第282話 尋問はお茶付き

神殿ここにある魔法陣が見てみたいな」

飯屋から宿屋への道すがら、神殿の前に足を止めて見上げる。


 白亜の神殿……と言いたいところだが、ちょっと黄色味がかった石で出来ている。上の方は雨で酸化でもしたのか、黒っぽい。いや、この世界に酸性雨があるか謎だが。


 城塞都市はカヌムよりも古い街で、国がある程度計画的に造った場所だ。さらに昔の勇者が手を加えている。最初に来た時は、さっさと逃げ出してしまったけれど、なかなか見所のある街だ。


「数日はここで待つことになるだろ。副ギルド長が戻ったら、急ぐよう頼むつもりだが。暇だし、明日にでも来てみるか?」

「今日はもう神殿は閉まる時間ですし、明るい時間帯のほうがよろしいでしょう」

ディノッソが言い、執事がにこやかに提案してくる。


 くっ! まっすぐ宿に帰るつもりだな?


「諦めろ」

レッツェに軽く背中を叩かれる。


 隣にアッシュ――を挟んで執事――とレッツェ。後ろにカーン、先頭にディノッソという隙のない布陣で、宿に最短で着いてしまった。


 宿屋の親父から薪を買って、俺が暖炉に火を入れる間、執事とレッツェが井戸で水を汲んできた。井戸の使用料をとる宿もあるが、ここは無料だ。


 執事はお茶の用意、レッツェはツタの剣を引き抜いて桶に浸して、お手入れをしている。


「……正しいようで何か違う」

それを眺めてディノッソが、何事かつぶやいている。ディノッソとディーンの剣は、軽く魔力を込めて燃えあがらせれば、刃についた汚れはきれいになる仕様。


 アッシュは、よほど酷使しない限り剣のお手入れは寝る前派。野営の時は、見張り番の時にしてるけど。執事は謎。


「さて。心の準備もできたことだし、質問を始めようか」

「悪いことしてないぞ」

心の準備もできてないことをディノッソに訴えたい。


「俺はまあ、見えねぇからな。たぶん告白されてもピンとこねぇかな……」

レッツェがベンチに腰を落ち着ける。


 カーンは暖炉のそばの床に、マントを敷いてその上にどっかり座っている。そういえばエスは椅子じゃなくて床生活文化だな。ああ、魔法陣付きのマントを作らなきゃな。


 暖炉のある居間付きの部屋だけど、ソファがあるわけじゃなく、背もたれのないベンチが二つあるだけの部屋だ。居間というより、ある程度金のある人たちが、絨毯持ち込みで泊まって、床に雑魚寝する部屋、が正しいかもしれない。


 部屋の端にあったベンチを、向かい合うように動かして、俺とアッシュ、ディノッソとレッツェが一緒に座っている。普通はアッシュの斜め後ろにいることが多い執事が、斜め前のレッツェに近い場所にいる。


「よし、まず元神官長の息子に何をした? 副ギルド長が気を失ったのは、何でか魔力切れに見えたが、アレがずっと起きなかったのは同じ類だよな?」

主に聞いてくるのは今回もディノッソ。よく見てるなあ。


「あれは起きてると色々面倒そうだったので、座布団くんに魔力を吸わせて魔力切れにした」

さすが魔力量があるだけあって、座布団がちょっとふかっとしたね。


「座布団?」

「ロ……元神官長の息子と契約してた精霊」

「あれ座布団っぽい外見なのか……」

困惑気味のディノッソ。


「ジーンお前、もうちょっとネーミングセンスなんとかする気ないか? 俺が精霊に薄ぼんやり持ってるイメージが、どんどん人とずれてきてる気がしてしょうがねぇんだが」

「正しいイメージも大切だと思います」

レッツェから名前について苦情が来たが、苦情は本人からしか受け付けません。


「それが問題ではございませんのでは? ジーン様は、人の契約精霊を使えるのですか?」

「あの息子のは本人が契約したわけじゃなかったし、どっちかというと昔の契約で縛られてたみたいなんで解放した。座布団にお願いしたのは、その後だな」

なお、今執事に聞かれているのは座布団のことなので、白蛇くんは考えないものとする。


「待って。そんなに簡単に契約って切れるもんなの?」

ディノッソが片手で顔を覆い、片手を突き出してストップをかけてくる。


「……アッシュ様のアズも」

執事がアッシュの方を見る。


「ああ。父の契約を解いて、私とアズを解放してくれたのはジーンだ。感謝している」

俺の方を一度見てから答え、肩にいるアズの胸を指先でくすぐるアッシュ。


「地を潜る蛇と戦った時、俺の精霊が勝手に張り切ったのもお前の指示だな?」

ディノッソが指の隙間から半眼で聞いてくる。即バレた!?


「周囲の精霊に、俺たち以外の見える人から魔力を吸って、回復と戦いのサポートはお願いしたかな……」

視線をそらす俺。


「それで人に憑いてる精霊まで動くのかよ! けっこう自分の精霊に好かれてるつもりだったのに! 泣くぞ!?」

すでに涙目の模様。


 執事が少し俯いてゆっくり頭を振っている。呆れられてますよ、王狼さん!

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