第243話 試食

 塔の台所は家と同じく水が流れっぱなし。そしてこの島の水は12から13度ほど、周囲が暑いので水が気持ちいい。この水が縦横に走っているおかげで、町中はナルアディードに比べてとても涼しい。


 ジャガイモのニョッキ、トマトソースの他に味に馴染みのありそうなチーズと生クリームのソースも作ろう。食事時間とはズレてるし、他はいいかな? 


 白ワインを一杯だけ――いや、白葡萄ジュースにしとくか。ジャガイモのニョッキはもう作ってあったものだし、そんなに時間をかけずに料理が完成。


 畑で作って欲しいもの候補で、マンゴーとサトウキビを出しとくか。味がしないだろうけど、ソレイユ向けだけど。


「お邪魔いたします」

笑顔のアウロ。


「どうぞ」

「ここで食べるの勇気がいるのだけど。もし汚したらって思うとプレッシャーが」

落ち着かずにそわそわしているソレイユ。


「この部屋は家具はまだ仮のものだし、別に汚そうが何しようがいいぞ?」

「ううう」

高い家具や床に、トラウマか何かあるんだろうか?


「何と言うか、精霊灯を初めて見ました」

チャールズ。水を流してる塔についてるぞ。


「とりあえず適当に座ってくれ」

テーブルに料理を並べながら言う。皿はパスツールで作ってもらった真っ白な磁器、カトラリーはナルアディードで俺が趣味全開で買い揃えたやつ。


「磁器……。まだナルアディードに入る数も少ないのに」

ソレイユは本当に新しいことに詳しいな。


「硬質で美しい」

ファラミアが珍しくうっとり眺めている。


「良い匂いですね」

心なしかうきうきしているアウロ。


「……」

対照的に絞首刑台にでも登るような顔をしているキール。


「予告通りジャガイモのニョッキな。味は二種類」

ナスとズッキーニ、パンチェッタでモッツァレラとトマトソースのニョッキ。チーズと生クリームソースのニョッキ。


「白い方には好みで黒胡椒をどうぞ」

ペッパーミルは作った! すり鉢でごりごりやるの面倒だし、やっぱり自分で料理にかけるのがいい。まだまだ改良が必要な感じだけど、とりあえずは使える。


「黒胡椒はだいぶ広がって来ているわね。でもまだ普通の暮らしをする人々には高くて手がでない。もっと効率的な輸送手段はないかしらね」

ソレイユが嘆息する。


 輸送のための漕ぎ手もそうだけど、胡椒とかの香辛料ってなんか奴隷のイメージがあるんだよな俺。広がるのはいいけど、産地のことを考えてしまう。


「どうやって開けるんだ?」

「開けない、こうやって回すんだ」

眉間にシワを寄せたキールに、自分の皿にガリガリやって見せる俺。


「便利ね。それに挽きたては匂いが際立つわ」

キールに渡すつもりだったミルをソレイユが受け取って、嬉しそうにガリガリ。

 

「見たことがないのだけど、どこで手に入れたのかしら?」

俺の方を見ながらファラミアにミルを手渡す。


「作った」

「……これも売っていいかしら? あまり多方面に手を出す余裕はないので、製造委託という方向で」

「いいけど、まだ改良がいると思うぞ」

「これで十分だと思うけれど……」

ソレイユは何でも商売につなげようとするな。いいけど。


「……。キール、それ辛くならないか?」

キールが真面目な顔でがりがりやってて、白いソースが黒くなってる。声をかけたらはっとして皿を見て固まった。もしかして、楽しかったのか?


「これがジャガイモ……。赤いものがトマトですよね? ズッキーニ、――ナスはこれかな?」

チャールズが皿の中の物を検分している。


「大変美味しかったです、我が君」

ニコニコと笑いながら口をハンカチで拭うアウロ、早いよ! いつのまに食い終えた!?


「アウロ、お前らしくもない。警戒心をどこかに忘れて来たのか……っ」

キールが驚愕している。そしてキールには微妙に言われたくない気がする。


「……素晴らしい。菓子よりこちらの方が――」

トマトソースの方を食べたチャールズが、皿を凝視したまま声を漏らす。


「やはり菓子を作ってらしたのは、領主様ですのね?」

「な、何い!?」

ファラミアの言葉に驚くキール。


「え、気づいてなかったのか?」

そっちの方が驚きなんだが。全員少なからずびっくりしているので、キール以外はわかっていた模様。


「これを作っただと……!?」

いや、そんなにブルブルしながら見られても困るんだが。


「味がするのは作り手より、素材の問題だな。この島にも精霊が増えそうだし、畑で作った野菜ならば味がすると思うぞ」

「すぐ作りましょう、我が君」

「ああ、頼む――」

って、アウロかと思ったらチャールズだった。なんか増えた!? アウロは微笑を浮かべながらなんか頷いている。


「えー。これも作って欲しいんだが、これは味はないな」

そう言いながらソレイユにマンゴーをダイスに切ったものと、十センチくらいのサトウキビの乗った皿を渡す。


 皿に集まる視線。いや、だからソレイユ以外に味がしないやつだからな?


「甘い、とろけるようだわ。こっちはサトウキビね? 一度だけ食べたことがあるけど、砂糖の材料よね。でも、全部作るには島では広さが足りないんじゃないかしら」

マンゴーにうっとりした顔をしつつも、冷静なソレイユ。


「そのまま売り出すのではなくて、レストランで扱ったらどうかと思って。ある程度増えたら、苗を扱う商会に売って広めたい。あ、マンゴーとサトウキビは暑いところでないとダメだし、その二つは趣味ね」

俺の家ではちょっと気温が足りない。温室はガラスが鉄壁の遮熱だったおかげで頓挫している。


「なるほど、味を知ってもらって、買ってもらうのね。チャールズ、畑に関わる人選まで任せていいかしら」

「ええ、もちろん。それら二つは気温が必要であれば、水路から少し離れた南側ですね。トマトとナス、ジャガイモはどのような条件でしょうか?」


 それぞれの野菜の説明をして、打ち合わせる。まずは高級な方の宿で、客を選んで料理を出す。最初の客はナルアディードの金持ち――商業ギルドの上層部とか、大商会の頭取を招待する予定なので、それに間に合うと嬉しいんだが。間に合わなかったら間に合わなかったで、家から持ってくるけど。


「菓子が……菓子を作っていたのが……」


 何でそんなに信じられないんだろ、いい加減現実に帰って来て欲しい。


 普段の菓子の争奪戦の様子から、畑は塀で囲って鍵をつける提案が真面目な顔で出された。大丈夫なんだろうか、従業員。

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