第535話 顔合わせ

 カヌムの俺の家、昼前。


「ううう」

 すでにうめいているハウロン。

「不安しかございませんな」

 遠い目をしている執事。


「なんで、なんでレッツェは留守なの……」

「何故私が代行なのでしょう」


 二人が挙動不審。


「レッツェはスカーの出るとこの薬草採りだ。諦めて」

 ハウロンが指名依頼をレッツェに封じられたせいで、直接捕まえて了承をもらわないと、ついてきてくれなくなった。


 今回の薬草採りは、冒険者がたくさん集まるから情報収集と顔繋ぎのために外したくないんだって。


 採れる時期が短いし、大型の魔物も出るから総出になるってディーンが言ってたもんね。薬草の買い取り価格が高めなんでランクの低い冒険者は喜んで参加するし、ギルドの肝煎で大型の魔物の討伐に高ランクの冒険者も突っ込まれる。


「ノートはギルドからお誘いなかったのか?」

「ありましたが、私はカヌム所属ではありませんので……。アッシュ様が参加ですので、参加するつもりでおりましたが」

そう言ってハウロンを見る。


 カヌムの所属じゃないから、ギルドはあんまり参加の圧をかけられなかったんだな。そして参加のつもりがハウロンの横槍が入った、と。


 ディーンとクリスはもちろん、ディノッソたちも一家で参加してるはずだし、消去法で執事に頼んだのか、ハウロン。いや、頼んだのきっとアッシュにだな。


「あっちでエビのパスタ食いながら打ち合わせなんだから、さっさと行くぞ」

今日はナルアディードでソレイユとの顔合わせの日。


「そう、カーン様の国にとって有益な取引ですもの、頑張るわ。ジーンも引き合わせてくれてありがとう」

切り替えたらしいハウロンが頭を下げてくる。


「不本意そうでございますな」

「青の精霊島について集めた情報が不穏すぎるのよ!」

執事のツッコミにすぐ元に戻る。


「行こうか」

会話がまた元に戻りそうな気配だったので、返事を聞かずに【転移】。


 転移先はナルアディードの船頭のじいさんの船屋の一室。運河を通ったり、他の島々への移動だったり、船と陸を往復したりする小さな船専門。最近はソレイユの船の荷下ろしとかでも仕事があるため、船屋ごとほぼ『島』の専属だ。その関係で小部屋を一室借りている。


 空き船待ちの専用休憩室ってことになってるけど、完全に転移用です。ナルアディードは家が密集していて、人目につかない離れた森とかないし。人がいたら【転移】できないんでその点は安心なんだけど、ナルアディードへの【転移】は何度も失敗するんで、確保した。


「――こんな狭い場所にも転移できるのね……そう、そうよね。カヌムの家も天井があって壁に囲まれているものね」

「うん。周りの景色を覚えてたらね」

最初は人目のない外だけ、次に広いところなら、今は一度行って覚えた場所なら。


 船屋から出て、ナルアディードの港を歩く。港を通り過ぎ、坂を登り、目指すのはソレイユの商館。港に近い方が力を持つ商館なんだけど、さすがにそこまではいってないようだ。土地の限られるナルアディードに建物を持つだけですごいんだけどね。


「お邪魔します。商会長との商談予定で来た、ハウロンです」

玄関にいる案内係に俺が訪問理由を告げると、そのまま応接室に案内される。


 働いているのはソレイユの以前勤めていた商会の人が大半らしい。ここはソレイユの商会で、俺は当然ノータッチなので、名乗ったのも取引相手であるハウロンの名だ。


「ようこそ。商会長のソレイユです、本日はよろしくお願いいたします。どうぞお掛けください」

よそ行き笑顔のソレイユ。


 ――ファラミアが隣にいないのがなんだか不思議。代わりに見たことのない壮年の男性がそばにいる。


 ファラミアはここにもついて来ているはずなんで、おそらく隣の部屋にいるんだろう。チェンジリングは避けられるから、姿を隠しているとかか。


「ハウロンだ。初めての取引となるが、これでも大賢者と呼ばれ多少名が知れている、信用の一助にしてもらいたい。よろしく頼もう」

重々しくハウロンが言う。


 リンリン、リンリンですね? お久しぶりです。猫船長の時は、普通だったのになんでリンリンなの? もしかして書類仕事の気配がするから?


 ソレイユが俺の方を見てくる。大丈夫、リンリンは気難しげだけどきっちりしてるから。


 つつがなく細かいことを詰めて契約を交わし、親交を深める目的で昼食へ。俺がナルアディードで初めて入った海の見えるレストラン。


 エビのパスタ再び!


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