第97話 予定

「エンが精霊に祝福されて【収納】持ちになった時、場所が神殿だったもんでその場でバレてな。以来狙われて来た」

難儀なんぎだな。ここから逃げるのか?」


 寂しくなるな〜。


「カヌムに行く。逃げるのはやめだ」

「はい? なんでカヌム?」

俺んか?


「俺とシヴァは冒険者、けっこう有名なのよ〜?」

この状況でおちゃらけてウィンクしてくるディノッソ。


 辺境の都市カヌムは、俺も神々にお勧めされた。面倒な貴族や神殿からの干渉が一番少ない都市で、北方の都市のように氏族意識も強くない。


 ディノッソとシヴァは腕のいい冒険者で――いや、奥さんは某貴族の令嬢でディノッソと出会って冒険者になったそうだ。納得いかん。


 話を戻そう、腕のいい冒険者だったが四年前にエンに【収納】がつき、奥さんと子供だけにするには危険ということで、居場所がバレやすい冒険者を辞めて姿をくらませていたんだそうな。


「四年経ってもしつこく探して、こんな辺鄙へんぴなとこまで来るんだ。俺とシヴァが弱る前に、子供たちが自分で身を守れるようにしときたい」


「それで冒険者に戻るのか?」

「そそ。一応、動物の扱いや狩りの方法は仕込んであるしな。エンとバクももうすぐ八歳になるし、世界を広げてやりてぇ」


 俺が思ってた平和な農家じゃなかったけど、いい父さんだな。


「さて、回復薬の代金は……」

ディノッソが高い場所の棚にあった壺を持ち出して、中身をザラザラと机にあける。金貨が机の上に広がる。


「回復薬の相場って今いくらだ?」

「いや、いいけど」

「払う余裕がある時は払うのが俺の主義なの!」

包帯をむしりとりながらディノッソが言う。


 俺に金を払った後、残りを袋に分けてゆく。なかなかのへそくり金額、カヌムに行って数年は余裕だろう。


「ずいぶん小分けにするんだな?」

「カヌムまで遠いからな。無事揃ってつければいいけど、はぐれたら子供でも冒険者を雇えるように個別に持たせる」

「なるほど。――俺、送ろうか?」


「あなた、怪我がよければ――あら? 回復薬で古くないのなんてあったの?」

思い切って聞いたところで、奥さんが戻って来た。回復薬は古くなると緑から茶色に変わって効果がなくなる。どう考えても冒険者時代の回復薬はまるっと使えない。


「ジーンにもらった。その前に腹ごしらえだな、なんか頼む。その間に外のあれ、捨ててこよう」

そう言って立ち上がるディノッソ。あれって外の悪人どものことだよな? この家を捨ててゆくとはいえ、後からくるかもしれないやつらに証拠を残すこともないだろう。


「ジーン、ごめんなさいね。驚いたでしょう?」

「いや……。うん、まあ驚いた」

そこは素直に認めよう。


「食事は俺が作るから、引っ越し準備しててくれ。あ、先に持っていく食材分けちゃってくれ」


 奥さんが塩漬け肉やワイン、干し野菜などを分けてゆく。大きな包みと小さな包みが五つ、たぶん【収納】する用とそれぞれ持つもの。


 俺はそれを横目に残った食材で料理を始める。スープは暖炉にかかっているし、さて?


 豆とキャベツのスープに塩漬け肉をよく洗ってブロックで投入、カブと玉ねぎも追加して塩味を薄める。


 ニンジンを細長い千切りに。オリーブオイルとワインビネガー、塩、ほんのちょっとの砂糖を混ぜる。砂糖は俺が前に持ってきたやつだなこれ、胡椒も持ってきておけばよかった。


 ――ちょっとずるして、【収納】から胡椒少々。混ぜた液体をニンジンにちょっとずつかけて混ぜてを何回か、キャロット・ラペ完成。


 勝手知ったるなんとやらで、家畜小屋から卵をバケツに入れて調達。きのこのオイル漬けは持っていかないようなので、塩漬け肉と一緒にバターで炒めてソースをつくる。


 メインはオムレツ。本当は匂いがつきやすいので卵用は他と分けたいんだが……。とりあえずきのこを炒めたフライパンを綺麗にして、竃の火を調整し、バターを落とす。


 フライパンを揺すりながら固まりやすい縁に近い部分を中央に移動させつつくるくるとかき混ぜて、ふわふわに。チーズを投入、フライパンを動かすのも混ぜるのもやめて数秒、フライパンにくっついてる卵が固まり始めたら片側に寄せて形を整える。


 きのこたっぷりのソースをかけて終了。ケチャップ欲しいぞ、ケチャップ。


「できたぞ」

豚肉のでかい固まりが入ったスープ、チーズオムレツ、キャロット・ラペ。


「ジーンの料理は色もきれいなのよね〜」 

子供たちに手を洗わせ、そのまま席に着こうとしたディノッソにも手を洗わせたシヴァ。


「相変わらずうまそうだな」

手洗いを省略しようとした男、ディノッソ。


「ふるふるするやつだ!」

前に一回作ったのを覚えていたらしいバクがわざわざ皿を揺らしてうれしそうにする。


「むう、ティナもお料理上手くなる!」

「このままだと旦那さんのほうが上手いもんね!」

「エン、可愛いティナはお嫁に行かないの!」

ティナとエンの微笑ましい会話にディノッソが親バカを炸裂する。


 カヌムでこの会話が聞けるのだろうか。


「ここからカヌムまでどれくらいだ?」

「順調に行って一月半。やつらが置いてった馬があるし、エンの【収納】があるからな」


 ディノッソが言うように、【収納】があれば旅は格段に楽だ。こっちの旅は野宿がほとんどだし、村に食料を分けてもらおうとしても冬を越えたばかりでは分けるような余りはないかもしれない。


 俺が調査に付き合った時もそうだけど、食料が確保されている安心感は素晴らしい。


「ジーンと会えなくなっちゃうの?」

「いいや、会えるさ」

オムレツを食べる手を止めて、うるうると泣きそうなティナの頭をなでる。


「あ、僕も!」

「ずるい! 僕も!」

要望に応えて双子もなでる。


 それにしても、カヌムに来るんじゃむしろ今までより顔を合わせやすくなるんじゃあるまいか。


「カヌムで数年活動して、慣れたら迷宮だな」

「え」

ディノッソの言葉に驚く俺。


 カヌムに永住するんじゃないのか! 迷宮? そういえば、神々の最初の説明に迷宮も出てたな……。完全に忘れてた。



 

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