第281話 不穏
帰りの馬車の中は、俺たちだけだった。レッツェはちょっと世間話してくると言って、御者台に行ったので留守だけど。
レッツェとアッシュは、鎖登りで結構疲れたっぽいのに。先に行って、荷物を引き上げたりしたけど、見るからにきつい。俺は身体能力がめちゃくちゃなので平気だけど、どう考えてもきつい。
カーンとディノッソはでかい割に猫のようにするすると登っていて驚いた。二人と、体の重さを感じさせない執事の鎖は大きく揺れることなく、なんか不思議だった。
俺が一番がちゃがちゃいわせてたので、これも要修行のようだ。力技でなんとかなってるけど、ちょっと恥ずかしい。
浅い層は、朝入って夕方遅く戻る日帰りだし、馬車代がかかっているから、早い時間に戻るなんてことは滅多にない。
お天道様がこんなに高い時間に帰るのは、泊りがけで潜る人くらいだが、今はギルドに止められていていない。この時間の馬車は、二十層で働いていた人たち用だ。
「美味しいご飯も食べたいけど、風呂に入りたい」
「お前の基準に合格する風呂は、娼館か勇者が泊まってる宿にしかねぇぜ? 俺とクリスは娼館行くけど」
ディーンがからかうように言ってくる。実際からかうつもりだろう。
「風呂だけ借りたい」
そう答えたら、遠慮なしにゲラゲラ笑われた。
笑われたことより、執事に生暖かい微笑みで頷かれたことの方が、なんかいたたまれないっ!
基本、迷宮の中では人の話を聞いているだけだったので、軽口を叩き合えるのが嬉しい。会話がないと、なんか傍観者っぽいと言うか、疎外感がひどかった。
馬車に揺られながら、どうでもいい話をみんなとする。
城塞都市に到着すると、ギルドに地を潜る蛇の素材の査定のために寄り、簡単に迷宮の状況を説明する。ランクアップがかかっている、ディーンとクリスにお任せ。
眼鏡が戻った頃にまた顔を出すことにして、素材は預かり証をもらって預けてゆく。ここでディーンとクリスはフェードアウト。金がたまらない二人組はこれだから。思う存分むしりとられろ!
「勇者は帰ったってよ。高い宿、泊まって来てもいいぜ?」
レッツェが言う。絶対からかってる!
「みんな行かないならいい。それなら家に帰って風呂に入るし」
偽勇者が泊まっていた『天上の至福』は、クリスの贔屓の娼館だ。
風呂もあるし、魔法陣で冷房完備だし、シーツをはじめ、全部の布類を客ごとに新しくするという、こっちの世界では考えられない清潔な宿。ちょっと参考に一度見てみたいけど、アッシュの視線が気になる俺です。
「何故急に帰ったのでしょうか? おそらく迷宮の攻略を続けるつもりで、滞在していたのだと思うのですが」
執事が困惑してる。
「たぶん、誕生日だったから呼び戻したんだろ」
弟の都合や意見はまるっと無視だ。
「む。祝う心はあるのだな」
アッシュの言葉に、ちょっと肩をすくめる俺。
姉が誕生日に俺を拘束するのは、祝うためではなく、誰かに祝われるのを阻止するため。
ああ、でも今は取り巻きの人形だし、持ち主に祝われるのかな?
精霊に名付けることを承知したら、対価なのか神々がたまに勇者の詳しい情報をくれる。取り巻きがなんで俺の人形なんか作ったのか謎だ。
姉の性格からすると、自分のもの認定したものを、偽物とはいえ人が所有してるのは我慢ならないと思うんだけど。まあ、内輪揉めでもなんでもしてくれってことで、どうでもいいんだが。
屋台でパンや卵、リンゴやらを仕入れて、宿屋へ。宿屋の親父に
偽勇者が泊まった宿じゃないけど、ちょっといいお値段のする宿で、暖炉のついた居間と続きの寝室が二つある部屋だ。俺の感覚で言うと、部屋数足らないというか、ベッド足らないんだけど。
「お前、まめだな」
虫除けの香草を焚き始めたら、ディノッソに呆れ半分に感心された。痒いのは嫌なんだよ!
アッシュと執事を残して、ほかは荷物を置いて井戸端へ。盥はアッシュ用だ。
「よく平気だな」
冷たい水をかぶって、ゴシゴシする。
「慣れだ、慣れ。湯を沸かすのが面倒なんだよ」
そう言うディノッソと、レッツェは平気そう。
脱いだはいいが、水をかぶる勇気がない。二人はザブッと浴びて、さっさと体をゴシゴシと拭き始めている。
「往生際が悪いな。陽が暮れちまうぞ」
レッツェからも急かされる。
「カーンは寒い組、俺の仲間!」
「む……」
砂漠の王様は、顔には出てないけど寒そう! 動きがちょっとゆっくりだ。
「しょうがねぇな。ほれ」
ディノッソが、桶に手を突っ込むと湯気が上がる。どうやら精霊に頼んでくれた模様。
今日は晴れてるし、これならセーフ。カーンはまだ寒そうだけど。
俺たちが戻るのと入れ替わりに、執事が井戸へ。全員さっぱりしたところで、街へと繰り出して、夕飯。
城塞都市は、野鶏の丸焼きや、野ブタの料理が有名だ。普通のものもあるが、どっちも美味しいのは魔物だ。魔物化させるために、わざわざ森に放しているというのだから人は罪深い。食うけど。
「お疲れ様!」
ワインで乾杯して、料理に取り掛かる。
こんがり焼けた野鶏を、執事が切り分けてくれる。中にはキノコや玉ねぎが詰まっているようだ。でかい野ブタの肉の塊も控えているので、楽しみだ。肉スキーのディーンがいないけど、あっちはあっちで美味いものを食ってるのだろう。
「こちらのお店は、魔物化した個体しか扱いませんので安心です」
執事が言う。
けっこう、普通の肉を魔物化した肉だと偽って出す店も多いのだそう。鳥や豚の腿に足がついて売ってるのは偽物じゃない証明だそうで、魔物はツノのある頭をわざわざ見せにくるところもあるとか。ちょっと遠慮したい。
丸ごと焼かれた野鶏は、思ったよりもしっとり。皮にメープルシロップでも塗ってあるのか、ちょっと甘い。
「あー、普通に会話できるのいいな」
美味しい料理に自由な会話、幸せ、幸せ。
「ああ、聞きたいことがこれでようやく聞ける」
ディノッソが笑顔で言う。
「え?」
「まあ、ここじゃあれだ。部屋に戻ってからな」
レッツェも笑顔。
「うむ」
カーンが頷く。
全員頷いている? 不穏!
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