第99話 お引越し

 家畜小屋周りを整備した翌日、執事から入居希望者がディーンとクリスだと告げられる。予想はしてた、俺はアッシュたちがそれでいいならいいので二階の三部屋が埋まった。


 ディーンとクリスはベッドに喜び、押入れもどきに喜んでいた。特にクリスは普段は装備をしていないが、プレートメイルを持っていて収納できるのが嬉しかったらしい。


 大物との戦いが確定しているならともかく、プレートメイル一式装備して森を歩くのは考えただけで大変そうだ。普段の冒険者活動にはまるで向いていない装備。


 見せてもらったプレートメイルは銀色に金の模様入りできれいに手入れされていたのでクリスは本当に騎士なのかもしれない。


 新たに引っ越して来た二人とレッツェ、アッシュたちとで借家の一階で茶をしている。


「で、娼館はいついく?」

ニヤニヤして聞いてくるディーン。


「なんでわざわざ城塞くんだりまで行かなきゃいけないんだ、面倒くさい」

しかも馬でだ。


「アノマの城塞をくんだりとは……っ!」

嘆かわしいと言わんばかりにクリスが悲壮な表情をする。


「娼館が面倒だとう!?」

美妓びぎも自分より顔の整った方が客で訪れたら驚かれましょう」

ディーンがさらに何か言う前に執事が言葉を挟む。


 アッシュがいるからあまり生々しい話になる前に流れを変えたいのだろう。美妓は高級娼婦のことだが、こっちでは身につけた技芸ぎげいを賞賛する意味を含むのでちょっと上品な言い回しのようだ。


「『月楽館げつらくかん』と『天上の至福』がどこにあるのかは知ってるのか……」

ボソっとレッツェ。


 話をそっちに戻すのはやめろ!


「娼館はまあおいといて、ジーンは何か欲しいものはないのか? 牛は俺たちも楽しんだし礼になってないだろ」

執事と俺の視線に気づいたのか話題を変えるレッツェ。


 レッツェはそのうちアッシュが女性と気づく気がする。ディーンはなんか俺がジーンくらいの頃は夜通し駆けて――とかぶつぶつ言っているがスルーしよう。


「ああ、そうだ。一月半くらいしたら友人一家がカヌムに来るから、ちょっと気にかけてくれると嬉しい」

「友人?」

レッツェが聞き返す。


「何だ?」

「いや、人嫌いかと思ってたから。知り合いじゃなく友人という言葉が出るとは思わなくて」

人嫌いというか姉の周囲の人間が嫌だっただけで――まあ俺の狭い世間の大半が姉の周囲の人間だったが。


 違う人間がいると、頭では分かっているつもりでも人間不信は否めないかもしれない。


「ジーンは良い人だ。友人になれないのならその者が心を返せないだけだ」


 ちょっ……! アッシュ、ずっと黙ってたのにいきなり恥ずかしいことを言い出すのをやめろ! あと顔が怖い!


 思わず目を泳がせる俺。


「うむ! 宵……、ジーンは良い男だ! その家族が着いたら教えてくれたまえ、このクリスがこの町を案内しよう!」 


 いつも言動が恥ずかしい男に言われると途端に心がいだ。


「こちらの三階はどうされますか?」

執事が一家のために空けたままにしておくかと問いかけてくる。


「気にしないでいい。子どもがいるから、もしかしたら遊び相手を作るのにもっと子供の多い場所に住みたいかもしれないし。いざとなったら俺の家の二階を貸すから」


「一月半後ならこの辺は空いてるだろうけど、中は難しいんじゃないかな? ギルドの公式な討伐は終わったけど、アメデオの取り巻きたちがゴソゴソやってるせいでまだ危険だと思ってる奴らが大半だ」

カップのふちを持って茶を口に運ぶディーン。


「金ランクの三人は城塞都市の方に移られたのですが……。なるべく中心部に住まいを移ろうとされる方はまだ多いですね」

中心部にはいざという時の避難所になる『精霊の枝』もあり、何より他の家が盾になるためカヌムの中ではより安全なのだ。


 住みながら空いた部屋を貸している中心部の人は、なんか一部屋に詰める人数を増やしたって聞いてちょっと信じられなかった。見ず知らずの人がルームシェアですよ、しかも狭いところに重なるように。


 対して破壊の記憶が新しい俺たちの住んでいる区画は不人気。たぶん俺が借りた時より買った時、そして今のほうが家の価値が下がっている。


「いざという時はうちの三階も提供しよう」

「ありがとう。こっちが空いてるから大丈夫だ」

そんな性別がバレるような危険な提案しなくても大丈夫だから、アッシュ。家はなんなら丸っと空けられるから。


「では裏の家を空け……いえ、買いましょう」

おい、執事。裏の家に何をするつもりだ? 今空けるって言ったよな?


 アッシュ以外の者が笑顔の執事を一瞬無言で見て目を逸らす。


「防壁内に買える家は二軒までじゃなかったっけ?」

それも一等地に二軒は許されないし、門や塔などの要所に近接した二箇所を買うなども許されない。


「はい。ジーン様は既に家とこの借家をお持ちですので、私が。ただ少々頼みごとがあるのですが……。こちらは後ほど」

「うん?」


 ――後からされた相談は、アッシュの家とその裏の家を屋根裏あたりで繋げて欲しいという相談だった。俺が家に裏口を空けたのを見て思いついたらしい。逃走経路の複数確保なのかな?


 ディノッソが執事が買った家を選ばなかった場合はどうするんだろう? 聞いてみたら、屋根裏部屋は貸し出さずに一階から三階をなるべく普通の一家族ないし、二家族に貸し出すそうだ。


 エンのことがあるのでディノッソとしても逃走経路が増えるのは喜びそうだけど。まあ、どこを選ぶかは本人にお任せだ。


あれ? 俺の周りって狙われてる人多くない? 二人は普通?





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