第98話 旅立ち

「ジーン、残ったもので欲しいものは持って行って?」

食事も荷造りも終えた奥さんが言う。


 精霊が見えるようにしたら、全員そばに精霊がうろちょろしてる。ディノッソと奥さん――シヴァ、エンは契約中かなこれ? うろうろしている精霊はディノッソとシヴァの精霊の系譜っぽい。


 ディノッソはひと抱えありそうなドラゴン型の火の精霊、シヴァは青白い女性型の氷の精霊。神殿で憑いたというエンは系統が違って肩乗りリス。


 何故リスなのか。シヴァの用意した荷物をエンが【収納】というか、リスが頬袋に詰め込んでゆく。端をかじると大きなものも頬袋に吸い込まれるように入ってゆく光景はなかなかシュール。


 俺の持っている【収納】はどんな仕組みか知らないが、少なくともリスやハムスターではないはず……。


「もう入らない!」

小さなリスの頬袋が両方パンパンになったところで、エンの【収納】の限界がきたようだ。


 リスさんや、その頬袋どうなってるの? リスが二匹いたら収納量も二倍になるんだろうか? エンの肩に一匹ずつリスがいるのを想像して和む俺。


 残った荷物と小分けした荷物はそれぞれ馬の鞍にくくりつけられる。馬は襲撃者が乗ってきたやつだ。街で売るか替え馬にするのか残った馬も連れてゆくようだ。というか、八歳くらいなのに馬に乗れるのか。


「さて、家畜に餌やって柵を開けたら出発だ」

「カヌムまで送ろうか?」

「遠慮する、家族で旅をするいい機会だ」


 お断りされてしまった。


 家畜は豚と鶏、羊と山羊が数匹ずつ。この辺りならば人が餌をやらなくても生きていけるだろう。実際、天気のいい日は放牧だったし。


 ああ、もらっていいなら丸っともらうかと、開いた柵より餌に夢中な家畜たちをみて思う。


 馬に乗る前に、子供たちがそれぞれ抱きついてくる。涙目の三人をなでてポンポンと背中を叩く。ついでにそっとちょろちょろしてる精霊に何かあったら知らせを頼む。


「カヌムにも来るんだろ? 冒険者ギルドで居場所がわかるようにしとくよ、ルフ殿」

操れるけど一人では跨がれない子供たちを馬に乗せながらディノッソが言う。


「ルフ?」

「この何もない場所に馬にも乗らずにやってくるって怪しい以外の何者でもないから気をつけたほうがいいぞ?」

ディノッソにそう言われて馬と顔を見合わせる。


 ぶるるるとか言われた。


「――カヌムに着いたら『灰狐の背』通り、飛び番Bを訪ねろ。あとルフじゃないぞ、俺。怪しい存在ではあるけど」

「ありゃ、外れたか」

カラカラと笑うディノッソ。


「ちっと子供たちにはきつい旅かもしれねぇけど、まだ俺たちには余裕がある。お前に力があるのは薄々知ってるけど、余裕があるうちにその力に頼りたくねぇんだ」

真顔になってディノッソが言う。


「友達ですものね」

奥さんがいつもの笑顔を向けてくる。


「だからカヌムで会おう!」

言うだけ言って背を向けるディノッソ、俺に手を振りながらそれに続く四人。


 後にはちょっと照れた俺が残された。


 そうだな、このチートくさい能力を使って助けるのは、料理を届けるとか作業を手伝うとかとはちょっと違う気がする。


 よし、ディノッソ一家がカヌムに着いたら風呂と料理で労おう。貸家空けとくのは早計だろうか。


 おっと、考えるのは後にして残された豚や羊を【転移】で家まで連れてこう。腹がいっぱいになったら柵から出てしまうだろうから急がないと。


 まず遠くに行ってしまいそうな豚から家にある家畜小屋に【転移】。次に羊、山羊、最後に鶏を籠に入れて【転移】。餌と寝床用の藁を持ってくるのも忘れない。


 放牧用の囲いを作ろう。ディノッソ家みたいに毎日あちこちに連れて歩く手間はかけられない。でも、どんぐりの季節になったら豚は森に放したいな。


 鶏は懐いてるのか何なのか、放しておいても夜になると寝床に帰るし。ああでも、小屋の場所を覚えてくれないとダメか。


 上機嫌で柵をつくっていると、俺の気配を察してリシュが駆けてきた。柵といっても等間隔で杭を打って上中下の三箇所に綱を張るだけだけど。


 作業を続けていると余った綱にじゃれはじめたリシュ。だけど途中から自分の尻尾の方にじゃれようとして、くるくる回ってはこてんと倒れるのを繰り返しはじめた。可愛い。


 いろんな精霊を見ているけど、うちのリシュが一番可愛い。


 

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