第295話 産業進行中

「まあ座れ。キールにもやるから」


 なんというか、アウロとチャールズはそっと優雅に斜め。優雅だろうがなんだろうがはっきり言えばソーセージをかばう体勢。無言で切り分けている。


 俺はばりっとかじるのも好きだけど、一口サイズに切っては口に運んでいる二人。肉類食うのはディーンが一番美味そうだな。豪快な感じだけど口を開けてくちゃくちゃはしないし、粗野な感じだけど下品な感じはしない。


「確認するが、味はしたんだよな?」

二人の態度からして味はするんだろうけれど、一応確認しながらキールに俺の分のソーセージの皿を押しやる。


「はい。ですが前に頂いた物より味が薄く、感動も以前ほどでは。菓子と一緒、いえ、菓子は味があるのですが……。キール、我が君のものを当然のように受け取るな」

「いつも食ってるやつと違って俺は滅多に食えんのだ。――しないよりマシだが味は薄いな。あと、これは肉がいいんであって味付けがいいわけじゃない。アウロはこの味は好きじゃないんだろう」

キールもやっぱり一口サイズに切り分けて食べている。


 そういえばアウロはお菓子にも反応が薄かったな。味がわからないくせに味にうるさいとはこれいかに。


「味が薄いのは精霊の影響が少ないからだな。ソーセージは出店で買ったヤツだし」

焼いた時に、火トカゲの精霊から力が漏れ出て分離した細かいのが降りかかっただけだ。


「味の好みはともかく、味がするしないは精霊の影響をどれだけ受けたかなんだな」

「ああ、そうか。昔、精霊に憑かれた薬草師に死ぬほど苦い薬飲まされたことがある」

味を思い出したのか、キールが顔をしかめる。いや、お前、その時に気づけ!!!


「この島の畑に精霊が訪れたら、チェンジリングにも味がする野菜ができるだろう。基本はナルアディードに売る苗の育成だけど、三割は島にそのまま流していいぞ。――水はすでに影響を受けてるし、あとは精霊憑きの料理人か。できれば畑の管理も豊穣の精霊に好かれてる人とかスカウトしたいな」

味の好みも様々あるだろうし、料理する人は複数欲しいところ。


 島の広さからして、麦やなんかの主食を賄うような生産量は諦めている。でもかわりに色々作るつもりだ。


「我が君、畑の管理もいたしましょうか?」

チャールズが言う。


「いや、それをしたら忙しすぎるだろう。今日見て回ったけど、『精霊の枝』も町の中も、今から植物が成長するのが楽しみなんだ」

だから庭師から農夫にジョブチェンジは止めてください。


「ありがとうございます。石工がまだ作業を続けているので後回しにしておりましたが、城の庭も順次取り掛かります」

柔らかな笑顔のチャールズ、さすがご令嬢をたらし込む男。令嬢の部屋の前で庭の手入れをしながら、花を一輪持って匂いかいでそうな顔。


 城というか館というか、城門というか、石工がまだ頑張っている場所が多くてですね……。何人かに、にっこり笑って「永住を決めました」って言われたけど、エンドレス作業するつもりじゃないだろうな?


「はっ! そんな場合ではない。ソレイユが来るか、来て欲しいそうだ」

食べ物を前にお使いを忘れる男、キール。


「ああ、行くか。神官帰ったんだよな?」


 宿に帰ったと言う返事だったので、連れ立ってソレイユのところへ。本館は正面から入ると、紋章が刺繍された青い布が左右に天井付近から下げられている。リシュの可愛らしさを力説してみたけれど、普通に格好いい狼にされた紋章だ。


 客を迎えるところはさすがに出来上がっているようで、なかなか壮観。染色も始まっており、下がっている布は商品アピールでもある。島の広さ的に桑を生やして、蚕を飼っては無理なので、絹糸は輸入品。


 木綿も染めるけど、木綿より絹の方が青が濃く出る。ピンクっぽい色から浅葱色までできるけど、今は濁りのない濃い青がナルアディードで高値で売れる。


 上澄み液を捨て、消石灰や濁りの成分を極力取り除き、染める沈殿藍。とても鮮やかで綺麗な青だが、何度も重ねて手間をかけないと色落ちしやすい。でもそうして染まった深い青は紺青色こんじょういろというのか、とても綺麗だ。


 糸や布を預かって染めることもしているようだ。職人を増やすつもりでいるが、今は希少価値ってことでアホみたいな値が付いているそうだ。


 出だしは快調。ソレイユに礼を言わなくてはと思いつつ、執務室に入るとビスクドールのような固まった顔で出迎えられた。


「何で! 何で!? 三本とも本物って!!」

その顔は、分厚い扉をアウロとキールが閉めたところで崩れるわけだが。


「手近なところで頼んだら、ビジュアル的にどうかと思うのが来たんで、つい足した」

ちょっと思ったより枝じゃなくってハニワだったんですよ。


「手近って何!? 足したって!?――ああもう! 何がどうなってるの!!!」

机にダンッと両手をついて涙目で立ち上がり、今度は頭を抱えて机に伏せ、また顔をバッと上げて俺に訴える。


 出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ扇情的なドレスを好むソレイユさん。胸がこぼれそうなほど絶賛錯乱中のようです。


 目のやり場に困るべきなのか、錯乱っぷりに引くべきなのか青少年としては微妙なラインなんですが。

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