第242話 広めたい野菜
「菓子の管理はアウロたちに任せたので、交渉はそっちにどうぞ。――植樹と畑の話になるから、チャールズ呼んで、地図出してくれるか?」
キールのことは流れるようにアウロに押し付ける。
ぐぬぐぬしながらキールがチャールズを呼ぶために部屋から出てゆき、ファラミアが島の地図を執務机に広げる。地図は結構大きく、机のほとんどを覆う。
「畑の話は、土が悪くて止まっていたはずよね? 解決したの?」
ファラミアが文鎮で地図を押さえるのを見ながら、ソレイユが聞いてくる。
「した、した」
「分かったわ、そこそこの財力を持つ一般人にもできる解決方法なら教えてちょうだい。それ以外はいいわ」
ソレイユがいいと言うのでスルーします。
「何か植えて欲しい花とか木はあるか?」
女性であるソレイユとファラミアに意見を聞いてみる。
「藍染の青を島のカラーとして、青い花はどうかしら?」
好きな花を聞いたつもりが島の戦略が返ってきた。
「式典開催時など城や町に紋章入りの旗や、簡易的に青い布を飾ることになります。旗を目だたせるよう他の色か、島ごと青くするかになりますね」
アウロの言葉に浮かんだのは、濃い藍染の太鼓暖簾。島のイメージカラーはもう少し明るい青だけど。
一気に頭の中が江戸時代なんだが。ああでも、あれも元々日除けのためか。この島は日差しがキツいから、利用するのは間違ってない。
軒下から地面近くまである大きな布を、垂直か斜めに張った暖簾は、風に吹かれて太鼓みたいに音がたったから太鼓暖簾。
藍染に屋号や家紋を白く染め抜くの格好いいよな。こっちは刺繍で表現するのが一般的だけど。
「島民も好きな花を植えたり飾ったりしたいだろうし、青が多めくらいでいいんじゃないか?」
江戸時代を頭から追い払い、ドイツのロマンティック街道と入れ替える。
石畳の道、漆喰の白と焦げ茶の柱――この島は石造りの家だった。石造りの家、ブラックアイアンの窓飾り、家の窓辺を飾る花々。
「貴族や大商人の邸宅ならばともかく、花を植えるスペースがあれば野菜や果物を植えるわよ」
ソレイユが言う。
いかん。脳内の町の窓辺、花からニンジンに替わったあげく、洗濯物が干され始めた。
「窓辺は鉢を置けるようにしてあるし、玄関脇は何か植えられるように石畳を開けてあるんだが……」
俺の中の町のイメージが大変なことに。
窓辺からこぼれ落ちた実生の大根、大根が石畳を割って生え始めた。
「こちらで何種類か苗を用意して、配布いたしましょうか? 水路のお陰でナルアディードより随分涼しく、選択肢が多い。葡萄、藤、薔薇……色はレモンなどを植える予定もありますし、無理に揃える必要はございますまい」
チャールズが入室しながらにこやかに言う。
「任せる」
とりあえず窓辺にバジル程度で勘弁してください。
その後はやがて森になる木々を植える相談と、畑のこと。
「ジャガイモとかトマト、ナスなんか植えたいんだけど」
あと、キュウリとか大根とかメロンとか。あ、マンゴーとサトウキビも苗があるや。
「全部毒だろ、それ」
キール。
「毒草園でしょうか?」
アウロ。
「ジャガイモは最近、注目されつつあるのよ。保存も利くし、地下に実るから鳥害に合わない上、戦地で踏み荒らされても無事。踏まれて収穫が減少する麦に代わるものとして売り込んでるわ。毒の問題は解決したそうよ。でも寒冷地では育ちが良くないから、思うように広がらないようね」
ソレイユが説明してくれる。
「ジャガイモの噂は僕も。芽を欠いて、緑に変色した部分を除けば問題ないと」
毒の噂があると、売れるものも売れないので商人が頑張って広めている様子。
回復薬は言うに及ばず、普通の薬さえ手に入らない人が大半を占める。怪しい民間療法もあるしね。そもそもの栄養状態が悪く、抵抗力が低い。
慣れてるのか、普段は細菌やバイ菌にやたら強いけどね……。一度体調を崩すと一気に来る。この世界は、腹を下したりだけでも命に関わる大事に至るのだ。
「ジャガイモは日に当てると緑が広がるから、保存は冷暗所にね。ナスもトマトも毒の心配ないやつだから安心しろ――そうだ、試食してみるか?」
「はい、我が君」
アウロが笑顔で答える。
「え、即答!?」
キールが大袈裟に引きつっている。
ジャガイモのニョッキの作り置きが【収納】にあるし、ナスとズッキーニ、パンチェッタでトマトソースのニョッキにしよう。モッツァレラも入れて。
「じゃあ手が空くなら三十分後に塔に」
「はい」
アウロは即答。
「分かったわ」
ソレイユが了承し、ファラミアに目を向けると腰を沈める礼で答えてくる。
「僕も興味があります」
「はい、はい」
チャールズも参加、と。
「……参加する」
壮絶な仏頂面のキール。
そんなに俺に毒を盛られるのが怖いのか、野菜が嫌いなのかどっちだ。
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