、どちらのチェンジリングなのか、特技か職業が記入され、後は一言メモみたいな簡単なもの。


「ファダーと申します。こちらの島に医者として移住の許可を頂きたく」

ファダーは人間側。メモには、『シュルムで王族の診療を断り、追放された』の一言。


 おい。爆弾メモつけるのやめろ! これ書いたのキールだな!?


「俺と契約でいいのか? 書類を見ると権力者におもねるタイプではないようだが」

「この城に住む許可を得られるのであれば。代わりにご領主の診療を月に一度、責任を持って病気から遠ざけましょう」

頭を下げて恭順の意を示すファダー。なんか微妙に必死?


「なんでまたうちに?」

シュルムの追っ手から逃げてるとか、飯に味がするからとか……?


「追っ手のご心配なら、それはございません。正直に申しますと、私は極度の潔癖症でどこの町も人にも環境にも耐えられず……。追放後は森にこもっておりましたが、そこはそこで虫や服の替えなどに我慢ならず……っ」

目を伏せ気味に告白してくるファダー。まつげ長いなじじい。


 だが、すごく気持ちはわかる。王族の診療を頼まれるくらいなら腕はいいのだろう、たぶん。でなければ、アウロたちに弾かれてるだろうし。


「俺の診療は必要ない。代わりにもし他に医者の開業、薬の販売の希望があった場合は薬師のパメラと一緒に審査を頼む。なんか結構一時的に具合が良くなる薬でごまかすやつもいるらしいからな。医者と薬の売買は許可制にした」

パメラから聞いた話だ。麻薬に近い物でハイにし、痛みをわからなくして一見治ったように見せてぼったくるって。


 医師や薬剤師免許なんかないし評判がすべてだけど、そういうのに限って評判がよかったり。市場に持ち込まれて売られたら困る。知らん間に町がアヘン漬けとかシャレにならん。


 特に何事もなく契約成立。チェンジリングでも精霊側、かつ眷属でないと神々は出てこないので平和。


 次にパン屋の親父、というか夫婦。親父が精霊側のチェンジリング、奥さんが普通の人間。一言メモは『パン屋の娘が味がわからない男との結婚に反対されて、駆け落ち中』。おい、うちの島は問題あるやつしか来ないのか!?


 ものすごい無愛想な親父だけど、奥さんの尻には敷かれている模様。どうやって口説いて駆け落ち結婚までこぎつけたんだろう……。チェンジリングは美形が多いけど、この親父は厳つい。絵に描いたように厳つい。


 俺はアッシュで慣れてるけど、大丈夫なのか、販売業? まあ、奥さんが接客はするのか? いやでも作る人が味わからないのってあり? 機械なしの大量のパン作りは重労働だからあり?


 疑問が湧いたが、こっちも採用。ごく普通のパン屋から追っ手なんか来ないだろうし、町のパン屋はもう稼働していて、評判はいいらしい。あとでどっちが作っているのか覗いてみよう。


 次は宿屋の親父。筋骨隆々、髭面で引き結んだ口の強面。パン屋の親父といい勝負しそう。精霊側、一言メモ「花の精霊」。……突っ込まないぞ! 突っ込まないからな!?


 なお、志望動機は味のする飯。花の蜜だけ味がするらしいが、甘いものが苦手だそう。突っ込まないぞ!


 宿屋の親父は何事もなく契約。俺を守護してくれている神々とは関係がない精霊の系譜らしい。力を持つ神々だし、もらった地図に映る範囲には眷属が多くいるはずだが、全部というわけではないからな。


 宿屋の亭主ってことで直接俺に仕えるわけじゃないのだが、なんかアウロの手下の草の者扱い。草の者とは、市井に混じって一般人のふりをしつつ、プロパガンダをばらまいたり、諜報活動、破壊活動、暗殺――スパイっぽいなにか。


 給金はしょっぱいもの希望。とりあえずお近づきの印に最近作った揚げ餅の袋を渡して終了。外見といい役割といい、ハードボイルドっぽいのに揚げ餅に感激されるとすごく微妙。


 次に書類を渡されたのは金細工師のアウスタニス。精霊側、精霊らしく美形で胡散臭くて腹に一物ありそうな印象。よかったチェンジリングらしい感じだ。


 企んでそうなのには気にせず契約。執事が作った誓文は、精霊が契約者に悪さをしないように考えられていた。それを元にした契約書はさらに巧妙に。人間相手より精霊相手の方が縛りがきついという珍しい文面になっている。


「ハラルファの眷属か」

まあ、その辺全部吹っ飛ばしてハラルファが出てきて消えたんですが。


「ば、ばかな……っ!」

愕然として目を見開いているアウスタニス。


「『アウスタニス』よろしく」

面倒なんで、アウロとキールの時みたいに心が決まるのを待たないで契約する方向。


 だんだん従業員の扱いが乱雑になってゆく俺を許せ……っ! だって変なのしかこないんだもん……っ!

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