第571話 思い出した魔法の呪文

「とりあえずこれが城塞か」

「とりあえずって……ええ、そう、とりあえず城塞ね……。思ってた規模と違うというか、遺跡ってもっと崩れてる状態じゃないの……」

レッツェにハウロンが反論しそうになって、途中で翻意した。


 ごめん、穴は補修してしまった。


「なんで? 城塞って一週間も経たずにできるものなの?」

ソレイユがずっと城塞の方を向いて、ぶつぶつ言っている。


「ふむ、海から来る敵にはいいかもしれないが――」

キールはキールでぶつぶつ言ってる。


「上にあるのかと思ったら、崖にくっついてるのか。なんかすげー城塞だな」

ディノッソが船縁に寄りかかって眺めている。


 ハウロンたちとは対照的に、お気楽に楽しんでくれてるようだ。


「キャプテン・ゴート、あっち側の城壁がない方に桟橋代わりの階段作りたいんだけど。こう、船縁に合うような高さで」


「階段?」

怪訝そうに猫船長の耳が少し後ろに引かれる。


「階段というか段? 荷の重さで高さが多少変わってもいいように。なんで、ちょっと高さ見たいから寄ってくれるか?」


 内海の干満差は10センチくらいなんであまり考えなくてもいい。太平洋と違って、陸に囲まれて外海に続く海峡もそう広くないから、海水が増えない。


「いいが、どんな大工事する気だ」

そういいつつ、猫船長が移動する時に肩に乗ってた無口な船員さんに合図する。


 すぐに船がゆっくりと動き出す。無口な船員さんは、猫船長の仕草で指示が分かるっぽい。


「あの城塞に入るんだろ?」

猫船長がちらりとハウロンを見る。


「ええ、もちろん。中も確認したいわ」

「小舟を下ろす準備を」

そして別な船員さんにも指示。


 船が岸壁に近づいてゆく。


「いや待て。なんで真横に動く?」

半眼の猫船長。


「大賢者が乗ってるから」

「ちょ……っ!」

ハウロンに何で!? みたいな顔をされたけれど、名前を使っていい許可はずいぶん前にもらっている。


「こんな大きな船まで……」

ソレイユが感嘆の声を漏らす。


「……」

キールがすごい顔でハウロンを見ている。


「大賢者の名前は偉大ですな……」

執事が明後日の方向を向いて言う。


「……」

猫船長は半眼で俺を見ている!


「……あとでいい酒出してやれ」

「はい」

レッツェに言われて返事をする俺。


「まだ進めるのか……。この辺は海が浅かった記憶があるんだが」

猫船長の眉間に皺ができそう。


 海の底に溜まってたものは、崖にくっついたり城塞になったりしました。城塞についてはそう拘らなかったのに、船と海の中の変化に厳しい猫船長。


 船が止まり、小舟が下される。そして投げられる縄梯子。俺は俺で反対側で近づいた崖にいる石の精霊に――。


「妙なことは後にしろ」

レッツェに捕獲される。


「待って、印だけ、印だけ! 『船縁と同じ高さの! ちょっと目立たない線お願いします!』」

崖にビーっと細い線が走る。


「こっちでやらかし放題なのはなんとなく分かってるが、お前本当にカヌムでそれやるなよ?」

「はい」

そこは気をつけます。


 いざとなれば『家』に逃げられるけど、カヌムのみんなと会えなくなるのは嫌だ。


「おお!」

レッツェとそんなやりとりをしていたら、船員さんたちから声が上がった。


「なんだろう?」

みんな縄梯子の方見てる。覗き込んでるのもいるな?


「ハウロンが魔法でも使ったんだろ。あの短い時間に、あの人数の全員が一度に縄梯子を下りたってこたぁない」

俺と同じく見てないはずのレッツェが言う。


 なるほど、甲板にはもう船員たちと執事しかいない。


「さすが大賢者、毎回派手」

「……」

素直な感想を述べたら、縄梯子の前に立った執事が微妙な顔。


「お疲れ様でございます」

執事がレッツェに。


 船縁から下を覗き込んで、一反木綿に手を振る。


 赤のファンドール炎と花の精、青の衣は深い泉の精霊、赤い帽子に土色の肌を持つ小人は大地と穴の精霊、一反木綿は大気とそよぐ布の精霊。穴とか布とかなんで? って思うけど。


 一反木綿にレッツェと執事と俺、三人とも浮かせて下ろしてもらう。縄梯子は不得意です。


「さすが大賢者様。離れている者さえ浮遊の対象となるのですね」

ソレイユがハウロンに賞賛を送っている。


「あー……。ソウネ」

一反木綿を眺めながら、死んだ目で答えるハウロン。


 二艘に分乗して、城塞を目指す。漕ぎ手は船員さんなんだけど。


「うをおおおおぅ! 水が動く!?」

「水面!? 波はねぇよな!?」


 まあなんだ。海神さんと大気の精霊さんは、船を動かす以外にそろそろ何かお仕事あるんじゃない? 帰らなくていいの?


「さすがは大賢者様だなー」

とりあえずつぶやいておく俺。

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