第283話 俺の知らないこと

「大丈夫、ディノッソが好かれてるのは間違いないから」


 ディノッソの精霊はキリっとした顔をしたドラゴン型、体表を炎が覆っている。暖炉の方――たぶん燃える火に目を向けて、興味なさそうにしているが、尻尾がディノッソの腕に絡んでいる。


「別に精霊だって、特定の人としか交流持っちゃダメとかはないだろう? 独占欲が強いのもどうかと思うぞ?」

「そういう問題!? 俺が束縛キツイ男みたいに言うのやめて!?」

ばっと、こっちを見るディノッソ。


「人に憑いた精霊は、他人に目を向けぬものと思っておりましたが、認識を改めるべきのようでございますね……」

執事が微妙な笑顔で言う。


「精霊は周りで、というか物理世界で何か起きていても、自分の興味があること以外は基本スルーだし、その認識も間違ってはないかな? 声をかけると周りに気づく感じ?」 


「まず、普通は精霊と話せねぇからな?」

なんだか不満そうに言うディノッソ。


「俺に至っては見えねぇしな。精霊との意思の疎通は難しい――一般的に言って難しいんだから、くすぐるのやめろ」

剣からツタが伸びてきて、レッツェをつついている。


「わかった、わかったから。カヌムに帰ったら鉢に肥料入れてやるから!」

言質をとって満足したのか、するすると引いてゆくツタ。


 ツタの機嫌をとって、ほっと溜息をつくレッツェに集まる視線。


「ああ、くそっ! ツタの自己主張が激しいだけだからな!」

全員に注目され、中でもジト目でディノッソと執事から眺められて、焦るレッツェ。


「俺も精霊、甘やかすべき? 方法が分からねぇけど」

「甘やかしすぎるのも如何いかがなものかと」

言い合うディノッソと執事、無言でアズの耳のあたりをこりこり指先で掻いているアッシュ。


「そもそもはっきりした意思のない精霊もいるし、仲良くなっても姿を見られるのを嫌がる精霊も多いし……。レッツェは見えないのも、魔力の放出ができないのも知ってたから、姿を現してもよくって、自分で魔力を吸えて、魔力以外の供給でも満足する精霊を選んでみた」

与えられないと魔力を受け取れない精霊とか、逆に好きに吸いまくる精霊とかは弾いた。


 精霊の意思でそれらをするのならまだ制御もできるのだが、本能に近いのか、いるだけで魔力吸っちゃったりする現象を起こす精霊もいる。姿を見せたいのに、見せられない精霊もいるしね。精霊は千差万別で個性に富んでいる。


「感謝はしている、してるけど、剣の手入れをしてるのか、植物を育ててるのか、ペットの世話をしてるのか分かんねぇぞ」

「精霊との交流ですよ、交流」

「想像していたのと違う……」

桶に入った剣を見つめて、遠い目をするレッツェ。可愛がってるようで、何よりです。


「元神官長の息子の精霊は、どこへ行った?」

気を取り直したらしいディノッソが聞いてくる。


「多分、神殿。神殿生活長かったから、たくさん仲がいい精霊がいるみたい?」

「なるほど、解放されて好きな場所に戻ったのか……」

執事の淹れてくれたお茶を飲んで、ちょっと落ち着いたらしいディノッソ。


 茶器はダンジョンに持ってった、金属製の無骨なやつだけど。丈夫さを選んで重い金属製にするか、軽さを選んで木製にするかの大体二択。アルマイトとか軽くて丈夫なやつできないかな?


 ……できても、お披露目できないものが出来上がりそうな気がそこはかとなく。


「精霊を契約から解放するのは、どのような契約でも可能なのでしょうか?」

今度は執事が聞いてくる。


「分からない。まだ二つしか解いたことがないし、どっちもそう強い契約ではなかったし、どっちも解放されたがってた。お互いに望んだ契約を切ることは、難しい気はするかな?」


 座布団の契約はけっこう複雑だったけど、古くてちょっとすり減ったように薄くなっていた。たぶん、契約を作った人の魔力が薄れてきたか、契約を書いたモノが朽ちかけてるか。


「公爵家に戻った際、父がアズとの契約を収めた箱が壊れ、中の魔法陣が描かれた羊皮紙が炭化していたと聞いた。魔法陣を破る時、魔力が弾ける反動があると聞く。あまり無茶はするな」

アッシュが怖い顔で伝えてくる。

 

 反動なんって、あったっけ? あれ、もしかして箱が壊れたってことは、俺にじゃなくって、魔法陣の側にいた人? アッシュの家の人を危ない目に合わせていた?


「箱は万一の防御策だ。ジーンの契約を解く力が弱ければ、ジーンの方にダメージが」

「気をつける。ありがとう」


「そういえばジーンは何歳になったのだ?」

照れたのか、アッシュが怖い顔のまま話題を変えてくる。


「二十、元の世界でようやく酒が飲める歳だ」

「そんな歳だったのか?」

レッツェが意外そうな声をもらす。どういう意味だ。


「そういえば、ジーンは自分で出した酒には口をつけないな」

アッシュが思い出しているのか眉間にシワ。さっきの怖い顔よりましだが、やっぱり眉を寄せるのが、癖になってるな。


「俺の元いた場所じゃ、大人にならないと飲めないんだよ。元いた世界の酒は、一応控えてた」

「やっぱり子供だったのか」

ディノッソ、やっぱりってなんだ、やっぱりって!


「二十歳にしてはお若い……。ジーン様の元いた世界では、寿命は何年ほどなのでしょうか?」

「精霊憑きは大体若く見えるんじゃねぇの?」

執事の問いにレッツェが言う。


「平均は80歳くらい? 俺のこの見た目年齢――いや、体の年齢はそういえば聞いてない」

背が縮んだし、もしかしたら実年齢より若いのか?


「お前、自分の体のことだろうが!」

「こっちの世界に馴染む姿に適当に頼んだ。こっちの世界の平均的な姿とか、美醜とか知らんかったし。ああ、あの時背丈と筋肉頼んでおけばよかった……っ!」

ディノッソに答えつつ、嘆く俺。


 あの時はいっぱいいっぱいだったし、そこまで気が回らなかったし、外見なんかどうでもいいと思ってたからなぁ。


「嫌だぞ、カーンみたいな外見で、ダンゴムシつついてるのなんか」

レッツェが言う。


「いきなり俺を引き合いに出すな」

ずっと黙って聞いていたカーンが口を出す。

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