第536話 趣味は腹の探り合い
視線の先は海、遠く霞んでドラゴンの大陸が見える。少し視線を落とせば、港に停泊する船たち。
風の精霊が時々遊ぶようで海に波が立つ。広いけれど、ほとんどを陸に囲まれた内海、普段は穏やかだ。年に一度か二度、嵐の精霊が暴れるらしいんだけど、俺はまだ見たことがない。
海に面したテラス席、それなりのコネがないと利用できない場所で、初めて来た時入れなかった場所だ。
サービスも違うようで、席に着くと水の入ったグラスが置かれた。海に浮かぶナルアディードで塩辛くない水は貴重。案内してくれた店員さんがメニューを開き、ワインの好みを聞いてくる。エビに合ったやつでお願いします。
人数分のグラスがテーブルに置かれ、ワインが注がれる。席に着いたのは、ソレイユ、リンリン、執事、俺。窓越しにファラミアが店内の席にいるのが見える。
中は四角いテーブルだが、こっちは丸いし、人数に対してだいぶ余裕があり、花まで飾られている。真っ白なテーブルクロスの上に濃い赤のグラス。金で模様が描かれ、脚はガラスのくすみをうまく使ったドルフィン細工。まああれです、ドルフィンというよりなんかシャチホコみたいな顔してるけど。
ワインは少し金色がかった白で、ガラスが色付きで厚いのがちょっと残念な気がする。
「良い取引を」
お互い軽くグラスをあげて、口をつける。
「新しい商会と聞いておったが、そうは思えんほどだ」
リンリンもこの席が通常では使えないことを知っているのか、そんなことを言った。
「商会の従業員の皆様も落ち着いていらっしゃる」
執事。
そうなの? そういえば手慣れた感じだったかな? ソレイユの元居た商会の従業員さんかな?
レストランの従業員がまた、グラスと水差しを運んできた。透明だったんで水かと思ったら、アルコールの気配。
「アラクか」
リンリンが言う。
「ふふ。新参者ですが、それなりに仕事は早いつもりでおります。あとは信用していただけるよう努力いたしますわ」
にっこり笑ってソレイユ。
「アラクは大賢者ハウロンが好む酒。相手が大賢者と知って、
執事がソレイユの行動を解説してくれる。たぶん俺向け。
ハウロンがこの酒を好むって、多分有名なんだな? だいぶこっちの世界の「知ってて当然」みたいなことは拾えたと思ってたけど、まだまだだった。しかも身近な人で。
ハウロンの好みは赤ワインだと思ってたんだけど、知らない酒だ。食べ歩きに力を入れよう、まだまだ知らない料理がある。
アラクはナツメヤシやブドウなどの糖度の高い果実を醗酵、蒸留した酒。米の醸造酒や、ヤシの花穂を切断して採取した樹液を醗酵させたヤシ酒を蒸留したものなど地域色豊か。
うん。どう作るか考えると知識が出てくる【全料理】。どこかにある「本に書かれている」のか、今アラクを「見た」からかはわからないけど。完全に知らなかったはずの知識が出てくるんですよね。
「いただこう」
リンリンがアラクの入ったグラスに水を注ぐ。どうやら水で好みで割って飲むもののようだ。蒸留酒じゃ度数高いもんね。
真似して水を入れたら、透明が白く濁った。ちょっと面白い。
「ファラミアもこっちに呼べばいいのに。この二人は気にしないぞ」
チェンジリングでも暗殺者でも。
ファラミアはチェンジリング、表情も感情の動きも乏しいので見ただけでチェンジリングと断定する人もいる。なんだろうね、人が表情を消した顔というより、人形の顔なんだよね。小さな筋肉も動かないというかなんというか。
アウロは微笑んだ顔がデフォ、ファラミアは無表情がデフォ。一人で飯を食ってたり、侍女の仕事してる時には表情が変わらなくてもそう変じゃないけど。
で、チェンジリングの中でも黒髪黒目は、黒精霊の影響を受けた色彩だと思われててまた特殊。結局ファラミアは黒精霊とのチェンジリングじゃなかったし、俺も黒髪だけどね!
「……」
「……」
黙った二人。
「腹の探り合いを台無しに……」
残念そうに言う執事。
あ、すみません。黙ります。
よそ行きの顔をしたソレイユと、よそ行きの人格をしたハウロン。二人とも、駆け引きめいたことが大好きな模様。ついでに執事も好きそう。
俺は苦手なんでつい人の楽しみを奪いました。申し訳ございません。
「あー。もういいわよ、素で話させてもらうわ」
急に姿勢を崩して、ため息混じりに言う。
ハウロン出てきた、ハウロン。
少しギョッとするも、すぐに表情を戻すソレイユ。叫んでもいいんですよ? いやだめか、ここ外だ。ハウロンから見ればソレイユのテリトリーだけれど、他のライバル商会の目もあるだろうし、島のように自由にはいかないか。
「料理も来たし、黙ってるぞ」
待望の手長エビです。
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