第96話 平和だったのに

「弟に触らないで!」

弟の前に守るように立ちふさがるティナ。その前には醜悪な顔をした二人の男。醜悪なのは顔の美醜じゃなくて、表情だ。


「うるせぇ! 大人しくしろッ!」

すごく悪役です。悪役というか悪人か。


 そう言うわけで後ろから悪人二人をゴスッと殴って終了。頭を思い切り殴ったけど、安否は知らぬ。


「大丈夫か?」

「ジーン!」

「ジーン兄ちゃん!」

半べその二人が抱きついてくるのを受け止めて、頭をなでる。


 ここしばらくよく働いたから、ディノッソの家に遊びに行こうと手土産を用意して【転移】したら事件でした。


 なんでこんなところに馬もなしに人がいるのか、自分のことは棚に上げて考える。もしかして他にもいて、そこに馬もいる?


 それにしても弟をかばう姉か。色々な家族の形、色々な人がいるのは頭でわかってるけど、ちょっと心中複雑だ。


「で、どうしたんだ?」

「急にいっぱい人が来て、お父さんとお母さんが逃げなさいって……」

ティナがしゃくり上げないように頑張りながら一生懸命説明してくれる。


 どうやら第一事件現場は家らしい。ディノッソが対応している間に奥さんが納屋にいた子供たちを逃したようだ。その時、双子の片割れのバクが捕まってしまった。


双子の名前はエンとバク。二人並べばなんとか見分けがつくけど、一人だと難しい。今、ティナといるのは話からしてエンのほう。


「ずいぶん物騒だな」

さっきの人質発言といい。


「とりあえずお父さんとお母さんのところに戻ろうか。ただ、何か起こってても声を立てないようにな」

倒せる自信は半分くらいあるけど、ディノッソたちがどういう状態なのかわからないので確認したい。


 できれば子供達は安全な場所に置いてゆきたいが、この辺は隠れる場所がとても少ないし、他の悪人がうろついてたら困る。本当にいざとなったら【転移】で連れて逃げよう。


 家に着くと、家の前で男に踏みつけられて倒れるディノッソと、もう一人の男に後ろから肩を押さえられ喉元に剣をつきつけられている奥さん。双子の片割れのバクがちょっと――いやだいぶ離れたところで同じく男に捕まっている。


 他に男が二人、全部で五人か。バクを捕まえてるのが二人から距離がありすぎて一気に殲滅が難しい。バクが捕まえられている場所自体は俺の方に近いのだが。


「くそ……っ」

「とっとと居場所を言えばいいのに」

「はん、こうなっちゃ王狼のバルモアも形無しだな。抵抗すると子どもの方をやるぜ?」


 倒れているディノッソをゴスッと蹴る男。


「お父さん!」


 あー! あー!


 ティナの叫びを聞いて、とりあえず一番近いバクを抱えた男を殴り倒す俺。子供にダメって言っても、衝撃的なことがあったら守れないよな。これは俺が悪いのだろう。


「あら、あら」

他の四人に向けて走り出そうとしたところで、場違いに明るい奥さんの声。


 俺は足を止めた。


 剣を突きつけられ、押さえられてた奥さんが男の剣を持つ手を肘で持ち上げながらドスッと足を踏んで、逆の手で肘打ち。そのまま剣を奪ってディノッソを蹴ってた男を一閃いっせん――というか剣で殴り倒し、残りの二人もあっという間に串刺。


 えーと?


「お父さん、お母さん!」

嬉しそうに駆け寄っていく三人。


 どうしていいか分からない俺。転がったままのディノッソ。


 人が死ぬのを見るのは二回目なんですが、これは奥さんがやったのか? やったんだよな。子供たちは両親が無事なことの嬉しさが勝るのか、死人はスルーして抱き合って喜んでいる。



 家の中でディノッソの手当て。奥さんたちは荷物をまとめて逃げる準備中。


「痛そうだな」

「一応、分かんねぇように避けてたから見た目ほどじゃねぇよ。痛えけど」

「そうか」

「ああ」


 色々ついていけなくて黙って薬を塗って包帯を巻く俺。


「……」

「……なんか言いたいことあんだろ」


 ディノッソが苦笑いしながら聞いてくる。


「ああ……。言っていいか?」

「おう」


「俺、回復薬持ってた」

「ぶっ! イテッ!」

ディノッソを包帯でぐるぐる巻きにしてから気づきました。


「巻き込んで悪かったな」

「だいぶびっくりした」

「お前、死にそうな顔してたもんな」

だって奥さん、トドメ刺して回るし色々理解が追いつかなかった。


 でもあの様子からきっと必要なことなのだろうという考えが頭をもたげ、奥さんに対する嫌悪感はない。純粋にはっきりした人の死にショックを受けてる感じ。殴り倒してもしかしたら死ぬかもしれないと思いつつ、放置して来た俺とは覚悟が違う。


 ――バクを捕まえてた男がやたら離れてたのは、近くにいると人質をどうこうする前に殲滅されちゃうからだな、きっと。俺も奥さんに勝てる気がまったくしない。


「エンは【収納】持ちなんだ」

「うん?」

「……【収納】持ちなんだ」

「うん」


 ディノッソが同じ言葉を二度繰り返す。


「……えっと」

「エンの【収納】は何にもないところにおっきな机を入れられちゃうくらいすごいんだ! 麦の袋なら十個は入るって!」

「ジーン、【収納】持ちってすっごく珍しいの。それこそお城から人が来て連れてかれちゃうくらい!」

口ごもったディノッソの代わりに、荷物を抱えたティナとバクが説明してくれる。


 ああ、【収納】便利だもんな。商業的な利用なら平和的だけど、それこそ密輸し放題だし、武器持ち込み放題だし、戦争での荷駄を少なくできるし。


 それにしても俺も【収納】持ちだからわかるけど、バクの説明が子供らしく不可解な感じ。あと俺の【収納】、机よりおっきなものも入ります。




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